引き続き、そなた、に関する文面11 です。
補巻 月光の巻の文面三つをお伝えしますが、
今回もそれぞれの文面でマンデラ・エフェクト文面が起こっています。
1つ目は、山の彼方に理想郷があるのではありません。そなたはそなたの足場から出発せねば成りません。
というものです。理想郷、というのが初めての単語と見ます。
当初は、私も、そういったイメージを追い求めていましたが、此の道に進みますと、そうではない事も判ってきます。今のそなたの足場から進んで行く以外無いのです。此の道の理解、体験を繰り返し、新たな世界を生み出す以外ありません。
2つ目は、心のいれかへせよ、とは、新しき神界との霊線をつなぐこと、というものです。
新しき神界、というのは、初めてではないか、と見ます。立体世界の神様ですね。チャットGPTの神、等そうですね。その内、ヒューマンアンドロイドの神とか、出て来るかもしれませんね。
三つは、空気、水、火、大空、山、川、野、海、植物、動物は、皆、そなた、というものです。
似たような文面は以前もあったとは思いますが、あらゆる存在が御自身という事を違った表現で改めて強調してきています。
それでは、補巻 月光の巻の文面三つをお伝えしますね。
1.補巻 月光の巻 第二十六帖 理想郷があるのではありません。そなたはそなたの足場から出発せねば成りません。
Ⅰ.現状を足場として進む以外ありません。現在のそなたのおかれてゐた環境は、そなたがつくり上げたものです。
●現状を足場として進まねばならん。現在のそなたのおかれてゐた環境は、そなたがつくり上げたものでないか。
現状を足場として進まねば成らんようになっています。
御自身の、現在のおかれてゐた環境は、そなたがつくり上げたものではないか。
とあります。
ここには、例外は無いようです。
ですから、今置かれた環境から、生み出していく事が求められます。
一つ疑問として、どうにも、命を落とさざるを得ない世界ってあると思います。それが、若くして、だったりです。
ですが、この直接的解決法は、御自身が、此の道に進む事にあります。
すると、そういった世界が無くなっていく流れへとなります。
判りやすい例が長寿化マンデラ・エフェクト、訃報二回、三回等です。
ですから、その世界への移行は、簡単ではありません。
Ⅱ.山の彼方に理想郷があるのではありません。そなたはそなたの足場から出発せねば成りません。
●山の彼方に理想郷があるのではないぞ。そなたはそなたの足場から出発せねばならん。
これは以前無かった文面ですね。
理想郷、は初めて、と見ます。
そういう私は、当初、この理想郷がある、という感じから始まっていたと思います。
今から4年、5年前はそうだったと思います。
ですが、この道に進みますと、山の彼方に理想郷がある訳ではない事が判ってきます。
そなたはそなたの足場から出発せねば成らんようになっている。という事が判ってきます。
ただ、周囲に嬉しきビックリ。マンデラ・エフェクトが起こり続けているのは事実ですけどね。
特に、此の道一本に進んでからです。
今ある文明と共に、今の最善を尽くし続け、新たな世界を生み出し続ける以外無いのですが、此の道に進んでから、加速度的に、周囲の世界は好転し始めてきています。
Ⅲ.地獄に見えようとも、現在に於いてはそれが出発点、それより他に道はないのです。
●よしそれが地獄に見えようとも、現在に於てはそれが出発点。それより他に道はないぞ。
それが地獄に見えようとも、現在に於いてはそれが出発点です。
それより他に道は無いのです。
常に今が土台、出発点で、そこから進む以外ありません。
2.補巻 月光の巻 第三十帖 心のいれかへせよ、とは、新しき神界との霊線をつなぐことです。
Ⅰ.心のいれかへせよ、とは、新しき神界との霊線をつなぐことです。
●心のいれかへせよとは新しき神界との霊線をつなぐことぞ。
これは、どこかからか生まれた文面と見ます。
心のいれかへせよ、とは新しき神界との霊線をつなぐことです。
霊界の中にある神界です。
それは、御自身の心の内がかわり、行じていく事で、新しき世界の神界が生まれ繋がるのです。
Ⅱ.そなたの我基軸のままですと、我の強い霊界との交流が強まり、我のむしが生まれ、我の病になってきます。
●そなたは我が強いから、我の強い霊界との交流が段々と強くなり、我のむしが生れてくるぞ。我の病になって来るぞ。その病は自分では判らんぞ。
