誠に関する文面13、に進みます。
今回の文面は、アメの巻 第九帖、その2です。
今回の文面も、結構詳細化のマンデラ・エフェクトが起こってゐます。
今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組致して上にあがるなれど、上にあがりきらん内にぐれん、と伝えられ、もう無茶な事は許さん、とお伝えされ始めました。ぐれん、の仕組みの詳細化、また次の展開へと変わってきています。
軽い者程 上に上にと上がってきます。それは、仕組み通りなので心配要りません。とお伝えされています。
近慾に目くれて折角のお恵みはづさないように、神キつけておく、とお伝えされています。
愈々の世は、間近です。
世建替へて、先の判る世となります。とお伝えされ始めました。先の判る世、となる、という明言は初めて、とみます。
三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝、は以前よりありましたが、それは、毒と薬でうらはら、と伝えられてゐます。三エスの神宝は、これは、三界和合、と見ます。それができているかどうかです。
四六、三七、ですと力生まれますから、カス出来ますが、掃除するのが神の大切な仕事、と神に進むなら掃除していく事が当然のようになってきているようです。
毒と薬、薬と毒となります。
この事は頭に入れておく必要があります。
誠の教ばかりでは何もなりません。皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません。
と、見た事ある文面の中にも、次の展開を伝え始めたマンデラ・エフェクト、が多々起こって来てゐます。
それでは、誠に関する文面13、をお伝えしますね。
- 1.アメの巻 第九帖 その2 誠の教では何もならず、皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません
- Ⅰ.めまひ、する人も出来ます。ふんのびる人も沢山に出来てきます。行けども行けども白骨ばかりとなります。
- Ⅱ.悪魔のえらい仕組、上にあがりきらん内にぐれん、となります。もう無茶な事は許さん、ところにあります。
- Ⅲ.軽い者程 上に上にと上がってきます。それは、仕組み通りなので心配要りません。
- Ⅳ.近慾に目くれて折角のお恵みはづさないように、神キつけておく、とお伝えされています。
- Ⅴ.世建替へて、先の判る世となります。
- Ⅵ.三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝、毒と薬でうらはらです。
- Ⅶ.四と六、六と四、三と七、七と三で、力生まれ、カス出来るので、その後、掃除するのが神の大切な仕事です。
- Ⅷ.つきまぜて、こねまぜて、天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組みです。
- Ⅸ.一方の3Sより判りませんので、人民いつも悪に落ち込みます。此の道は中行く道です。
- Ⅹ.誠の教ばかりでは何もなりません。皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません。
- 2.まとめ
1.アメの巻 第九帖 その2 誠の教では何もならず、皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません
Ⅰ.めまひ、する人も出来ます。ふんのびる人も沢山に出来てきます。行けども行けども白骨ばかりとなります。
●目眩(めまひ)する人も出来るぞ、ふんのびる人も沢山に出来て来るぞ。行けども行けども白骨許りと申してあろがな、
誠の道伝へる所へは臣民なかなか集まりません。
人少なくても、見事なこと致して御目にかけます。縁ある者は一時に神が引き寄せます。
その後の状況ですが、
目眩(めまひ)する人も出来ます。
ふんのびる人も沢山出来てきます。
中々想像つかないかと思います。この後は、病の世に注意な気がしています。
ですが、行けども行けども白骨ばかり、というのは平面世界ばかりで進みますと、其の通りになるのは判っています。
Ⅱ.悪魔のえらい仕組、上にあがりきらん内にぐれん、となります。もう無茶な事は許さん、ところにあります。
●今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組致して上にあがるなれど、上にあがりきらん内にぐれんぞ、せめて三日天下が取れたら見物であるなれど、こうなることは世の元から判ってゐるから もう無茶な事は許さんぞ。
この後は、部分的にマンデラ・エフェクトと見ます。
今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組、致して上にあがるのですが、
上にあがりきらん内にぐれん、となります。
これは、ここまでも、繰り返してきた事は判っています。
せめて三日天下が取れたら見物ですが、こうなることは世の元から判ってゐるので、もう無茶な事は許されんことになります。
もう無茶なことは許さん、というのは、初めてと見ます。
また、以前は、三日天下は取れる前提だったと思いますが、この文面ですと、何か取れなさそうな感じに変わっています。上にあがりきらん内にぐれん、だからです。
Ⅲ.軽い者程 上に上にと上がってきます。それは、仕組み通りなので心配要りません。
●軽い者程 上に上に上がって来るぞ、仕組通りなってゐるのざから臣民心配するでないぞ。
これも、初めての文面と見ます。
軽い者程 上に上に上がって来ます。
仕組み通りなってゐるので、臣民心配しないように、とお伝えされています。
Ⅳ.近慾に目くれて折角のお恵みはづさないように、神キつけておく、とお伝えされています。
●今度 神の帳面から除かれたら永遠に世に出る事出来んのであるから、近慾に目くれて折角のお恵みはづすでないぞ、神 キつけておくぞ。
今度 神の帳面から除かれましたら、永遠に世に出る事、出来んのですから、近慾に目くれて、折角のお恵みはづすでないぞ、とお伝えされています。
この内、近慾に目くれて、折角のお恵みはづすでないぞ、という伝え方は初めて、と見ます。
お恵みは結構間近、と見ます。
神 キつけておく、とお伝えされています。
Ⅴ.世建替へて、先の判る世となります。
