喜び、に関する文面⑥ 物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入る事で、無限の生命が与へられます

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

今回は、喜び、に関する文面⑥に進みます。

今回は、春の巻 第一帖、第九帖、をお伝えします

今回のマンデラ・エフェクト文面は、どちらも後半に固まっています。

第一帖、では、
祈りばかりでは祈り地獄となりますので、理(ミチ)(三千)つけて、行を進めて下さい。と伝えられてゐます。
理(三千)をつけての行ですので、千人力を三界和合と共に進めていく事を前提に伝えられてゐます。

それは、喜びに叶ふ心、喜びの行あ るところ喜び来ます。無限段階あ ります。
此処は光の理(ミチ)、教ではありません。理でなくては今度はならない事を伝えられてゐます。

天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぎます。とあります。
教は局部的、時、所で違ひます。ハラが神であ るぞ。と伝えられてゐます。

このように、後半はほぼ全文マンデラ・エフェクトと見ます。

第九帖、でも同様に、後半に集中しており、

物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入る事で、無限の生命が与へられます。
そこに、無限の喜びがあると伝えられてゐます。

遂に、無限の生命が与へられる、と伝えられてゐます。

また、無限世界とは、物と霊との大調和した、限りなき光の世界、と伝えられてゐます。

このように、祈りだけでなく、理(三千)と共に進む事が当たり前のように伝えられてゐる段階となり、
また、遂に、無限の生命、無限の喜び、無限世界、物と霊の大調和した限りなき光の世界、について伝えられてゐます。

それでは、喜び、に関する文面⑥、をお伝えしますね。

1.春の巻 第一帖 天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぎます。ハラが神であ るぞ。と伝えられてゐます。

Ⅰ.新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひます。

新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひぬ。

新しき御代の始めのタツの年、スメ大神の生れ出で給ひぬ、とあります。
直近ですと2024年です。実際、間違いないと思っています。

スメ大神とは、新たな皇大神さまです。

地震の巻第十九帖でしょう。お互いおろがみ合う神様です。

Ⅱ.永劫の過去、赤子(あかご)になりて出直してください。始の始と始が違ひます。皆々始めヒからです。

皆々御苦労ながら、グルグル廻って始めからぢゃと申してあ らうが。始の始と始が違ふぞ。皆始めヒからぢゃ。赤児になりて出直せよ。

皆々御苦労なのですが、グルグル廻って、始めからぢゃ、と申してあ らうが。とあります。
あ らうが、と間が空くのは、無から、永劫の過去から生み出して、我を改心して下さい。という事でしょう。

すると、始の始、と始が違ふのです。
無限に過去は変わっていきます。

皆、始めヒからです。

永劫の過去、ヒ(一一)、からです。

赤児(あかご)になりて出直せよ、とあります。

永劫の過去、五十音の此の世、平面世界の永劫の過去からやり直しです。

Ⅲ.ハラ(八〇)で見、ハラできき、ハラで話して下さい。ハラ(八〇)には間違ひありません。

ハラで見、ハラできき、ハラで話せよ。ハラには間違ひないのぢゃ。

ハラ(八〇)で見、ハラできき、ハラで話せよ、としてください。
ハラには間違ひないのです。

神から、無限に生み出す意識で見て、きき、話して下さい。

Ⅳ.祈りばかりでは祈り地獄となりますので、理(ミチ)(三千)つけて、行を進めて下さい。

祈りばかりでは祈り地獄、神から光いただけるように理(ミチ)つけねばならん。

祈りばかりでは祈り地獄、となります。

此の後の文面は初めてと見ます。

神様から光いただけるように理(ミチ)(三千)つけねばならんようになってゐます。
三界和合の行基軸で進んで下さい。その上での祈りです。

Ⅴ.喜びに叶ふ心、喜びの行あ るところ喜び来ます。無限段階あ ります。

水は低きに流れるぞ。喜びに叶ふ心、喜びの行あ るところ喜び来るのぢゃ。喜びにも正しきと曲れるとあるぞ。無限段階あ るのぢゃ。心して迷はんように致しくれよ。

水は低きに流れるのです。

喜びに叶ふ心、喜びの行あ るところ喜び来るのです。
喜びにも、正しきと曲がれるとあります。
無限段階あ ります。

この、あ るという表現は初めてと見ます。
常々、あ、あいう、の永劫の過去から、無から生み出して下さい。と見ます。

心して迷はんように致してくれよ、と伝えられてゐます。

Ⅵ.此処は光の理(ミチ)、教ではありません。理でなくては今度はなりません。

此処は光の理(ミチ)伝へ、行ふ所、教でないと申してあ ろう。教は教に過ぎん。理でなくては、今度はならんのぢゃ。

此処は光の理(ミチ)(三千)伝へ、行ふ所、です。

教ではないと申してあ ろう。とあります。
教は教にすぎません

今度は、理(ミチ)(三千)でなくては、ならんのです。

三つの千人力、です。三界和合です。
神界、幽界、現界。過去、未来、現在、です。

Ⅶ.天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぎます。

天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぐぞ。

これは、マンデラ・エフェクト文面ですね。

理は、天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぎます。

理は急ぐ時に来ています。

Ⅷ.教は局部的、時、所で違ひます。ハラが神であ るぞ。と伝えられてゐます。

教は局部的、時、所で違ふのぢゃ。迷信となるぞ。ハラが神であ るぞ。

教は局部的、時、所、で違ふのです。

ここを誤りますと、迷信となります。

此の後も初めて、と見ます。

ハラ(八〇)が神であ るのです。

八から生み出して下さい。無限、神様、様々生み出して下さい。

2.春の巻 第九帖 物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入る事で、無限の生命の与へられます。そこに、無限の喜びがあります。