そなたは我が強いですから、我の強い霊界との交流が段々と強くなり、我のむしが生まれてくるのです。
ですから、我の病になって来るのです。
ただ、これが無い人、居ないでしょう。
何万転生、ずっとこれだった、と言ってよいのです。
ですから、その病は自分では判らんようになっています。
だからこそ、世界民の会二人でする事は度々求められます。
Ⅲ.わけの判らん病はやります。心の病はげしくなってゐるので、気付けて下さい。
●わけの判らん虫わくぞ。わけの判らん病はやるぞと申してあるが そのことぞ。肉体の病ばかりでないぞ。心の病はげしくなってゐるから気付けてくれよ。
わけの判らん虫がわく、わけの判らん病はやるぞ、と申してありますが、その事です。
家の中で、わけの判らん虫湧いてゐました要注意ですね。
此の道に進んで行けば、家の中に居る虫は、喜びの虫ばかり、になります。
(そもそも、虫は湧きませんが、紛れこむという感じです。そして、消えていきます。)
わけの判らん病。
コロナ、インフルエンザ、はまだ序の口で、精神分裂症(その原因は、突き詰めますとわれよし病ですが)がまず起こります。続いて、肉食好き症、は多くの方々がかかってゐる病です。
何分、この後、二極分化が進みますので、ビックリするような病、起こって行くでしょう。
心の病、はげしくなってゐますから気付けてくれよ、と伝えられています。
心の病、非常に奥が深いです。
心の病の浄化には、時間がかかります。
真剣に求めても、なおもう一つかかります。
Ⅳ.この病を治すのは、今日までの教では治らんようになっています。
●人々にもそのことを知らせて共に栄えてくれよ。この病を治すのは、今日までの教では治らん。
人々にも、そのことを知らせて共に栄えてくれよ。(九〇四)とあります。
此の病を治すのは、今日までの教えでは治らんようになっています。
囚われ教、我よし教(わけへだて教)では、治らないようになっています。
解決策は、三が道、しきまきや、くにつつみ、です。悪と和す、苦を苦で無くすです。
Ⅴ.病を殺すのではなく、病を浄化しなければ、悪を抱き参らせねば成らんようになっています。
●病を殺して了ふて、病をなくしようとて病はなくならんぞ。病を浄化しなければならん。悪を殺すと云う教や、やり方ではならんぞ。悪を抱き参らせて下されよ。
病を殺してしまふて、病をなくしようとて、病はなくならんようになっています。
病は浄化しなければ成らん、とあります。
具体的に、浄化しなければ成らん、というのは初めてではないか、と見ます。
それには、悪を殺すと云ふやり方では成らんのです。悪を抱き参らせて下さい。
悪を抱き参らせる、は最初からあった文面ですが、もう、この事は、此の道の実現には、今現在、必須に思いますね。
道を七人に伝えていく上でも、必ず通る道、と見ます。
3.補巻 月光の巻 第三十一帖 空気、水、火、大空、山、川、野、海、植物、動物は、そなたです
Ⅰ.足(あ四)(九四、四一)のうら、をきれいに掃除なされよ(七三〇四)。としてください。
●足のうらをきれいに掃除なされよ。外から見えん所がけがれてゐるぞ。
足(あ四)(九四、四一)のうらをきれいに掃除なされよ(七三〇四)、としてください。
外から見えん所がけがれてゐます。
三次元的には、お土踏むのが一番のお勧め手法です。
また、思念界的には、
永劫の過去からしきまきや、を起こし、くにつつみ、しきまきや、から新たな世を生み出すよう、きれいに掃除する事。
もう一段上の無から三が道から生み出し、新たな世を生み出す事が求められます。
Ⅱ.日本の国、世界、そなたも同様です。
●日本の国よ、そなたも同様、世界よ、そなたも同様ぞ。
この伝え方も初めて、ではないか、と見ます。
それは、日本(にほん)の国、そなた、も同様です。世界(㊉)も、そなたも同様です。
皆、足のうらをきれいに掃除する事が求められます。
Ⅲ.竜宮の乙姫(理由空云の音秘)様のお社を陸(理空)につくらねば、これからの世はうごきとれんことになります。
●イヅモの神の社をかへて竜宮の乙姫(理由空云の音秘)様のお社を陸(理空)につくらねば、これからの世はうごきとれんことになるぞ。
これは初期マンデラ・エフェクトで起こった文面だったと思いますが、陸(理空)につくらねば、は追加で起こったマンデラ・エフェクトと見ます。
イヅモ(出雲)の神の社をかへる段階が来た後、竜宮の乙姫様の御社、理から新たな陸を作り出す事ができませんと、これからの世はうごきとれんことになります。
