そなた、に関する文面22 現在、先にお尻をふくことが出て来る段階になっています

日月神示、道の生み出し方について

そなた、に関する文面22に入ります。

今回も、補巻 月光の巻 の文面1つです。

今回のマンデラ・エフェクトは、先にお尻をふかねばならんことも、世が迫ってくると出てくるのぢゃ。
と、今の世が先にお尻をふくことが出て来る段階になっている、というものです。

更に今回、利子は後から払えばよいと思っていても、先に支払うこともあるのざぞ。
という事を伝えられているのです。これらの文面がある以上は、
必ず、先に利子を払う行をしていく段階がある事。
更には、誰もが借銭を負っている前提で伝えられている、という事です。

その一環が、無料の行であったりしますし、七人に道を伝えていくもそうです。
また、お尻を出される事もどうしても、起こるようになっていくのです。この体験はしていく事になっていきます。(私は既に何度も体験してきています)

これらは、愈々の世に入っていく段階を示唆した内容でもあります。

なお、第五十六帖につきましては、途中省略していますが、これは以前御伝えしている為です。

参考:2.補巻 月光の巻 第五十六帖 己なく(七九)なれば、永遠に生命する無限の己となります。

それでは、そなた、に関する文面22をお伝えしますね。

1.補巻 月光の巻 第五十六帖 先にお尻をふくことが出て来る段階になっています。

Ⅰ.あれもよい、これもよい、は、迷ひ生み出し、自分を苦しめ、気の毒となります。これと一応信じたらまかせきって下さい。

そなたは何時もあれもよいらしい、これもよいようだと迷って、迷ひの世界をうみ出し、自分で自分を苦しめて、気の毒よなあ。これと一応信じたらまかせきれよ。

これも、我が強い段階。改心が進んでいない段階ではよくあります。
囚われ、慢心が強い段階ですと、あれもよいらしい、これもよいようだと迷ってあれこれ手を出し、迷ひの世界を生み出し、自分で自分を苦しめることとなります。

実際、この迷ひの世界に入っている方、結構いました。

それは、まだまだ、我の改心が進んでいない裏返しです。
此の道ではなく、我を選択している段階です。

Ⅱ.なると(七流十)のウズの中にまかせきって下さい。まかせるとひらけますが、まかせきる境地は此の道一本に絞ることにあります。

梶をはなして鳴門の渦の中にまかせきれよ。まかせきるとひらけてくるのぢゃ。悟れたようでゐて、そなたが悟り切れんのはまかせきらんからぞ。

梶をはなして、なると(七流十)のウズの中にまかせきって下さい。
まかせきるとひらけてくるのです。

ただ、このまかせきれる、は、我が残ってゐる間は、まだまだ無理です。
そう簡単にまかせきる事はできない、と思います。様々な囚われを選択する。それが、人の我です。

此の道一本基軸に進んで、1年半程経過してから、徐々に嬉しきビックリが起こる事で、ようやくまかせきれるようになってきます。

そして、千人力の体験、をしていく事で、また、日常から千人力の行を継続し続ける事で、ようやくまかしきれる、段階に来ます

いや、私は、まきしきれますよ。できますよ。という方も結構にいるかもしれませんが、
いきなり、まかせきる、行をせずにまかせきる、は、神まかせ、悪おまかせ、の事が殆どです。
悪おまかせ多いのう、とある通りです。これはこれで、囚われの道で結構に苦しみます。宗教囚われとなり、11の囚われの中でも、ある意味一番厄介な改心の問題でもあります。

ですが、此の道一本に絞る、という事が、そもそも、まかせきる、という事でもあります。
そこまでの覚悟、になるまで、かなり年月要する人が多いです。

そういう私は、このまかせきる、此の道一本基軸にするまでに、10年近く要しているのですが、ただ10年かかって、この道に来れたのも、当初より、真剣だけは嘘つかずに求め続けていたから、だとわかりました。