Ⅰ.人民には、分別与へてあるから反省できます。反省あるから進展します。

人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。反省あるから進展するのであるぞ。

人民には、分別与へてあるから反省できるのです。
反省あるから進展します。

ですが、その反省を蔑ろにして、前しか見ない方も結構多いです。

過去を省みる事が、新たな未来を生み出す可能性がある事を忘れてゐる方が多いです。
過去が存在している理由とは、新たな世界を生み出す為にあります。

そして、その原因は心の内にあります。

Ⅱ.ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へます。

ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。

ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へていきます。
人民の努力によっては、よりよくなるとありますが、それだけでなく、周囲の世界まで変へていく流れとなります。

Ⅲ.省みねば生まれた時より悪くなります。欲、浄化して喜びとしてください。

省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが。慾、浄化して喜びとせよ。喜び何からでも生れるぞ。

省みねば、生まれた時より悪くなります。
これも、体験上、目の当たりにしている人がいるので、実際その通りになっています。

慾、浄化して喜びとしてください。

喜び何からでも生まれます。

Ⅳ.広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上します。

広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上する。

広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上します。

当初はどちらかから入ると見ますが、体験上、最初は深く進む方がお勧めです。
これは、此の道に進みますと、最終的に、どちらにも進む事になると見ます。

Ⅴ.物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入る事で、無限の生命が与へられます。そこに、無限の喜びがあります。

物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから無限の生命が与へられるのぢゃ。無限の喜び得ること出来るのぢゃ。

この文面は初めて、と見ます。

物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから、無限の生命が与へられるのです。

遂にですが、
無限の生命与へられる。
という文面登場です。

それには、霊の世界へ、無限の世界に入る所から始まるのです。

更には、無限の喜び得ること出来ます。

Ⅵ.無限世界とは、物と霊との大調和した、限りなき光の世界です。

無限世界とは物と霊との大調和した、限りなき光の世界ぞ。

この文面も初めて、と見ます。

無限世界とは、物と霊との大調和した、限りなき光の世界です。

最終的には、霊界から、また、物質世界、三次元世界に戻ってきます。
これらは、前世ヒーリング、前世界の思念変化を起こす事で体験、理解する事ができます。

Ⅶ.真理(四ん理)を知ることが、無限を得ること。まこと(〇九十)の神をつかむことです。

真理を知ることが、無限を得ること。まことの神をつかむことぞ。

真理(四ん理)を知ることが、無限を得ることです。

しきまきや、から生み出す理を知ること(九十)が無限を得るもととなります。
ですから、思念界を変える行が何より大切です。

それが、まこと(〇九十)の神をつかむことです。

これは、思念界を変える行を行じる事で、実現、体験していく事が可能です。

Ⅷ.よいものつくるには大き手数かかります。ふところ手でいてはできません。手を出し、足を出して下さい。

よいものつくるには大き手数かかるのぢゃ。ふところ手でいては出来ん。手出せ、足出せよ。

よいものつくるには大き手数かかります。
ふところ手でいては出来ません。

手を出して下さい。
足を出して下さい。

3.まとめ

新しき御代の始めのタツの年。スメ大神の生れ出で給ひます。
スメ大神とは、地震の巻第十九帖、お互いおろがみ合う神様です。

永劫の過去、赤子(あかご)になりて出直してください。
始の始と始が違ひます。皆々始めヒからです。

ハラ(八〇)で見、ハラできき、ハラで話して下さい。ハラ(八〇)には間違ひありません。

祈りばかりでは祈り地獄となりますので、理(ミチ)(三千)つけて、行を進めて下さい。

喜びに叶ふ心、喜びの行あ るところ喜び来ます。無限段階あ ります。

此処は光の理(ミチ)、教ではありません。
今度は、理(ミチ)(三千)でなくては、ならんのです。

三つの千人力、です。三界和合です。
神界、幽界、現界。過去、未来、現在、です。

天の理、地の理、もろもろの理、カタ早う急ぎます。

教は局部的、時、所で違ひます。ハラが神であ るぞ。と伝えられてゐます。

人民には、分別与へてあるから反省できます。反省あるから進展します。

ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へます。

省みねば生まれた時より悪くなります。欲、浄化して喜びとしてください。
広い世界に住めば広く、深い世界に住めば深く向上します。

物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入る事で、無限の生命が与へられます。
そこに、無限の喜びがあります。

無限世界とは、物と霊との大調和した、限りなき光の世界です。

真理(四ん理)を知ることが、無限を得ること。まこと(〇九十)の神をつかむことです。

しきまきや、から、理を生み出す事です。

よいものつくるには大き手数かかります。ふところ手でいてはできません。
手を出し、足を出して下さい。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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