まことに関する文面19 神の御用さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組みです

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

まことに関する文面19に進みます。

今回の文面は、磐戸(一八十)の巻 第十一帖、第十二帖、二つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクトも、それぞれに、絶望的文面示唆と、より善き世界、双方伝えるものが起こってゐます。

第十一帖、では、

心にメグリ積み増すと、動物のイレモノとなります。
ですから、心にメグリを積まない事が求められますし、メグリがあると分れば直し、改心する事が求められます。

ゴモクをそのままにしておきますと、段々大きくなりて始末ゆかんことになり、しまいには81にするより手なくなります。石(一四)流れて、木(九)の葉(八)、沈むと申してありますが、今がその世です。
今の世は、しきまきや、くにつつみ、から神を生み出す事を忘れてゐます。

改心して、キレイに掃除できましたら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめばどんなことでもさして頂けます。

更には、神の御用さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組み、とお伝えされています。

第十二帖、では、

今度のまけかちは、人の殺し合ひ(戦争)ばかりでケリつくチョロコイことではありません。
トコトンの処まで行き、神も総活動となります。とトコトンの処、神の総活動まで伝えられてゐます。

臣民 石(一四)にかじりついてもやらねばなりません。
その代わり、今後は万劫末代、いつまでのかわらんマコトの神徳あたへて頂けます。
とあります。

81の世界、人の殺し合ひ(戦争)等の示唆をしている一方で、改心して、キレイに掃除できましたら、どんなことでもさして頂ける事。神の御用さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組み、マコトの進徳をあたへる、と伝えられてゐます。

それでは、まことに関する文面19、をお伝えしますね。

1.磐戸(一八十)の巻 第十一帖 神の行さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組みです。

Ⅰ.心にメグリ積み増すと、動物のイレモノとなります。

心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ、神のイレモノ、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の臣民と申されるか、判らんと申してあまりであるぞ。

出だしがマンデラ・エフェクト、ではないかと見ます。

心にメグリ積むと、動物のイレモノと成ります。
メグリを積む選択をする事によって、動物のイレモノとなるのです。
ですから、メグリと判れば改心し、直す事が求められます。

神のイレモノであるのに、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の臣民と申されるか、
とお伝えされています。

判らんと申してあまりであるぞ、とあります。

こう書かれてゐますと、該当している方多いです。そして、該当していない方いないと云ってもよいでしょう。
囚われ、われよし、慢心、分け隔てだらけ、メグリを積み続けてきた御自身、という事が判ってきます。

ですから、我の改心、日々求められます。

Ⅱ.ゴモクをそのままにしておきますと、段々大きくなりて始末ゆかんことになり、しまいには81にするより手なくなります。

ゴモク吐き出せよ、其の儘にしておくと段々大きくなりて始末にゆかんことになりて、しまいには灰にするより、手なくなるぞ、石流れて、木の葉沈むと申してあろが、今がその世ざぞ。

ゴモク吐き出せよ、其のままにしておくと、段々と大きくなりて始末にゆかんことになりて、しまいには灰(81)にするより、手なくなります。

この後はマンデラ・エフェクト、と見ます。

石(一四)流れて、木(九)の葉(八)、沈むと申してありますが、今がその世です。

しきまきや、が始まる事もなく、九の八(無限)(三次元の神)、沈んでいる状態、
今がその世なのです。

この事でゴモクだらけ、のわれよしの世となってゐます。

Ⅲ.改心して、キレイに掃除できましたら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめばどんなことでもさして頂けます。

改心してキレイに掃除出来たら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめば何んなことでもさしてやるぞ、この神は世界中何処へでも届く鼻もってゐるのざぞ、この世つくりたこの神ざ、この世にわからんこと一つもないのざぞ、