まずは、真剣に、百日から行を進めて下さい。半年、一年、三年です。

もうあまり時間が無いところにきていますから、早う此の道一本に絞り、この神様に任せきれる境地に早う進んで下さい。

そして、道を七人に伝えて下さい。その七人が更に七人に伝えるまでが、最終的な目標です。
(これが簡単そうで、簡単ではないのです。それぐらい人の11の囚われ、6つの慢心は非常に強固なのです。)

Ⅲ.お尻を出すものがあっても、決して怒ってはなりません。きれいにふいてやりて下さい。

赤ん坊のお尻をふいてやることもあるであろうがな。そなたが赤ん坊と同じであったら出来ない芸当ぞ。お尻を出すものがあっても、決して怒ってはならん。子のお尻と思って きれいにふいてやれよと申してあろうが。お尻を持ち込まれるのは、持ち込まれるだけのわけがあるからぞ。

此の道に進みますと、お尻を出すもの、結構に出会っていきます。
そして、お尻をふいてやることもあります。

ですが、決して怒っては成らん、のです。
それは、そなたが赤ん坊と同じであったらできない芸当です。

お尻を出す者は、子のお尻と思って きれい(キ、〇、一)にふいてやれよ、としてください。

お尻を持ち込まれるのは、持ち込まれるだけのわけがあるからです。

御自身の生前からの慢心に向き合い、また、そこで神に任しきれるか、我の改心ができるか、
それが試されるようになります。

Ⅳ.利子は後から払えばよいと思っていますが、先に支払ふこともあります。先にお尻をふくことが出て来る段階になっています。

利子は後から支払えばよいと、そなたは思ってゐるが、先に支払ふこともあるのであるぞ。先にお尻をふかねばならんことも、世が迫ってくると出てくるのぢゃ。

利子は、後から支払えばよいと、そなたは思ってゐますが、先に支払うこともあります。

この文面、よくよく見ますと判りますが、利子を支払う前提の文面です。誰に向けても同じです。
ですから、そなたは、借銭がある、という前提で話してゐるという事です。

借銭無い人は、居ない、といってよいようです。

ですから、先に支払うこともあります。
有料だけでなく、無料の行をしていくのも、一つそれがありますね。借銭払いを先にしていくのです。

このように、先に借銭の利子を支払うことを、次々進めて下さい。
それこそ、早い方が楽です。
借入の利子、先延ばしにする程、利子が増えるばかりでしんどいのです。住宅ローンでも同じですね。

ですから、七人に道を伝えていく行です。

この後の文面はマンデラ・エフェクト、と見ます。

先にお尻をふかねばならんことも、世が迫ってくると出て来るのです。
もう、御自身が、先にお尻を拭く前提の話になってきています。

それは、如何に御自身が借銭を背負ってしまう事をしていたのか、がよく判ってきます。

ですからこそ、早う、行を進めて下さい。
此の道一本に絞って、1年半経過すれば、嬉しきビックリが起こってきます。
行の規模が大きい程に、その規模も大きくなっていきます。一段一段、それを実現してください。