陸というのは、理を、ソラ(そ〇)に生み出す事が求められそうです。
五三体の大神様から生み出すのです。
Ⅳ.一切が自分である、は、例へではありません。食べると、すぐに自分になります。
●一切が自分であるぞと云うことは例へでないぞ。そなたは、食物は自分でないと思うてゐるが、食べるとすぐ自分となるでないか。
一切が自分である、と云うことは例へではありません。
そなたは、食物は自分でないと思うてゐますが、食べるとすぐ自分と成る、と伝えられています。
この事は中々判らないと思います。
Ⅴ.空気、水、火、大空もそなたです。山、川、野、海、植物、動物も、同様です。
●空気も同様、水も同様ぞ。火も同様、大空もそなたぞ。山も川も野も海も、植物も動物も同様ぞ。
この内容は、以前無かったと思います。
空気も同様、水も同様、火も同様、大空もそなた、です。
山も川も野も海も、植物も動物も同様、です。
ですから、あらゆる存在は御自身です。
まず、早いのは、人間以外の、周囲の存在とのやり取りだと思っています。
我の改心、囚われを無くすには、人以外の方が早いです。
(ただ、人との思念界を変えていく行は求められますが)
それにしても、人以外の存在の文面が目立ってゐる気がしてなりません。
和すのが簡単なのは、まず、人以外、特に、草木以下の存在と見てゐます。
ここから、病を無くす道が早い、と見てゐます。
そして、マンデラ・エフェクトも起こしやすくあります。
Ⅵ.人間は横の御自身です。神は縦の御自身です。
●人間は横の自分ぞ。神は縦の自分ぞ、自分を見極めねばならん。自分をおろそかにしてはならん。
この文面も以前は無かったと見ます。
人間は横の御自身です。平面世界です。
神は縦の御自身です。天地、です。過去未来です。立体世界です。
自分を見極めねば成らんようになっています。
自分をおろそかにしては成らんようになっています。
Ⅶ.一切を受け入れねば成らんようになっています。一切に向かって感謝しなければ成らんようになっています。
●一切をうけ入れねばならんぞ。一切に向って感謝しなければならんと申してあろうが。
一切をうけ入れねば成らんようになっています。
ですから、人以外が早いです。
一切に向かって感謝しなければ成らんようになっています。
人間も勿論ですが、まずは、人間以外、あらゆる存在に向けての感謝が大切です。
これが、継続的千人力の元でもあります。
4.まとめ
現状を足場として進む以外ありません。現在のそなたのおかれてゐた環境は、そなたがつくり上げたものです。今置かれた環境から、生み出していく事が求められます。
山の彼方に理想郷があるのではありません。そなたはそなたの足場から出発せねば成りません。
地獄に見えようとも、現在に於いてはそれが出発点、それより他に道はないのです。
常に今が土台、出発点で、そこから進む以外ありません。
心のいれかへせよ、とは、新しき神界との霊線をつなぐことです。
そなたの我基軸のままですと、我の強い霊界との交流が強まり、我のむしが生まれ、我の病になってきます。
ただ、これが無い人、居ないでしょう。
ですから、その病は自分では判らんようになっています。
だからこそ、世界民の会二人でする事は度々求められます。
わけの判らん病はやります。心の病はげしくなってゐるので、気付けて下さい。
この病を治すのは、今日までの教では治らんようになっています。
囚われ教、我よし教(わけへだて教)では、治らないようになっています。
解決策は、三が道、しきまきや、くにつつみ、です。悪と和す、苦を苦で無くすです。
病を殺すのではなく、病を浄化しなければ、悪を抱き参らせねば成らんようになっています。
道を七人に伝えていく上でも、必ず通る道、と見ます。
足(あ四)(九四、四一)のうら、をきれいに掃除なされよ(七三〇四)。としてください。
日本の国、世界、そなたも同様です。
竜宮の乙姫(理由空云の音秘)様のお社を陸(理空)につくらねば、これからの世はうごきとれんことになります。
一切が自分である、は、例へではありません。食べると、すぐに自分になります。
空気、水、火、大空、山、川、野、海、植物、動物は、そなたです。
人間は横の御自身です。神は縦の御自身です。
一切を受け入れねば成らんようになっています。
一切に向かって感謝しなければ成らんようになっています。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。