まことに関する文面34 ⦿は三五七です。三の⦿、三五の⦿、三五七の⦿です。人間の極まるところは神です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

まことに関する文面34に進みます。

今回は、黒鉄の巻(クロガネの巻)第二十一帖、第三十帖、の二つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクト文面は、黒鉄の巻(クロガネの巻)第二十一帖、で沢山起こり、第三十帖、は僅かに起こってゐます。

第二十一帖では、
身も心も嬉しくなるのがまことの神です。ものの嬉しさだけではゼロ、たまの嬉しさだけでもゼロ、とお伝えされています。
双方、身も心も嬉しくなるのが、まことの神です。
後のみ説く宗教は、ゼロの宗教、とお伝えされています。×0の宗教ですね。亡びる宗教です。

人間の極まるところは神です。霊人は中間の存在です。人間は神への土台です。
この道理は判るであろうがな、とありますが、これは、霊人とのやり取りから、霊人とは、無限に生み出す神である事の理解、これは、人間にもできますし、そして、三次元世界での実現していくお役割、霊肉共に、の行を起こせるのは、人間だけですから、人間が神の土台、という事を伝えられてゐます。ですから、人間の極まるところは神なのです。

⦿は三五七です。三の⦿、三五の⦿、三五七の⦿です。
三五七、三界和合の、立体、複立体、複々立体、また、立立体を意味していると見ます。
三五の⦿、三五七の⦿の理解大切です。

第三十帖では、
表、結果、ばかり見てゐると判りません。裏、原因、の理解、体験から、水晶(⦿意四小四ウ)の心となれば、三千里先のこともありやか、とお伝えされています。

水晶の心、はどこかからか生まれた単語ですが、それは、裏、原因、の理解、体験から、三千里先、の事もありやか、となるのです。それは、三千世界の和合、三界和合の理の事です。それがありやか、となっていきます。

今迄の宗教は亡びるのですが、亡びる宗教に致して下さるなよ。と、
御自身が、永遠に弥栄する宗教、を生活に移し、三次元に体現していく事を示唆され始めた文面が生れてゐます。

それでは、まことに関する文面34をお伝えしますね。

1.黒鉄の巻(クロガネの巻)第二十一帖 人間の極まるところは神です。霊人は中間の存在です。人間は神への土台です。⦿は三五七です。三の⦿、三五の⦿、三五七の⦿です。

Ⅰ.身も心も嬉しくなるのがまことの神です。ものの嬉しさだけではゼロ、たまの嬉しさだけでもゼロです。

身も心も嬉し嬉しなるのがまことの神ぢゃ。ものの嬉しさだけではゼロぢゃ。たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ。よく心得なされよ。

この文面は、マンデラ・エフェクト、と見ます。

身も心も嬉し嬉し、となるのがまことの神、です。

ものの嬉しさだけでは、ゼロ、です。
たまの嬉しさだけでも、ゼロ、です。

ですが、片側の嬉しさ、を求められる方、気付かない内に片側だけになっているが殆どです。

よく(四九)心得なされよ、とお伝えされています。

しきまきや、くにつつみ、から生み出して下さい。

Ⅱ.死後のみ説く宗教はゼロの宗教です。この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ありません。

死後のみ説く宗教はゼロの宗教ぢゃ。迷ふでないぞ。この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのぢゃと申してあらう。

