そなた、に関する文面23 現在の与えられてゐる仕事が神業です。よりよく浄化が求められます

日月神示、道の生み出し方について

そなたに関する文面23に入ります。

今回は、補巻 月光の巻 の文面3つです。

今回のマンデラ・エフェクトの箇所は2カ所です。

1つ目は、神様を拝むには、正しき順序と、区別を理解していく事が求められ、その上で、拝む事が求められる、というものです。

2つ目は、そなたの現在の与えられてゐる仕事が神業、というものです。

その仕事をより良く、浄化せねば成らんようになっています。
つとめた上にもつとめねばならん。それが御神業であるぞ。とお伝えされています。

それでは、そなたに関する文面23をお伝えしますね。

1.補巻 月光の巻 第五十七帖 仕事は、神が与えたり、人が与えるのではありません。自分自身が仕事にならねば成らん、ようになっています。

第五十七帖は、マンデラ・エフェクトは起こっていないと見ます。

Ⅰ.失業したから仕事を与えてくれと申されても、仕事はいくらでもあります。

そなたは失業したから仕事を与えてくれと申してゐるが、仕事がなくなってはおらんぞ。いくらでもあるでないか。何故に手を出さんのぢゃ。

そなたは、失業したから、仕事を与えてくれ、と申してゐるが、仕事がなくなってはいません。
いくらでもあります。

何故に手を出さんのぢゃ、と伝えられています。
此の道の仕事は、いくらでもあります。

Ⅱ.仕事は、仕事に溶けこみ、その仕事になり切らねば成らんようになっています。

そなたはすぐ金にならねば食って行けない、金にならぬ仕事は出来ぬ、自分はよいが妻子が可哀さうだから、などと申してゐるが、どんな仕事でも、その仕事にとけ込まねば、その仕事になり切らねばならんのに、そなたは目の先の慾にとらわれ、慾になり切って、目の色を変えて御座るぞ。それでは仕事にならん。

そなたはすぐ金にならねば食って行けない、金にならぬ仕事は出来ない、自分はよいが妻子が可哀想だから、などと申してゐる方も多いと思います。これは、私も試されました。

どんな仕事でも、その仕事に溶け込まねば、その仕事になり切らねばならんのです。
ですが、そなたは、目の先の慾にとらわれ、慾になり切って、目の色を変えています。
それでは仕事になりません。

まずは、その仕事に溶け込み、その仕事になり切ることが求められるのです。

Ⅲ.仕事は、神が与えたり、人が与えるのではありません。自分自身が仕事にならねば成らん、ようになっています。御自身が仕事です。

仕事は神が与えたり人が与えてくれるのでないぞ。自分自身が仕事にならねばならん。この道理さへ判れば、失業はないぞ。自分が仕事ぢゃからのう。

仕事は神様が与えたり、人が与えてくれるのではありません。
自分自身が仕事(四五十)にならねば成らんのです。

この道理(土ウ理)さへ判れば、失業はありません。

御自身が仕事だからです。

ここまで、判ってきた順としては、まず、我の改心、特に反省的改心を先に進める事がお勧めです。

そして、皆が喜ぶ型の仕事の理解、体験をしていきます。(これが、中々あるようでないのです)
その上で、御自身の行と共に、理解、体験から、この仕事をしたい、こうしたい!、という思いから、新たに生み出していく流れです。
後述しますが、第六十一帖の文面にも、この事は書かれています。

2.補巻 月光の巻 第五十九帖 神様を拝むには、正しき順序と、区別を理解し、拝んで下さい

Ⅰ.この神は、ちと(千十)大きな、今迄に大変をいたすので、小さく囚われていると判らんことになります。

一度申したこと何処迄もつらぬくそなた結構ぞ。なれども囚われているぞ。この神はちと大きな、今迄にない大変をいたすのであるから、あまり小さく囚われていると判らんことになってくるぞ。

