まことに関する文面29に進みます。
今回は、〇つりの巻(マツリの巻)第十六帖、ア火ハの巻(アホバの巻)第十六帖の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、双方少な目ですが、やはり、次の展開に向けて御伝えされています。
〇つりの巻(マツリの巻)第十六帖、では、文面は以前よりあったと思いますが、繋がりのマンデラ・エフェクトが殆どと見ます。
祈る土地(十千)はよつくりて下さい。専一(せんいつ)、平和祈らなならんようになっています。
祈る土地(十千)を、はやくつくり、ひたすらに、平和を祈る行、です。
段階が進むと判りますが、当初は、確かに場所、土地、が必要だと思います。行じていく上でもです。
ですが、専一、は、千一(せんいつ)となるので、千人力、に平和に祈る必要があります。
土地は、場所だけでなく、十千、です。土地が、千人力の神となる事が求められます。それには、カミヒト共に千人力に進めばよいのです。この境地となりますと、やがて、土地が、十千として、現れるようになるのでは、と見ます。(私自身の、1年程前の引っ越しもそうだと思っています)
真中の国、真中に、膝まづいて祈り事なされよ、とありますが、
膝まづいて、祈り事、の段階になってきています。(実際に、膝まづく、というよりは、⦿座真付く、という感じになります。)
ア火ハの巻(アホバの巻)第十六帖では、殆どマンデラ・エフェクトが殆ど起こってゐません。ですが、僅かな文面が加わっただけで、その文面、全ての意味合いが変わっています。様々なパターンのマンデラ・エフェクト、がありますね。
日の大神様も世の末となって来て御神力うすくなりなされてゐるのざぞ、
マンデラ・エフェクトは、これだけと見ます。今は、世の末となって来て御神力うすくなりなされてゐます。
ですが、その他の文面が、この一文が入る事によって、ガラッと持つ意味が変わってきたのです。
それは、御自身の分霊、もしくは、見えない世界に、二つ、三つ、現れる可能性があります。
当初は後者だと思いますが、この流れ、で分霊が始まるかもです。
それでは、まことに関する文面29をお伝えしますね。
1.〇つりの巻(マツリの巻)第十六帖 祈る土地(十千)はよつくりて下さい。専一(千一)(せんいつ)、平和祈らなならんようになっています。
Ⅰ.日本の人民よく(四九)ならねば、世界の人民よく(四九)成らんようになってゐます。
●日本の人民よくならねば、世界の人民よくならんぞ、日本の上の人よくならねば日本人よくならんぞ。
日本(二本)の人民、よく(四九)ならねば、世界の人民よく(四九)なりません。
また、日本(二本)の上の人、よく(四九)ならねば、日本人(二本人)もよく(四九)成らんようになっています。
御自身の上の人、しきまきや、くにつつみ、から成らないと、四九成らんようになってゐます。
ですから、常々、しきまきや、くにつつみ、で、新たな世界を生み出す事が求められます。
Ⅱ.祈る土地(十千)はよつくりて下さい。専一(千一)(せんいつ)、平和祈らなならんようになっています。
●祈る土地はよつくれよ。専一(せんいつ)、平和祈らなならんぞ、その位 判って居ろが。
祈る土地(土千)、はよつくれよ、とお伝えされています。
土地は、単に場所の意味もあると見ますが、五三体の大神様、千人力の御自身をはよつくれよ、という事ですね。
それには、専一(せんいつ)、平和祈らなならんようになってゐます。
専一(せんいつ)、とは、ただ、それだけに集中、没頭、一心になる様子。の事です。
ですから、平和の事に専念して、一心、没頭する、祈りが求められます。
専一とは、千一、でもあります。千人力を始める所から生れます。
その上での行ですね。
Ⅲ.口ばかりでは何もなりません、マコト祈らななりません。真中の九二、真中に、膝ま(⦿座真)づいて祈り事されよ、として下さい。
●今ぢゃ口ばかりぢゃ、口ばかり何もならんぞ、マコト祈らなならんぞ。真中の国、真中に、膝まづいて祈り事されよ。
今では、口ばかりです。口ばかりでは何にもならんのです。
マコト(〇九十)祈らなならんのです。
この後、がマンデラ・エフェクト、と見ます。
真中の九二、真中に、膝まづいて祈り事されよ、とあります。
ひざまづく、は、⦿座真付く、ですね。⦿が、御自身の座に、真の道として、付く境地です。
祈り事、は、(一乗り五十)弥栄の行、と見ます。それは、五十柱の始まりでもあります。
初めて見る単語です。行じ、省み、我の洗濯、掃除、改心、していきますと、周囲にこの型が現れ始めます。
Ⅳ.今度のおかげは、神示よく(四九)読まねば見当取れません。
●今度のおかげは神示よく読まねば見当とれんのざぞ。神はその人民の心通りに、写るのであるから、因縁深い者でも御用出来んこともあるから、余程しっかり致して居りて下されよ。
今度のおかげは、神示よく(四九)読まねば見当とれんのです。
しきまきや、くにつつみ、をし、新たに生まれた神示を読まねば見当取れないのです。
神は、その人民の心通りに、写るのですから、因縁深い者でも、御用出来んこともありますから、余程しっかり致しておりて下されよ、とお伝えされています。
ですから、しきまきや、くにつつみ、を進め、御自身の我の洗濯、掃除、改心を進めていく事にあります。
