弥栄、に関する文面37に進みます。
今回は、黄金の巻(コガネの巻) 第九十帖、第九十八帖、の2つの文面です。
第九十帖は、マンデラ・エフェクトは起こってゐないと見ますが、第九十八帖は、微妙に起こってゐます。
大切なもの一切は、神様が人間に与へてあります。
人間は、それを処理するだけでよいのです。
このように軽やかな文面が出てきています。
悠々、天地と共に天地に歩んで下さい。とあります。
悠々と、天地と共に天地に歩むには、
千人力、しきまきや、くにつつみ、あなはち、と共にでないとできません。
このように悠々と、天地と共に、天地に歩む段階に入ってきています。
それでは、弥栄、に関する文面37をお伝えします。
1.黄金の巻(コガネの巻) 第九十帖 お金、理屈、神様、先ず求めて下さい。求めねばなりません。先ず捨てて求めて下さい。求めて行じて下さい。
マンデラ・エフェクトは起こってゐませんが、此の道に進むには、改めて重要な文面と見ます。
Ⅰ.肝腎の・が判っていなければ、世界中がいくら集まって、よき世にいたす相談しても、まとまりつきません。
●世界中がいくら集まって、よき世にいたす相談いたしても、肝腎の・が判らんから、まとまりつかん。
世界中がいくら集まっても、よき世にいたす相談いたしても、肝腎の・が判りませんので、まとまりがつきません。
実際、神の御心、・とは、和す、事にあるので、その和し方も様々ありますが、
一つは、前世界から、和し続けていく事で、周囲に新たな世界を生み出し続けていく事があります。
その和し方、と、周囲に現れる変化によって、肝腎の・が、体験、と共に、徐々に判ってきます。
Ⅱ.悪いわがままの癖を直して行くのが、皮むき、改心、弥栄です。
●たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。改心ぢゃ。弥栄行くことぢゃ。
たれ一人、悪いわがままの癖持たない人間ありません。とあります。
その癖を直して行くのが、皮むくことです。
改心です。
弥栄行くことです。
実際、前世界でも生前の御自身を変えていく事で、周囲の世界も一つ一つ変わっていきます。
Ⅲ.金持つと金の地獄に理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しみます。持たねばならんし中々です。
●金持つと金の地獄に理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しむぞ。持たねばならんし、中々ぢゃなあ。
この文面は、私は穴が空く位に何度も読みました。
金を持つと金の地獄に、理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると、神の地獄の落ちて苦しみます。
ですが、金、理屈、神様、持たない事には、次の世界へと進みません。
ですから、中々ぢゃなあ、と伝えられています。
Ⅳ.先ず求めて下さい。求めねばなりません。先ず捨てて求めて下さい。求めて行じて下さい。
●先づ求めよ、求めねばならん。先づ捨てて求めよ、求めて行ぜよ。
先ず、お金、理屈、神様、を求めて下さい。
一旦求めねばならん、ようになっています。
先ず、お金、理屈、神様、捨てて求めて下さい。
囚われを無くすが最初です。
その上で、お金、理屈、神様、求めて行じて下さい。
これらは、かなりの段階まで、どうしても必要のようです。
2.黄金の巻(コガネの巻) 第九十八帖 悠々、天地と共に天地に歩んで下さい。千人力、しきまきや、くにつつみ、あなはち、と共にです。
Ⅰ.大切なもの一切は、神様が人間に与へてあります。人間は、それを処理するだけでよいです。
●大切なもの一切は、神が人間に与へてあるでないか。人間はそれを処理するだけでよいのであるぞ。
出だしの文面は、初めてと見ます。
大切なもの一切は、神が人間に与へてあります。
人間は、それを処理するだけでよいのです。
実際、与へられたものを処理するだけでよい段階に入って来てゐます。
