因縁に関する文面8です。
今回の因縁に関する文面は、二日んの巻(ジシンの巻)第十七帖 その1です。
二日んの巻(ジシンの巻)も長文の為、三回に分けます。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、
真実の地獄はありません。
大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているため、
とあります。真実の地獄が無い理由が、大神の中に、すべてのものが生長している為、とお伝えしています。
死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。
中間物の中間体、という単語は初めてです。
死後の世界が、半霊半物のようにも捉えられます。
という事は、前世ヒーリングから、その半霊半物の世界の理解は可能そうです。
それでは、因縁に関する文面8、をお伝えしますね。
- 1.二日んの巻(ジシンの巻)第十七帖 その1 死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。
- Ⅰ.真実の地獄はありません。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためです。
- Ⅱ.死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。死後の最初の世界においてはっきりと知り得ます。
- Ⅲ.生存時に過去を精算している霊人は、中間世界に留まる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に直ちに入ります。
- Ⅳ.中間世界から天国的世界をのぞむ時、光明にみたされています。天国には昇り易く、地獄には落ちにくいのが神の御意志です。
- Ⅴ.暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆく者もありますが、はかり知れない程の大きく広い神の世界が展かれています。
- 2.まとめ
1.二日んの巻(ジシンの巻)第十七帖 その1 死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。
Ⅰ.真実の地獄はありません。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためです。
●地獄はないのであるが、地獄的現われは、生前にも、生後にも、また死後にもあり得る。しかし、それは第三者からそのように見えるのであって、真実の地獄ではない。大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためである。
地獄はないのですが、地獄的現われは、生前にも、生後にも、また死後にもあり得ます。
しかし、それは第三者からそのように見えるのであって、真実の地獄ではないのです。
最後がマンデラ・エフェクト文面です。
大神様は、大歓喜であり、人群万類の生み主でもあり、大神様の中に、すべてのものが生長しているためです。
Ⅱ.死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。死後の最初の世界においてはっきりと知り得ます。
●死後、一先ずおかれる所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体をもっている。意志のみでは力を生まない。理解のみでも進展しない。意志と、理解との結合によって弥栄する。このことは、中間の状態、即ち、死後の最初の世界に於て、何人もはっきりと知り得る。
これは、恐らくマンデラ・エフェクト文面と見ます。
死後、ひとまずおかれる処は、霊界、現界の中間世界であり、そこでは中間物としての中間体をもっている。
似た文面は以前あったとみますが、中間物としての中間体は初めてと見ます。
これが、ひょっとして、半霊半物の元なのかもしれません。
私が、前世ヒーリングをしてきた対象は、主に死後すぐの霊でしたが、
ここが、何か、半霊半物の鍵を握りそうな、そういった事を訴えてるかのような文面です。
そこで、意志のみでは力を生まないのです。
理解のみでも進展しません。
意志と理解の結合によって弥栄します。
このことは、中間の状態、即ち、死後の最初の世界において、何人もはっきりと知り得ます。
ですから、死後すぐの世界はとても大切なのです。
Ⅲ.生存時に過去を精算している霊人は、中間世界に留まる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に直ちに入ります。
●しかし、生存時に於て、既に過去を精算している霊人は、この中間世界にとどまる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に、直ちに入るのである。精算されていないものは、精算が終るまで、この中間世界にとどまって努力し、精進、教育される。その期間は五十日前後と見てよいが、最も長いものは十五、六年から二十年位を要する。
しかし、生存時において、既に過去を精算している霊人は、この中間世界にとどまる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に、直ちに入るのです。
実は、思念界やりとりしますと、特に、大きな囚われとなっている部分変わりますと、周囲の世界が大きく変わっていきます。
ですから、生前の課題、現世で解決すべき課題を終えますと、次の世界に移行する。
マンデラ・エフェクト、が起こるのでは、と見ています。
このように、
前世ヒーリング等で、生前の囚われが変わり、過去の精算が終われば、直ちにマンデラ・エフェクトが、起こる、それは、死んで生きる、新たな世界に移行する、という風にも捉えられます。
故の過去の精算が大切なのです。生きてゐる間は勿論のこと、生前も次々にする事は人は可能です。
精算されていないものは、精算が終わるまで、この中間世界にとどまって努力し、精進、教育されるのです。
その期間は50日前後ですが、最も長い場合、15~6年、20年位を要するようです。
これは、現世でもそのまま当てはまる事もあります。
Ⅳ.中間世界から天国的世界をのぞむ時、光明にみたされています。天国には昇り易く、地獄には落ちにくいのが神の御意志です。
●この中間世界から天国的世界をのぞむ時は、光明にみたされている。故に、何人も、この世界へ進み易いのである。また、地獄的な世界は暗黒に満たされている故に、この世界に行く扉は閉ざされているのと同様であって、極めて進みにくいのである。天国には昇り易く、地獄にはおち難いのが実状であり、神の御意志である。
この中間世界から、天国的世界をのぞむ時は、光明にみたされています。
故に、何人も、この世界へ進みやすくあります。
また、地獄的世界は、暗黒に満たされている故に、この世界に行く扉は閉ざされていると同様で、極めて進みにくいです。
天国には昇り易く、地獄にはおち難いのが実状で、神の御意志です。
Ⅴ.暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆく者もありますが、はかり知れない程の大きく広い神の世界が展かれています。
●しかし、この暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆくものもあるのであって、そのものたちには、それがふさわしい世界なのである。其所(そこ)に、はかり知れない程の大きく広い、神の世界が展かれている。この地獄的暗黒世界は、暗黒ではあるが、それは比較から来る感じ方であって、本質的に暗黒の世界はなく、神の歓喜は限りないのである。
しかし、この暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆくものもあるので、そのものたちには、それがふさわしい世界なのです。
其処(そこ)に、はかり知れない程の大きく広い、神の世界が展かれています。
この地獄的暗黒世界は、暗黒ではあるのですが、それは比較からくる感じ方なので、本質的に暗黒の世界はなく、神の歓喜は限りないのです。
2.まとめ
地獄的現われは、生前にも、生後にも、また死後にもあり得ます。
ですが、それは第三者からそのように見えるだけで、真実の地獄はありません。
大神は大歓喜であり、人群万類の生み主であり、大神の中に、すべてのものが生長しているためです。
死後、ひとまずおかれる場所は、霊、現の中間の世界であり、其処では中間物としての中間体、です。
意志のみでは力を生まず、理解のみでも進展しない。
意志と、理解との結合によって弥栄する。
このことは、中間の状態、死後の最初の世界に於て、何人もはっきりと知り得ることとなります。
生存時に過去を精算している霊人は、中間世界に留まる必要はなく、その結果に対応した状態の霊界に直ちに入ります。
ですから、生きてゐる内に精算をしますと、その状態の霊界に入る。
つまり死んで生きる事となり、マンデラ・エフェクトが起こる事にもなります。
精算されていないものは、精算が終るまで、この中間世界にとどまって努力し、精進、教育され、
通常は50日前後、長ければ20年程まであり得ます。
中間世界から天国的世界をのぞむ時、光明にみたされています。
天国には昇り易く、地獄には落ちにくいのが神の御意志です。
暗黒世界を暗黒と感ぜずして進みゆく者もありますが、はかり知れない程の大きく広い神の世界が展かれています。
本質的に暗黒の世界はなく、神の歓喜は限りなくあります。
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