出だしがマンデラ・エフェクトです。

死後のみ説く宗教はゼロの宗教です。ゼロの宗教、という呼び方が初めて、と見ます。
ですが、このような宗教も多いです。×0の宗教ですので、亡びる宗教です。

迷ふでない、とあります。

この世で、天国に住めんもの、天国に行ける道理はないのです。

まず、此の世を天国にしていく事が大切です。
それには、一段一段進む事が求められます。
行き詰まりましたら、神様と相談し、御神示を読み、改心を進めて下さい。

Ⅲ.人間の極まるところは神です。霊人は中間の存在です。人間は神への土台です。

神は人間の命、人間は神の容れものであると申してあらう。人間の極まるところは神であるぞ。霊人は中間の存在ぞ。人間は神への土台ぞ。この道理判るであらうが。

神は人間の命、人間は神の容れものであると申されています。

人間の極まるところは神です。霊人はその中間の存在、です。
ですから、人間は神への土台です。

霊人とやり取りしますと、思念の部分で、人間とは、それ程変わらない事が判ります。
ですが、霊界は、思念の世界なので、霊界のみですと、中々改心ができません。

中間の存在となると、段階が低く感じる方もいると思いますが、それは、肉体が伴っていない一面があるからです。
そして、霊人が、時間経過していきますと、三次元の記憶がどんどん薄れ、三次元的に因の理解が難しくあります。
多くの霊人はこの状態ですので、私がいつもやり取りするのは、死後時間経過殆どしていない霊人達が主です。

ですが、霊人の思念が変わりますと、この三次元世界が変わる事がよく起こります。
当初は小さい所からですが、段階が進んできますと、大きな変化、マンデラ・エフェクト、が起こります。

すると、霊人は、人間から見て、神界迄の架け橋の存在に感じるようにもなってきます。

霊人が中間の存在であっても、前世ヒーリング当初は、段階が低く感じる事もありますが、やがて、神に向けて新たな世界へと、引っ張って頂ける、上の存在へと変わってきます。

この両方の体験を進む事で、人間は、神の土台、という感覚、がシックリするようになってきます。

Ⅳ.⦿は三五七です。三の⦿、三五の⦿、三五七の⦿です。

⦿は三五七ぞ。三の⦿から三五の⦿。三五七の⦿。

これも、初めての表現ですね。

⦿は三五七、です。三の⦿、から、三五の⦿です。
やがて、三五七の⦿、です。

これは、三界和合が一つ、二つ、三つ、の解釈が一つありますね。それが、三、五、七、と成ります。

三が、神界・霊界・現界、とするなら、三五は、神界・霊界・現界、過去・未来・現在、ですね。
三五七、七は、更に様々です。七の代表的なものとして、有・無・三が道、になるかな、と見ています。
もう一段無限の無なので、七の三界和合は無限にあります。

三は、三が道。五は動き。七は、もう一段上の無、です。

⦿、の三、五、七、は、立体、複立体、複々立体、もしくは、立立体を意味している所があります。

2. 黒鉄の巻(クロガネの巻)第三十帖 表、結果、ばかり見てゐると判りません。裏、原因、の理解、体験から、水晶(⦿意四小四ウ)の心となれば、三千里先のこともありやかです。

Ⅰ.表、結果、ばかり見てゐると判りません。裏、原因、の理解、体験から、水晶(⦿意四小四ウ)の心となれば、三千里先のこともありやかです。

表ばかり見てゐるから判らんのぢゃ。水晶の心なれば三千里先のこともありやか。

表ばかり見てゐると判りません。
結果ばかり見てゐるだけでは、判りません。

裏を理解、更に体験しますと、表が判ります。
原因を理解、更に体験しますと、結果が判ります。

水晶(⦿意四小四ウ)の心となれば、三千里先のこともありやかです。

神の御心の意識を、しきまきや、そして、小さなしきまきや、から生み出す心となりましたら、三千の理、道、これらの先の事がありやか、となります。

Ⅱ.人民は、奇跡見ても、病気になっても、中々改心できません。それは外からのものだからです。

人民と云ふものは奇跡見ても、病気になっても、中々改心出来んものぢゃ。死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んのぢゃ。それは外からのものであるからぢゃ。

人民と云ふものは奇跡見ても、病気になっても、中々改心出来んものです。
結果に囚われている方が多いからです。
原因の世界から変わっているから、に中々気づけません。

多くの方は、囚われの世界を選び、戻されてしまうのです。そして、81の世界を選択する流れです。

囚われの世界の選択により、死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んようになってゐます。

それは、外からのものであるから、周りの世界の影響、囚われの思念からです。
外からの変化だけでは、内のものは中々変わりません。

内にあるものから外の世界変えて行く、心・口・行、の一致の理解、体験が求められます。

Ⅲ.まことの改心は、中の中の・のキいただいて、ほっこんの改心出来ねばならんようになっています。

まことの改心は、中の中の・のキいただいて、ほっこんの改心出来ねばならん。死後の生活知らすことはよいなれど、それのみによって改心せよと迫るのは悪のやり方。奇跡を見せ、病気を直してやるのもよいのぢゃが、それのみによって改心を迫ってはならん。それのみで道を説いてはならんぞ。