改心してキレイに掃除出来ましたら、千理先にゐても、ひつきの神とたのめば、どんなことでもさして頂けます。

此の神様は、世界中どこへでも届く鼻(八七)を持ってゐます。

この世つくりた神様です。
此の世にわからんこと一つもありません。

まずは、此の神様を掴み、任せきれるところまで進む事が求められます。

Ⅳ.神の御用さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組みです。

神の御用さへつとめて下されたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組ざぞ、

これも、マンデラ・エフェクト文面、と見ます。

神の御用さへ、つとめて下されたら、心配ごとが嬉し嬉し、のこととなる仕組みです。
ですから、神の御用を次々つとめて下さい。

無理なく、今できる所より、一段一段進めて下さい。

心配ごとが、嬉し嬉しになる仕組みです。

Ⅴ.日本臣民ばかりではなく、どこの九二の民でも同様に助けて頂けます。

日本臣民ばかりでないぞ、何処の国の民でも同様に助けてやるぞ、神にはエコがないのぞ。

日本臣民ばかりではなく、どこの国の民でも同様に助けて頂けます。

神にはエコがありません。

どこの国、どこの人は関係ありません。
重要なのは、此の道に進まれているかどうか、です。人を助ける行ができるかどうかです。

早う千人力の境地に進んで下さい。任せきれる神様を掴んで下さい。

2.磐戸(一八十)の巻 第十二帖 神国は神国のやりかたでトコトンの処まで行き、神も総活動となります。

Ⅰ.向ふの国には、ドエライ仕組みしてゐるので、今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ、と伝えられてゐます。

マコトの者は千人に一人ざぞ、向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ。

マコトの者は千人に一人です。

向ふの九二には、まだまだドエライ仕組(よくも悪くもです)してゐますから、今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ(九〇四)、とあります。

ですから、くにつつみ、しきまきや、です。

平面、三次元世界のやり方ですと、どんどん苦しむ流れ、そして、ドエライ仕組み、81の世界に近付くことと成ってしまいます。

Ⅱ.今度のまけかちは、人の殺し合ひ(戦争)ばかりでケリつくチョロコイことではありません。トコトンの処まで行き、神も総活動となります。

人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ、

人の殺し合ひばかりでは、ケリがつかないのです。

今度のまけかちはそんなチョロコイ事ではありません。

かちまけ、でなく、まけかち、は初めてと見ます。
まけてかつ仕組みを何度も繰り返して行くようです。

トコトンの処まで行くのですから、神様も総活動です。

Ⅲ.臣民 石にかじりついてもやらねばなりません。その代わり、今後は万劫末代、いつまでのかわらんマコトの神徳あたへて頂けます。

臣民 石にかじりついてもやらねばならんぞ、そのかわり今後は万劫末代のことざから何時迄もかわらんマコトの神徳あたへるぞ。

この文面も初めて、と見ます。

臣民 石にかじりついてもやらねばならんようになってゐます。

そのかわり、今後は万劫末代のことですから、いつまでもかわらんマコトの神徳与へて頂けます。

いつまでもかわらんマコトの神徳、どのようなものか楽しみです。
ただ、終りなく永遠に弥栄には違いないようです。

Ⅳ.云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあります。

云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあるぞ。

これも、どこかからか起こったマンデラ・エフェクト文面です。

云はれぬこと、神示出せぬことも知らすこともあります。

これは、以前からある程度体験してきた事もありますが、まだまだ、ここからが増えていくと思います。

確かに云へないこと、神示には出せないこと、山のようにありますが、これを次々実現していくこと、体験する段階が必ず来るようです。

3.まとめ

心にメグリ積み増すと、動物のイレモノとなります。
神のイレモノ、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の臣民と申されるか、判らんと申してあまりであるぞ。
とありますが、該当してゐない方はいません。
囚われ、われよし、慢心、分け隔てだらけ、メグリを積み続けてきた御自身、という事が判ってきます。

ですから、我の改心、日々求められます。

ゴモクをそのままにしておきますと、段々大きくなりて始末ゆかんことになり、しまいには81にするより手なくなります。

改心して、キレイに掃除できましたら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめばどんなことでもさして頂けます。
まずは、此の神様を掴み、任せきれるところまで進む事が求められます。

神の御用さへつとめて下されましたら、心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組みです。
ですから、神の御用を次々つとめて下さい。

日本臣民ばかりではなく、どこの九二の民でも同様に助けて頂けます。
重要なのは、此の道に進まれているかどうか、です。

向ふの国には、ドエライ仕組み(よくも悪くもです)してゐるので、今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ、と伝えられてゐます。ですから、くにつつみ、しきまきや、です。

今度のまけかちは、人の殺し合ひ(戦争)ばかりでケリつくチョロコイことではありません。トコトンの処まで行き、神も総活動となります。

臣民 石にかじりついてもやらねばなりません。その代わり、今後は万劫末代、いつまでのかわらんマコトの神徳あたへて頂けます。

云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあります。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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