今回は、われよし、に関する文面②です。
今回の、われよし、に関する文面は、
一八(イハ)の巻 第八帖、〇つりの巻(マツリの巻) 第一帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、双方で起こってゐます。
一八(イハ)の巻 第八帖では、
神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国、神の国、とお伝えされています。
道はあるに、闇祓ひ潔めて道見て進んで下さい。勇ましき、やさかの道、光りあります。
とお伝えされています。
闇を祓ひ、道みて進むところに、勇ましき、やさかの道、光りがあると御伝えされています。
〇つりの巻(マツリの巻) 第一帖、では、
青山も泣き枯る時来ます。海川も泣き枯る時来ます。
自然界は、まだ、泣き枯れる時を避ける事ができない段階です。
十(かみ)の動くが卍(ほとけ)、卍の動くが
(か三)、
(か三)の澄みきりが⦿(おおかみ)、神と仏と臣民とは違ひます。とあります。
かみ、ほとけ、おおかみ、の動き、澄みきり、についてお伝えされています。
それでは、われよしに関する文面②、をお伝えしますね。
1.一八(イハ)の巻 第八帖 道はあるに、闇祓ひ潔めて道見て進んで下さい。勇ましき、やさかの道、光りあります。
Ⅰ.此(九)の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのです。
●此の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのざぞ。
此の方のコト(九十)、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのです。
腹(八〇)にひしひし(一一、四、一一、四)響き出したら、よき守護神となっています。
腹に響くか、もしくは、神の現れで、永劫の過去から響き出したら、よき守護神となっています。
最後は両方を満たすのでしょうか。
Ⅱ.神の九二の元のミタマ、外国のミタマ、スッカリ取り換へられてゐるのに、まだ目覚めんのか、とお伝えされています。
●神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ眼覚めんのか。
神の九二の元のミタマと外国のミタマがスッカリ取換へられてゐるのに、まだ眼覚めんのか、
とありますが、まだ、眼覚めん方多いと見ます。
中々、悪の仕組、は強固です。
11の囚われ、6つの慢心は強固でそう簡単には、動きません。
Ⅲ.神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国の事です。
●神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな。神の国であるぞ、我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ。
出だしが、マンデラ・エフェクト、と見ます。
神の国は真中の国、土台の国です。
神の元の鎮まった国です。
神の国です。
我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に、世界の臣民皆なってゐますが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐますが、中は極悪、と伝えられてゐます。
Ⅳ.中は極悪に気付いてゐる臣民もありますが、どうにも、手も足も出せん状態です。それが、悪神に魅入られているのです。
●気付いてゐる臣民もあるなれど、どうにも、手も足も出せんであらうがな。それが悪神に魅いられてゐるのぢゃぞ。
中身が極悪に気付いてゐる臣民もありますが、どうにも、手も足も出せんようになってゐる事が判ると思います。
御自身の極悪ですら、どうにもならないのです。
それが、悪神に魅入られているのです。
手も足も出せないのは、我で進んでゐる為で、此の神様に任せ、神と共に進む事ができていません。
Ⅴ.道はあるに、闇祓ひ潔めて道見て進んで下さい。勇ましき、やさかの道、光りあります。
●道はあるに闇、祓ひ潔めて道見て進め。勇ましきやさかの道、光りあるぞ。
この文面は初めてと見ます。
道はあるに闇、祓ひ潔めて道みて進んで下さい。
闇と共に、闇を無くして行く事が求められます。これ以外無さそうです。
勇ましきやさかの道、光あります。
2.〇つりの巻(マツリの巻) 第一帖 青山も泣き枯る時来ます。海川も泣き枯る時来ます。
Ⅰ.今迄の教ではこの道判りません。益々食ふ物なく曇りて来ます。その国その所々で当分暮しむき出来ます。
●五つに咲いた桜花、五つに咲いた梅の花、どちら採る気ぢゃ。今迄の教ではこの道判らんぞ、益々食ふ物なく曇りてくるぞ、その国その所々で当分暮しむき出来るぞ、
五つに咲いた桜花、五つに咲いた梅の花、どちら採る気、とあります。
今迄の教えでは此の道は判りません。
益々食ふ物なく曇りてきます。
その国その所々で、当分暮しむき出来ます。
Ⅱ.青山も泣き枯る時来ます。海川も泣き枯る時来ます。
●野見よ、森見よと申してあろ、青山も泣き枯る時来ると申してあろ、海川も泣き枯る時来るぞ、
この文面は初めてです。
野見て、森見て下さい。
青山の泣き枯る時来ると申してあります。
海川も泣き枯る時来ます。
青山、海、川、泣き枯れる時が来るのです。
なんとか避けたいところですが。ウミ、川、七キ、枯れる時が来ましたら、どうにもならなくなるかもしれません。
Ⅲ.我さへよけらよいと、我れよしして御座る人民神々様 気の毒来ます。
●まだきかず我さへよけらよいと、我れよしして御座る人民神々様 気の毒来るぞ、
まだ、きかず我さへよけらよい、我れよしして御座る人民、神々様、気の毒来ます。
Ⅳ.十(かみ)の動くが卍(ほとけ)、卍の動くが(か三)、(か三)の澄みきりが⦿(おおかみ)、神と仏と臣民とは違ひます
●今迄は神も仏も同じぞと申してゐたが神と仏とは違ふのざぞ、十(かみ)の動くが卍(ほとけ)ぞ、卍の動くが
(か三)ぞ、
の澄みきりが⦿(おおかみ)ぞ、神と仏と臣民とは違ふのぢゃぞ。
今迄は、神も仏も同じ、と申してゐましたが、神と仏は違ふのです。
十(かみ)の動くが卍(ほとけ)、卍の動くが
(か三)です、
(か三)の澄みきりが⦿(おおかみ)です。
神と仏と臣民とは違ふ、とあります。
3.まとめ
此(九)の方のコト、腹にひしひしと響き出したら、よき守護神となったのです。
神の九二の元のミタマ、外国のミタマ、スッカリ取り換へられてゐるのに、まだ目覚めんのか、とお伝えされています。
中々、悪の仕組、は強固です。
11の囚われ、6つの慢心は強固でそう簡単には、動きません。
神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国の事です。
我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に、世界の臣民皆なってゐますが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐますが、中は極悪、と伝えられてゐます。
中は極悪に気付いてゐる臣民もありますが、どうにも、手も足も出せん状態です。それが、悪神に魅入られているのです。
御自身の極悪ですら、どうにもならないのです。
手も足も出せないのは、我で進んでゐる為で、此の神様に任せ、神と共に進む事ができていません。
道はあるに、闇祓ひ潔めて道見て進んで下さい。勇ましき、やさかの道、光りあります。
今迄の教ではこの道判りません。益々食ふ物なく曇りて来ます。その国その所々で当分暮しむき出来ます。
青山も泣き枯る時来ます。海川も泣き枯る時来ます。
我さへよけらよいと、我れよしして御座る人民神々様 気の毒来ます。
十(かみ)の動くが卍(ほとけ)、卍の動くが(か三)、(か三)の澄みきりが⦿(おおかみ)、神と仏と臣民とは違ひます。
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