まことの改心は、中の中の・のキいただいて、ほっこんの改心出来ねばなりません。
ですが、これは、簡単ではありません。
行と共に、御自身の過ちに気付き、改心を進め、また行を進めるの繰り返しで、一段一段進みます。

死後の生活知らすことはよいのですが、それのみによって改心せよ、と迫るのは悪のやり方です。
自ら心の内が変わり、そして、行動したくなるように導く事が大切です。

奇跡を見せ、病気を直してやるのもよいのですが、それのみよって、改心を迫ってはならん、のです。
それのみで、道を説いてはならんのです。多くの人は、助けて貰って当たり前、として慢心となるか、
もしくは、奇跡主義の囚われ、となり、慢心が増長する一方になります。

多くの宗教者、に限らず、指導者、教育者、施術者、占い師さん、あらゆる方がこの囚われで苦しんできています。

Ⅳ.今迄のやうな宗教は亡びます。亡びる宗教にしないように、弥栄の行を日々継続して下さい。

そんなこと位でマコトのホッコンの改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。今迄のやうな宗教は亡びると申してあらうが。亡びる宗教に致して下さるなよ。

奇跡を見せたり、病を直してやる位で、マコトのホッコンの改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心しています。
で、実際には、この奇跡を見せたり、病を直す宗教で、苦しみ続けてきまいた。

今迄のやうな宗教は亡びる、と申してある通りです。

それは結果に囚われた宗教です。因を無きものにした宗教です。⦿(もと)を無きものにした宗教です。
三界和合を忘れた宗教です。行、省みる、を忘れた宗教です。喜びが一面で留まった宗教です。

一面に留まると亡びる宗教になります。

亡びる宗教にしない為には、永劫の弥栄していく宗教、を生活の中に体現していく事が求められます。

最後の部分、亡びる宗教に致して下さるなよ。はマンデラ・エフェクト、と見ます。
御自身が、此の道に向けての宗教、をこの三次元世界に生み出すよう、現界を天界に生み出すように示唆している、と見ます。
芸術、仕事、あらゆるところから、生み出し、体現して下さい。

3.まとめ

身も心も嬉しくなるのがまことの神です。ものの嬉しさだけではゼロ、たまの嬉しさだけでもゼロです。
しきまきや、くにつつみ、から生み出して下さい。

死後のみ説く宗教はゼロの宗教です。この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ありません。
この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのです。
まず、此の世を一段一段、天国にしていく事が大切です。

人間の極まるところは神です。霊人は中間の存在です。人間は神への土台です。

霊界は、思念の世界なので、霊界のみですと、中々改心ができません。
ですが、霊人とやり取りして、霊人の心を変える段階までなってきますと、霊人は、人間から見て、神界迄の架け橋の存在に感じるようにもなってきます。

⦿は三五七です。三の⦿、三五の⦿、三五七の⦿です。

三界和合が一つ、二つ、三つ、の解釈が一つあります。それが、三、五、七、と成ります。
⦿、の三、五、七、は、立体、複立体、複々立体、もしくは、立立体を意味している所があります。

表、結果、ばかり見てゐると判りません。裏、原因、の理解、体験から、水晶(⦿意四小四ウ)の心となれば、三千里先のこともありやかです。

神の御心の意識を、しきまきや、そして、小さなしきまきや、から生み出す心となりましたら、三千の理、道、これらの先の事がありやか、となります。

人民は、奇跡見ても、病気になっても、中々改心できません。それは外からのものだからです。外からの変化だけでは、内のものは中々変わりません。

まことの改心は、中の中の・のキいただいて、ほっこんの改心出来ねばならんようになっています。
自ら心の内が変わり、そして、行動したくなるように導く事が大切です。

今迄のやうな宗教は亡びます。亡びる宗教にしないように、弥栄の行を日々継続して下さい。
亡びる宗教にしない為には、永劫の弥栄していく宗教、を生活の中に体現していく事が求められます。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
トップに戻る