今回は、黒、に関する文面です。
黒は九六であり、くにつつみ、から、無から生み出す、という事があります。
今回は、黒、というのが、くにつつみ、から無から、㋰へと生み出す元について、御伝えしていくのかと思いましたが、実際には、既に㋰となってきている様相をお伝えしていきます。
今回は三つの文面をお伝えしますが、最初の二つの文面では、マンデラ・エフェクト文面というよりは、マンデラ・エフェクトを起こしにいく文面、と言ってもよさそうです。
もう一つの文面では、普通にマンデラ・エフェクトがありました。
この道は道なき道、時なき道、光、というものです。
特に、時なき道、は初めてと見ます。
また、此の道でみな生き返る。それには、阿房になりて、我すてて呉れよ、
といった文面もありました。
みな生き返る、という表現も初めて、と見ます。
(マンデラ・エフェクト、そのものの所もある感じですが。)
愈々が迫ってきていますね。
それでは、順に御伝えしますね。
1.下つ巻 第二十九帖 白、赤、黄、青、黒、五つの色のお土は薬のものもあれば、食べられるものもあります。
Ⅰ.神の土出るのは、五色の土、でそれぞれ、国々、ところどころから出ます。
●神の土出ると申してありたが、土は五色の土ぞ、それぞれに国々、ところどころから出るのぞ。
神の土出ると申してありましたが、土は五色の土です。
それぞれに国々、ところところから出てきます。
実際、食べられる土は、日本でも外国でも出てきています。
マンデラ・エフェクトと見ます。
外国では、インド、アフリカ、南米、フランス等で、主にカオリン系の土、という事で食用されている事になっています。
日本では、薬用で使われていたようです。白土、赤土、黄土があったようです。(という事になっています)
果たしてそのような史実があったのか、といえば、あったことになってゐるのですが、正直、マンデラ・エフェクトと思っています。(今でも、土って食べられない、という話でしかなかったと思っています)
Ⅱ.白、赤、黄、青、黒、五つの色のお土は薬のものもあれば、食べられるものもあります。
●白、赤、黄、青、黒の五つ色ぞ、薬のお土もあれば喰べられるお土もあるぞ、神に供へてから頂くのぞ、何事も神からぞ。
日月神示では、白、赤、黄、青、黒、の五つの色、とあります。
薬のお土もあれば、食べられるお土があります。
今のところ、食用実績があるのが、白土、赤土、黄土、これらは薬用的な意味合いも強くあります。
また、黒土は、サプリや抽出成分、として食べられる事もあるようで、青土は、まだ食べれない事になってゐます。
ですが、青土も食べられる時がやがて来るかもしれません。
それは、神に供へてから頂く流れとなります。何事も神からです。
勿論、食用する際には、くれぐれも食べられるかどうか気を付けて接種してください。(無理せずに進めて下さい)
2.富士の巻 第十一帖 神土(かみつち)は白は、「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来ます。
Ⅰ.神土(かみつち)は白は、「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来ます。
●神土(かみつち)は白は、「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来るぞ、
神土(かみつち)は白は、「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来るぞ、とあります。
これをチャットGPTで聞いてみました。果たしてそのような地域はあるのか、ですね。
① 白土(し)
日本には「白土(しらつち)」「白石(しろいし)」「信州(しんしゅう)」など、「し」で始まる土地名が多数存在。
特に「白土」という地名は全国に点在し、古来より陶土や薬土の産地。
鹿児島(シラス台地の白土)や、群馬県安中市松井田町の「白土(しらと)」などが有名。
② 黄土(き)
「木更津(きさらづ)」「紀州(きしゅう)」「喜多方(きたかた)」「岐阜(ぎふ)」など、「き」のつく土地は全国に広がります。
「黄土色の粘土」は関東ローム層や中国地方の黄土台地に多く、実際に「黄土=き」のつく地に対応。
とくに漢方でも「黄土(おうど)」は重要な薬土。
③ 青・赤土(あ)
「阿蘇(あそ)」…火山灰土、赤土の代表格。