一度申したこと何処迄もつらぬくそなた結構です。
なれでも囚われています。
初期程囚われ多いですから、まずは、ここを変えていく事が求められます。

この神はちと大きな、今迄にない大変をいたしますので、あまり小さく囚われていると判らんことになってきます。

Ⅱ.固まるときには、一度に固まらねばならん、ようになっています。

固まるときには一度に固まらねばならん。昨日は昨日、今日は今日ぞ。

この文面は、マンデラ・エフェクトと見ます。

固まるときには、一度に固まらねばならん、のです。
それは、仕事にも言える所があります。

動く時には、一気に動き出す所があるので、一度に固まる事が求められる所があります。
多くの人が集まる場面でもそうだと思います。

昨日は昨日、今日は今日です。

Ⅲ.失敗は薬と、都合よく弁解したのでは、薬にならん、毒となることがありますので、省みて下さい。

●そなたは動機が善ならば失敗は薬と、われの都合のよいように、われとわれを弁解して御座るなれど、弁解したのでは薬にならん。毒となることあるぞ。省みよ。

そなたは、動機が善ならば、失敗は薬とわれの都合のよいように、われとわれを弁解していますのですが、弁解したのでは薬には成らん。ようになっています。

弁解しているだけでは、毒となることがあります。

ですから、問題が起こらないように、未然に防ぐようにしていく事は求められます。
省みる事が求められます。

Ⅳ.神様を拝むには、正しき順序と、区別を理解し、拝んで下さい。

そなたは何神様でも仏でも、何でも彼でも拝んでいるが、その順序と区別がよく判ってゐないぞ。判らずにめくらめっぽうに拝んではならん。心得なされよ。

この文面も初めてと見ます。

そなたは何神様でも、仏でも、何でも彼でも拝んでいますが、その順序と区別がよく判ってゐないとあります。

まずは、世の元からの生き神様、が大切です。
元の元に繋がっていく事。それが、実は前世ヒーリング、前世の浄化、初め、あなはち、しきまきや、くにつつみ、です。

この順で進みますと、五柱十柱の神様は、やがて、世の元からの生き神様となっていきます。
ですから、同じ十柱の神様でも全然違った存在となるのです。

そこから周囲の世界も、世の元からの生き神様へと次々変わっていきます。

誓の言葉に、世の元からの生き神様、が入っているのは、そういった事です。
これが、五三体の大神様の元でもありますし、天のひつくの大神様、地のひつくの神様、と進む流れです。

ですから、こ(九)の順判らずにめくらめっぽうに拝んでも何も成らん、ところがあるのです。
この順が間違っていますと、拝むは拝まんよりましの境地から、一向に進まないのです。

Ⅴ.忙しい中にこそ、神示よむ時があります。忙しいのは神のめぐみです。

そなたは忙しい忙しい、神示よむ間もないと申してゐるが、忙しいのは神のめぐみであるぞ。よどんだ水はくさるのぢゃ。忙しい中にこそ、神示よむ時があるのぢゃ。逃げ道をつくってはならん。

そなたは忙しい忙しい、神示よむ間もないと申してゐますが、忙しいのは神のめぐみ、なのです。

よどんだ水はくさります。
行をしませんと、どんどんよどんでいきます。

忙しい中にこそ、神示よむ時があります。
忙しいからこそ、御神示を読み解けるようになる、という事もあります。
逃げ道をつくっては成らんようになっています。

逃げ道を作りますと、懐手になりがちです。

3.補巻 月光の巻 第六十一帖 そなたの現在の与えられてゐる仕事が神業です。

Ⅰ.そなたの現在の与えられてゐる仕事が神業です。よりよく、より浄化するように行が求められます。

そなたはまだ神業の取違ひして御座るぞ。そなたの現在与えられてゐる仕事が神業であるぞ。その仕事をよりよく、より浄化するよう行じねばならんぞ。つとめた上にもつとめねばならん。それが御神業であるぞ。

この文面も初めてでは、と見ます。

そなたは、御神業の取り違いひしてござる、とお伝えされています。
そなたの現在与えられてゐる仕事が神業です。

その仕事をよりよく、より浄化するように行じねば成らんようになっています。

つとめた上にもつとめねばならんようになっています。

それが御神業です。

あなはち、しきまきや、くにつつみ、起こせる所から起こして下さい。
行じ、省みて、新たな世界を生み出し続けて下さい。

Ⅱ.そなたは、心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なります。コト正して行かねばなりません。

そなたはそなたの心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なるのぢゃ。コト正して行かねばならんぞ。

そなたは、そなたの心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なるのです。
心・口・行の一致は、簡単そうで、簡単ではありません。

コト正して行かねば、ならんようになっています。

4.まとめ

失業したから仕事を与えてくれと申されても、仕事はいくらでもあります。

仕事は、仕事に溶けこみ、その仕事になり切らねば成らんようになっています。
現実的なお金、や家族の事を考えていますと、どうしても、慾基軸になってしまいます。
それでは、仕事になりません。

仕事は、神が与えたり、人が与えるのではありません。
自分自身が仕事にならねば成らん、ようになっています。
御自身が仕事です。

この神は、ちと(千十)大きな、今迄に大変をいたすので、小さく囚われていると判らんことになります。

固まるときには、一度に固まらねばならん、ようになっています。
動く時には、一気に進む傾向があります。

失敗は薬と、都合よく弁解したのでは、薬にならん、毒となることがありますので、省みて下さい。

神様を拝むには、正しき順序と、区別を理解し、拝んで下さい。
まずは、世の元からの生き神様、が大切です。
元の元に繋がっていく事。それが、実は前世ヒーリング、前世の浄化、初め、あなはち、しきまきや、くにつつみ、です。

この順で進みますと、五柱十柱の神様は、やがて、世の元からの生き神様となっていきます。
ですから、同じ十柱の神様でも全然違った存在となるのです。
そこから周囲の世界も、世の元からの生き神様へと次々変わっていきます。

忙しい中にこそ、神示よむ時があります。忙しいのは神のめぐみです。

そなたの現在の与えられてゐる仕事が神業です。
よりよく、より浄化するように行が求められます。

つとめた上にもつとめねばならんようになっています。
それが御神業です。

そなたは、心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なります。
心・口・行、の一致は、簡単そうで簡単ではありません。
コト正して行かねばなりません。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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