2.ア火ハの巻(アホバの巻)第十六帖 日の大神様も、世の末となって来て、御神力うすくなりなされゐますが、二つ、三つとなる事で、御自身も同様となれば、大きく変わります。
Ⅰ.日の大神様も、世の末となって来て、御神力うすくなりなされゐます。
●日の大神様は日の御働き、月の大神様は月の御働き、日の大神様も世の末となって来て御神力うすくなりなされてゐるのざぞ、
日の大神様は、日の御働き、月の大神様は月の御働き、日の大神様も、世の末となって来て、御神力、うすくなりなされてゐるのです。
御神力うすくなりなされてゐるは、初めての文面です。
世の末で、今は、御神力はうすいのです。
Ⅱ.日の大神様も二つ、三つ、となります。自分一人の力では、何事もこれからは成就しません。
●日の大神様も二つ、三つ、自分一人の力では何事もこれからは成就せんぞ、心得なされよ、
日の大神様も、二つ、三つ、自分一人の力では、何事もこれからは成就しません。
この文面ですと、日の大神様であっても、二つ、三つに進むからこそ、御神力が生れる、とお伝えされている感じですね。
そうなると、この後に続きそうな文面は、御自身も、二つ、三つ、になる、という事ですね。
これが、分霊なのか、並行宇宙に存在しているのか、いずれにしても、御自身が、二つ、三つになっていきます。
此の道に進んでゐる方がそのように現れるかもしれません。
心得なされよ(七三〇四)として下さい。
過去・現在・未来、神界・現界、霊界、一切を和し、皆が喜ぶ思念を生み出せる所から生み出して下さい。
Ⅲ.神示で知らしただけで、得心して改心出来れば、大難は小難となります。
●神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、やらねばならん、戦は碁、将棋、位の戦ですむのぢゃ、
神示で知らしただけで、得心して改心出来れば、大難は小難、となるのです。
やらねばならんようになってゐます。
ですが、此の道に進みますと、一段一段、実現してきています。
ですから、やがて、御自身が、二つ、三つ、となる段階が来るのかもしれません。
戦は碁、将棋、位の戦いで済みます。
Ⅳ.人民の心次第、行ひ次第で、空(そ〇)まで変わります。神の申すこと判らなくても、無理と思ふ事も貫きて下されよ、とあります。それがまこと(〇九十)です。
●人民の心次第、行ひ次第で空まで変ると申してあろがな、この道理よく心得なさりて、神の申すこと判らいでも、無理と思ふ事も貫きて下されよ、これがマコトぢゃ。
人民の心次第、行ひ次第で空(そ〇)迄変わります。実際、黄砂、PMが消えたりのマンデラ・エフェクトが起こります。
また、人民の心、行ひ次第で、そ〇、五三体の大神様の生み出し方まで変わってきます。
マンデラ・エフェクトも、無限に変わっていきます。
この道理よく(四九)心得なさりて、神の申すこと判らなくても、無理と思ふ事も貫きて下されよ、とあります。
これがマコト(〇九十)です。最後が、マンデラ・エフェクトですね。
ですから、神の申す事判らなくても、しきまきや、くにつつみ、さえ心得ていましたら、無理と思ふ事も貫くことができるようになります。
確かにここまでも、この事で、一段一段、進んできています。
当初、絶対無理に思える、日本の債務、世界の債務が減少する世界へと移行する事ができますし、まだまだ、地球規模の事は次々と変える事ができます。
3.まとめ
日本の人民よく(四九)ならねば、世界の人民よく(四九)成らんようになってゐます。
日本(二本)の上の人、よく(四九)ならねば、日本人(二本人)もよく(四九)成らんようになっています。
御自身の上の人、しきまきや、くにつつみ、から成らないと、四九成らんようになってゐます。
祈る土地(十千)はよつくりて下さい。専一(千一)(せんいつ)、平和祈らなならんようになっています。
五三体の大神様、千人力の御自身をはよつくれよ、と申されています。その上で、平和の事に専念して、一心、没頭する、祈りが求められます。そして、土地に現れるようになります。
口ばかりでは何もなりません、マコト祈らななりません。
真中の九二、真中に、膝ま(⦿座真)づいて祈り事されよ、として下さい。
⦿が、御自身の座に、真の道として、付く境地です。
祈り事、は、(一乗り五十)、弥栄の行、と見ます。それは、五十柱の始まりでもあります。
今度のおかげは、神示よく(四九)読まねば見当取れません。
因縁深くても、しきまきや、くにつつみ、をし、新たに生まれた神示を読まねば見当取れないのです。
日の大神様も、世の末となって来て、御神力うすくなりなされゐます。
日の大神様も二つ、三つ、となります。自分一人の力では、何事もこれからは成就しません。
御自身も同様に、二つ、三つとなります。(分霊か、周囲に現れるか、は、段階に応じます)
神示で知らしただけで、得心して改心出来れば、大難は小難となります。
人民の心次第、行ひ次第で、空(そ〇)まで変わります。神の申すこと判らなくても、無理と思ふ事も貫きて下されよ、とあります。それがまこと(〇九十)です。
神の申す事判らなくても、しきまきや、くにつつみ、さえ心得ていましたら、無理と思ふ事も貫くことができるようになります。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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