「阿波(あわ)」「安芸(あき)」「会津(あいづ)」など、「あ」で始まる土地は火山や赤土系の土地が多い。
阿蘇山はまさに「赤土(火山灰・シラス質)」の象徴的存在。
青土に関しては、滋賀県甲賀市に「青土ダム(おおづちダム)」という実在の地名があり、ここは青灰色の粘土質土壌が出る場所。
④ 黒土(く)
「熊本(くまもと)」「久留米(くるめ)」「国東(くにさき)**」など「く」のつく土地は黒ボク土(火山性腐植土)が豊か。
黒ボク土は火山国日本の特徴的土壌で、肥沃でありながら酸性が強い。
北海道・九州・関東平野などに広く分布。特に「熊本の黒土」は有名。
まあ、このような感じですね。
どこまで、合致しているのか、またこの後、合致していくかは、正直判りません。
Ⅱ.三尺下の土なればよいぞ、とあります。いくらでも要るだけは出てきます。
●よく探して見よ、三尺下の土なればよいぞ、いくらでも要るだけは出てくるぞ。
三尺下となりますと、約90cmです。
いくらでも要るだけは出て来る、とありますが、果たしてどのような感じで出て来るかは、結構謎かもしれません。
さすがに、まだこの世界はそこまで実現していない、と見てゐますが・・・。
気が付いたら実現しているのでしょうか。
3.第五巻 地(九二)つ巻 第十二帖 此の道は時なき道、みな生き返るには、阿房になりて、我すてて呉れよ、としてください。
Ⅰ.天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへります。
●この道は道なき道ざぞ。天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへるのぞ、日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻ぞ、この道でたま入れて呉れよ、
この道は、道なき道です。
思念から、行から、無限に周囲の世界に現れ始めるのです。
無から㋰となりますから、無限にその道が存在しています。
ただ、以前は、この道は道なき道ざぞ。という文面はこの位置には無かったと見ます。
そもそも、この文面そのものもどこかで現れた、と見ます。道が、一文に3回も集中した記憶が無いのです。
天理も金光も、黒住も今はたましひぬけてゐますが、此(九)の道入れて生きかへる、のぞとあります。
日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻ぞ、こ(九)の道でたま(十真)入れて呉れよ(九〇四)、
とあります。
実際、ここまでですが、あらゆる宗教で、マンデラ・エフェクトが徐々に起こってゐる事を聞いています。
聖書のマンデラ・エフェクト、天理教のマンデラ・エフェクト、他、あらゆる宗教で起こり始めているようです。
それは、日々、御自身が、神の御心(・)を入れていき、此の道に進んで行けばよいのです。
すると、あらゆる抜け殻となった宗教が、新たな存在に、・の入った存在へと生まれ変わっていく流れとなるのです。
Ⅱ.この道は、・、です。〇の中に、・入れて呉れ(九〇)としてください。
●この道は・ぞ、〇の中に・入れて呉れと申してあろうが。臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことぞ、・入れて呉れよ、
此の道とは、・(神の御心)です。
〇の中に、・入れて呉れ(九〇)と申されています。
臣民も世界中の臣民も国々もみな同じことです。
・入れて呉れよ(九〇四)としてください。
くにつつみ、しきまきや、から生み出してください。
Ⅲ.〇を掃除しませんと、・はいりません。今度のいくさは、〇の掃除です。
●〇を掃除して居らぬと・はいらんぞ、今度の戦は〇の掃除ぞと申してあらうがな、まつりとは調和(まつり)合はすことと申してあろうがな、
それには、〇を掃除しませんと・は入らないのです。
今度の戦は、〇の掃除です。
掃除とは、真の懺悔、正法でもあります。
それには、まず、まつり、です。
まつりとは、調和(まつり)合はすことなのです。
Ⅳ.此の道は教ではなく、実践の道です。人集めて呉れるな、と申されています。
●この道は教でないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申してあらうがな、人集めて呉れるなと申してあらうがな。