●人の苦しみ見てそれ見た事かと申す様な守護神に使はれてゐると気の毒出来るぞ、世建替へて先の判る世と致すのぢゃぞ、
人の苦しみ見て、それ見た事かと申す様な守護神に使はれてゐますと、気の毒になります。
ただ、ある一定の段階に進むまでは、これは仕方ないかもしれません。
ですが、この境地にならない為には、次々、御自身が、嬉しきビックリ、千人力を起こして行く事が求められます。
この後、が初めての文面と見ます。
世建替へて、先の判る世となります。
建替へ、は先の判る世、となるのです。
ですから、嬉しきビックリを起こし続けられる境地が大切です。
Ⅵ.三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝、毒と薬でうらはらです。
●三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝とあるぞ、毒と薬でうらはらであるぞ。
三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝とあるぞ、は以前からありましたが、
この後が、初めての文面とみます。それは、毒と薬でうらはらなのです。
三エスの神宝(かんだから)とは、三界和合の神宝、と見ました。
3S(スリーエス)の神宝、とはその現れです。
両方、の理解、体験が必要です。
片側だけですと、薬が毒となります。
ですが、心・口・行の一致、特に行が重要です。
誠のやり方、薬が毒となる事は結構にあります。
Ⅶ.四と六、六と四、三と七、七と三で、力生まれ、カス出来るので、その後、掃除するのが神の大切な仕事です。
●五と五では力出んぞ、四と六、六と四、三と七、七と三でないと力生れんぞ、力生れるから、カス出来るのざから掃除するのが神の大切な仕事ぞ、人民もカスの掃除する事 大切な御役であるぞ、毒と薬と薬と毒で御座るぞ、
五と五では力出ません。
四と六、六と四、三と七、七と三でないと力生れません。
力生れるから、カス出来る。ここまでは以前からあったと見ますが、
その後が新たな段階へのマンデラ・エフェクト、と見ます。
カスを掃除する事、神の大切な御役、とあります。
カスの掃除も、どこかして普通になっていく、そのように書かれ始めました。
毒と薬、薬と毒となります。
この事は頭に入れておく必要があります。
Ⅷ.つきまぜて、こねまぜて、天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組みです。
●搗(つ)きまぜて こねまぜて天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組ざぞ、判りたか。
つきまぜて、こねまぜて、天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組みです。
毒と薬、薬と毒となる事に気を付けて、行を進めていく事が求められます。
Ⅸ.一方の3Sより判りませんので、人民いつも悪に落ち込みます。此の道は中行く道です。
●一方の3Sより判らんから、人民 何時も悪に落ち込むのぢゃ、此の道は中行く道と申して知らしてあろがな、力余ってならず、力足らんでならず、しかと手握りてじっと待ってゐて下されよ、
これもマンデラ・エフェクト文面と見ます。
一方の3Sより判りませんから、現れしか追いませんから、人民 いつも悪に落ち込むとあります。
三エスの神宝(かんだから)、とは三界和合の理解、が一つあるようです。
一方の3Sとは、霊界の伴ない3Sですとか、過去、を無視した三つの神宝ですとか。
行の伴ない3Sですとか(心・口、止まり)、このような三界和合でない、その三つの現れの3Sです。
これですと、確かに、いつも悪に落ち込むのも道理です。
ですから、此の道は中行く道、と知らしてあるのです。
力余ってならず、力足らんでならず、しかと手握りてじっと待ってゐて下されよ、とあります。
御自身のしていく行を、できる所より一つ一つ進めて下さい。
Ⅹ.誠の教ばかりでは何もなりません。皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません。
●誠の教ばかりでは何もならんぞ、皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ、理屈申すでないぞ、幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ、此の世の事は人民の心次第ぞ。
この文面も初めてですね。
誠の教ばかりでは何もならんようになっています。
皆に、誠の行(オコナイ)出来ませんと、此の道開けません。
時間もかかり、簡単ではないと思います。
ですが、実は、今現在、この事を私は試そうとしています。
理屈申しても、理屈いくら立派であっても、行(オコナイ)出来ねば悪なのです。
此の世の事は、人民の心次第とあります。
2.まとめ
めまひ、する人も出来ます。ふんのびる人も沢山に出来てきます。
病の仕組みです。
行けども行けども白骨ばかりとなります。
悪魔のえらい仕組、上にあがりきらん内にぐれん、となります。もう無茶な事は許さん、ところにあります。
軽い者程 上に上にと上がってきます。それは、仕組み通りなので心配要りません。
近慾に目くれて折角のお恵みはづさないように、神キつけておく、とお伝えされています。
世建替へて、先の判る世となります。
三エスの神宝(かんだから)と、3S(スリーエス)の神宝、毒と薬でうらはらです。
三界和合できているかどうかです。
四と六、六と四、三と七、七と三で、力生まれ、カス出来るので、その後、カスの掃除する事、神の大切な御役です。
つきまぜて、こねまぜて、天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組みです。
掃除と共に進む所があります。
一方の3Sより判りませんので、人民いつも悪に落ち込みます。三界和合せず、表、結果だけ追い求めますと、悪となります。此の道は中行く道です。
誠の教ばかりでは何もなりません。皆に誠の行(オコナイ)出来ないと、此の道開けません。
この実現が求められます。時間かかり、簡単ではありません。
此の世の事は、人民の心次第とあります。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