Ⅱ.悠々、天地と共に天地に歩んで下さい。千人力、しきまきや、くにつつみ、あなはち、と共にです。
●何故に生活にあくせくするのぢゃ。悠々、天地と共に天地に歩め。嬉し嬉しぞ。
何故に生活にあくせくするのか、と伝えられています。
その後の、悠々、天地と共に天地に歩んで下さい。というのは初めて、と見ます。
悠々、天地(あめつち)と共に、天地(あめつち)に歩む。
というのは、もうその段階に来ている、という事です。
此の道に進んで下さい。
千人力、しきまきや、くにつつみ、あなはち、と共にです。
すると、周囲の現れが嬉し嬉し、となります。
Ⅲ.一日が千日となります。神を知ってからの一日は、知らぬ千日よりも尊いです。
●一日が千日と申してあらう。神を知る前と、神を知ってからとのことを申してあるのぞ。神を知っての一日は、知らぬ千日よりも尊い。
一日が千日となります。
それは、一度に千人分を助ける行をしていく為です。
(ただし、必ずしも、それが千人力ではありません)
この事で、一挙手、一行動で、一言で万語、多くの存在を助けていく事となります。
一日が千日とは、神を知る前と、神を知ってからとのこと、です。
神を知っての一日は、知らぬ千日よりも尊い、とあります。
この千日とは、千人力の日々、という解釈もあると見ます。
一日が、長く感じ始めます。
Ⅳ.いつまでも自分本位の祈りではなりません。
●始めは自分本位の祈りでもよいと申してあるなれども、何時までも自分本位ではならん。
初めは自分本位の祈りでもよいと申してあるなれども、いつまでも自分本位ではならん、ようになっています。
やがて、相手中心、周囲中心となっていきます。
Ⅴ.止まると悪となります。神の理(ミチ)は弥栄です。動き、働いて、行かなならんようになっています。
●止まると悪となるぞ。神の理(ミチ)は弥栄ぞ。動き働いて行かなならん。
止まると、悪となります。
ですが、行じていっても、止まる方、とても多いです。
坂に車の例えのように戻されてしまいます。
神の理(ミチ)は弥栄、です。
動き働いて、行かなならんようになっています。
Ⅵ.善と悪の動き、心得て下さい。悪は悪ならず、悪にくむが悪となります。
●善と悪との動き、心得なされよ。悪は悪ならず、悪にくむが悪。
善と悪との動き、心得なさりて下さい。
悪と和していきますと、善と成ります。
故に、如何なる悪も弥栄する為に存在している事が判ります。
また、あらゆる存在は、前の段階になると悪になりますが、和していく事で善となる繰り返しですので、
今とは、悪であり、悪でなく、最善を尽くしていけば、善であり、善でなく、という事も判ってきます。
悪は悪ならず、悪にくむが悪です。
ですが、悪にくむが悪に囚われている方もとても多いです。
3.まとめ
肝腎の・が判っていなければ、世界中がいくら集まって、よき世にいたす相談しても、まとまりつきません。悪いわがままの癖を直して行くのが、皮むき、改心、弥栄です。
金持つと金の地獄に理屈もつと理屈の地獄に、神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しみます。
ですが、全て持たねばならんし中々です。
先ず求めて下さい。求めねばなりません。
先ず捨てて求めて下さい。
その上で、求めて行じて下さい。
大切なもの一切は、神様が人間に与へてあります。人間は、それを処理するだけでよいです。
悠々、天地と共に天地に歩んで下さい。
千人力、しきまきや、くにつつみ、あなはち、と共にです。
一日が千日となります。神を知ってからの一日は、知らぬ千日よりも尊いです。
いつまでも自分本位の祈りではなりません。
止まると悪となります。神の理(ミチ)は弥栄です。
動き、働いて、行かなならんようになっています。
善と悪の動き、心得て下さい。
悪と和していきますと、善と成ります。
今とは、悪であり、悪でなく、最善を尽くしていけば、善であり、善でなく、という事も判ってきます。
悪は悪ならず、悪にくむが悪となります。
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