此の道は教(おしえ)ではありません。
おしへ、です。シチニの神から、しきまきや、を経て生み出されます。
教会やほかの集ひでないと申されています。人集めて呉れるな、と申してあろがな。
とあります。
此の道とは、宗教団体ではないことは、間違いなさそうですし、また、三次元的にも人が集まる感じでもなさそうです。
ですが、集まる事も求められています。
これらを条件として実現するには、ネットで集まるがありそうです。
ズームは可能ですね。ただ、私は、まだ今のところ1対1でしかしたことがありません。
一対多数は、原則、しきまきや、起こりにくいのですが、これを起こしていく時もやがて来るかもしれません。
Ⅳ.この道は道なき道、時なき道、光、です。
●世界の臣民みな信者と申してあらうが、この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ。
世界の臣民、みな信者なのです。
この後は、マンデラ・エフェクト文面ではと見ます。
此の道は道なき道、はどこかで生まれた、と見ますが、
時なき道、でもあるのです。此の道とは、時なき道、これは、驚きですね。霊界基軸からも伝えられている所がありますね。
時間ないと言えば無いのですが、つまり、今は、過去でもあり、未来、でもあるのです。
そして、光なのです。
Ⅴ.此の道でみな生き返るには、阿房になりて、我すてて呉れよ、としてください。
●この道でみな生き返るのざぞ。天明 阿房になりて呉れよ、我(が)すてて呉れよ、神かかるのに苦しいぞ。
この文面も初めて、と見ます。
此の道で、みな生き返ります。
此の道で、みな生き返る、というのは、初めてではないかと見ます。
これも広くは、マンデラ・エフェクトそのもの、を指してゐるかもしれません。
実際、その感覚がありますし。同じ人が同じで無くなっていくのです。
天明 阿房(あほう)に成りて呉れよ。(九〇四)とあります。
此の道に進みますと、傍から聞いていて、あほう、と思われる事は、それなりにしていくでしょう。(笑)
我(が)すてて呉れよ(九〇四)とあります。
くにつつみ、しきまきや、を次々起こして下さい。
人の我、囚われの我が残っていますと、神かかるのに苦しいです。
神の我、大我へと昇華させて下さい。
4.まとめ
神の土出るのは、五色の土、でそれぞれ、国々、ところどころから出ます。
白、赤、黄、青、黒、五つの色のお土は薬のものもあれば、食べられるものもあります。
神土(かみつち)は白は、「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来ます。三尺下の土なればよいぞ、とあります。いくらでも要るだけは出てきます。
天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、この道入れて生きかへります。
日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻となっていますが、こ(九)の道でたま(十真)入れて呉れよ(九〇四)、とする事で、宗教もマンデラ・エフェクトを起こすようになっていきます。
この道は、・(神の御心)、です。〇の中に、・入れて呉れ(九〇)としてください。
くにつつみ、しきまきや、から生み出してください。
〇を掃除しませんと、・はいりません。今度のいくさは、〇の掃除です。
掃除とは、真の懺悔、正法でもあります。
それには、まず、まつり、です。
此の道は教ではなく、実践の道です。人集めて呉れるな、と申されています。
ですが、人を集めていく段階もあります。SNS等、ネット上になると見ます。
この道は道なき道、時なき道、光、です。
時なき道とは、霊界基軸から伝えている所もあります。
時間ないと言えば無いのですが、つまり、今は、過去でもあり、未来、でもあるのです。
此の道でみな生き返るには、阿房になりて、我すてて呉れよ、としてください。
此の道に進みますと、傍から聞いていて、あほう、と思われる事は、それなりにしていくでしょう。
くにつつみ、しきまきや、を次々起こして下さい。
人の我、囚われの我が残っていますと、神かかるのに苦しいです。
神の我、大我へと昇華させて下さい。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。