そして、地震の巻第十九帖の通り、あらゆる存在を上に見立てる意識で行を日々継続できれば、継続的千人力の元となっていきいます。

Ⅴ.先にお尻を拭いていけば、後では神様がそなたのお尻をきれいにふいて下さります。

その代り、後では神がそなたのお尻をきれいにふいて下さるぞ。ぶつぶつ申さずに勇んでやって下されよ。

その代わり、後では神様がそなたのお尻をきれいにふいて下さります。

この文面でもそうですが、まだまだ、御自身が借銭ある、という事を伝えられている事がよく判ります。
その上で、神様が拭いて下さるのです。

実際、この道に進む程に、嬉しきビックリだけでなく、ビックリする位の無難小難で進んでいきます。

これだけ地球を汚し、我よしで歩まざるを得ない自身でありながら、これだけ無難小難、で済ませて頂き、更には嬉しきビックリも用意して下さるのです。

ぶつぶつ申さずに勇んでやって下され、と伝えられています。
早う、此の道一本の行を三年、終えて下さい。

それができませんと、継続的千人力の行は苦しい、と見ます。

それは、日々休まず、真剣に、行カウントをし、十進んだら一省み、また、世界民の会二人で進めていき、我の改心を進め、神の御心のままに進めていく事にあります。

参考:追伸1 この神示通り伝へてくれればよいです。自分ごころで説くと間違ひます。2025年8月15日18時15分現在

これは、私の伝えていく道を記載していますが、実際ここに書いてあります事を実行して頂ければと思います。今すぐしてほしい事。を調べて頂いてもいいです。

詳細は、前世の法則ブログ内で検索して下さい。

Ⅵ.与えることは頂くことになりますから、与えさしてもらう感謝の心がなければ成らんようになっています。

そなたは他にものを与えることに心せねばならんぞ。与えることは頂くことになるのであるから、与えさしてもらう感謝の心がなければならんぞ。

そなたは、他にものを与えることに心せねば成りません。

与えることは頂くことになるのですから、与えさしてもらう感謝の心がなければ成らん、ようになっています。

これは、度々、試されますし、実際、省みますと、この事の感謝の気持ちが湧くようになっています。

Ⅶ.自分のものと云ふもの何一つないこと、よく判っているはずです。とお伝えされています。

強く押すと強く、弱く押すと弱くはねかえってくること、よく知って居ろうがな。自分のものと云ふものは何一つないこと、よく判って居る筈ぢゃ。

強く押すと強く、弱く押すと弱くはねかえってくること、よくご存じだと思います。

与えたからと言っても、毎度強く押せる訳でもありません。
弱くしか与えられない、微々たるものでも与えられるといいですが、与えようがない時もあります。
それが、人の我であり、11の囚われであり6つの慢心の強固さです。

与えられない時は、やはり返ってきません。
後廻しにする以外ない事、閉口する以外ない事も結構にあります。それも同様に返ってきません。

ですが、それが、御自身の生前であった事を認識する以外無い事も判ってきます。
それ程、我基軸で、囚われ基軸で、慢心基軸であった事を痛いくらい認識させられるのです。

段階が進む程に、怖いのは、自身の我、になっていきます。
それが判っているからこそ、心して、頭を下げ、此の道に進む事になっていきます。

自分のものと云ふもの何一つないこと、よく判っているはずです。

ですから、此の道に進みますと、生前、如何に御自身が、囚われ、慢心していた事がよく判ってくるようになってきます。

2.まとめ

あれもよい、これもよい、は、迷ひ生み出し、自分を苦しめ、気の毒となります。これと一応信じたらまかせきって下さい。

なると(七流十)のウズの中にまかせきって下さい。

まかせるとひらけますが、まかせきる境地は此の道一本に絞ることにあります。
悪おまかせではありません。
そのためには真剣に求めて行じて下さい。
それで体験と共に理解が進むからこそ、覚悟ができ、まかせきれるようになります。

お尻を出すものがあっても、決して怒ってはなりません。きれいにふいてやりて下さい。

お尻を持ち込まれるのは、持ち込まれるだけのわけがあるからです。

利子は後から払えばよいと思っていますが、先に支払ふこともあります。
今の世は、先にお尻をふくことが出て来る段階になっています。

このように、先に借銭の利子を支払うことを、次々進めて下さい。
それこそ、早い方が楽です。
無料の行、七人に道を伝える。次々進めて下さい。

先にお尻を拭いていけば、後では神様がそなたのお尻をきれいにふいて下さります。

ぶつぶつ申さずに勇んでやって下され、と伝えられています。
早う、此の道一本の行を三年、終えて下さい。

与えることは頂くことになりますから、与えさしてもらう感謝の心がなければ成らんようになっています。

自分のものと云ふもの何一つないこと、よく判っているはずです。
此の道に進みますと、生前、如何に御自身が、囚われ、慢心していた事がよく判ってくるようになってきます。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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