組に関する文面35に進みます。
今回は、黄金の巻(コガネの巻) 第七十五帖、第七十七帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、双方で僅かに起こってゐます。
第七十五帖、では、
百日一生懸命求めてみて下さい。必ずおかげあります。は以前からありましたが、
その後、が初めて、とみます。
神があるから光がさして嬉し嬉し、となります。と、おかげのある理由とは、神があるから、とお伝えされています。
第七十七帖、では、
審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となります。御出まし近うなっています。とあります。
審判の廷(サバキのニワ)は、どこかから現れたマンデラ・エフェクト、ですが、
その後の、世界は一人の王となる、そのお出ましが近づいた事をお伝えされています。
それでは、仕組に関する文面35をお伝えしますね。
1.黄金の巻(コガネの巻)第七十五帖 百日一生懸命求めてみて下さい。必ずおかげあります。神があるから光がさして嬉し嬉し、となります。
Ⅰ.三千世界の建直し、下の神々様もアフンの仕組、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判ります。
●戦や天災では改心出来ん。三千世界の建直しであるから、誰によらん。下の神々様もアフンの仕組で、見事成就さすのであるが、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判るのであるぞ。
戦や天災では、改心出来ません。
三千世界の建直し、ですから、誰によらん。
下の神々様もアフンの仕組で、見事成就さす、とあります。
ですが、よく(四九)神示読めば、心(九九六)でよめば、仕組九分通りは判るのです。
しきまきや、くにつつみ、から起こして行きます。
Ⅱ.死ぬ時の想念がそのままつづくので、その想念のままの世界に住みます。此の世を天国として暮らす事が求められます。
●死ぬ時の想念がそのままつづくのであるから、その想念のままの世界に住むのであるぞ。この世を天国として暮す人 天国へ行くぞ。
死ぬ時の想念がそのままつづくのですから、その想念のままの世界に住むのです。
この世を天国として暮らす人 天国へ行く事になります。
まずは、此の世を天国として暮らす事が求められます。
Ⅲ.百日一生懸命求めてみて下さい。必ずおかげあります。神があるから光がさして嬉し嬉し、となります。
●地獄の想念、地獄生むぞ。真理を知ればよくなるぞ。そんなこと迷信と申すが、求めて見なされ。百日一生懸命 求めて見なされ。必ずおかげあるぞ。神があるから光がさして嬉し嬉しとなるのであるぞ。
地獄の想念、地獄生みます。
真理を知れば、よくなります。
そんなこと迷信と申しますが、求めて下さい。
百日一生懸命 求めてみて下さい。
必ずおかげあります。
最後がマンデラ・エフェクト文面、と見ます。
神があるから、光がさして嬉し嬉しとなります。
百日一生懸命求めたら、必ずおかげある理由が明確化されています。
2.黄金の巻(コガネの巻)第七十七帖 審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となります。御出まし近うなっています。
Ⅰ.不二の仕組とは、動かん真理、であり、(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のことです。
●不二の仕組とは動かん真理、
(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のことであるぞ。
不二の仕組とは動かん真理、の事で、
(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のこと、
とお伝えされています。
不二の仕組から始まる所もありますが、実際此の道に進みますと、無限に生み出される無とは、永劫の愛がそこにあるとしか思えないようになってきます。それが、
(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組、です。
Ⅱ.神の理(ミチ)に入り、理(ミチ)をふんで居れば、やり方一つで何でもよく、嬉し嬉しとなります。
●神の理(ミチ)に入り、理(ミチ)をふんで居れば、やり方一つで何でもよく、嬉し嬉しとなるぞ。
神の理(ミチ)に入り、理(ミチ)をふんで居れば、やり方一つで何でもよく、嬉し嬉しとなります。
嬉し嬉しにならなければ、神の理(ミチ)から外れてゐます。
Ⅲ.世の元から出来てゐるミタマの建直しは、ぐづぐづしていると間に合わん、気の毒になります。
●世の元から出来てゐるミタマの建直しであるから、一人の改心でも中々であると申してゐるのに、ぐづぐづしてゐると間に合はん。気の毒出来るぞ。
世の元から出来てゐるミタマの建て直しですから、一人の改心でも中々であるのに、ぐづぐづしてゐると間に合はん、気の毒できる、とあります。
一刻も早くの改心が求められます。
Ⅳ.めぐりは、自分にめぐって来る事で、それは、自分で作るようになります。
●めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。めぐりは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。
めぐりと申すのは、自分のしたことが自分にめぐって来る事です。
めぐりは自分でつくるのです。
他を恨んではなりません。
何か話の順がマンデラ・エフェクトな気もしています。
めぐりは自分でつくるとは、よりよきものも、自分でつくるという意味合いもあるように見ます。
Ⅴ.芸術から神の道に入るのは誰にでも出来ます。
●美の門から神を知るのが、誰にでも判る一番の道であるぞ。芸術から神の道に入るのは誰にでも出来る。この道理判るであらうが。
美の門から神を知るのが、誰にでも判る、一番の道です。
芸術からの神の道に入るのは誰にでも出来ます。
此の道理判るであろうが、とあります。
日々、芸術は起こってゐます。喜びから生み出す仕組だからです。
Ⅵ.審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となります。御出まし近うなっています。
●審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となるぞ。御出まし近うなったぞ。自分よくして呉れと申してゐるが、それは神を小使に思うてゐるからぞ。大きくなれよ。
出だしがマンデラ・エフェクト、と見ます。
審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となります。
御出まし近うなったぞ。
とあります。世界は、一人の王となる段階が来てゐます。
自分よくして呉れと申してゐるが、それは神を小使に思うてゐるから、大きくなれよ。とお伝えされています。
3.まとめ
三千世界の建直し、下の神々様もアフンの仕組、よく神示読めば、心でよめば、仕組九分通りは判ります。
死ぬ時の想念がそのままつづくので、その想念のままの世界に住みます。
此の世を天国として暮らす事が求められます。
百日一生懸命求めてみて下さい。必ずおかげあります。
神があるから光がさして嬉し嬉し、となります。
不二の仕組とは、動かん真理、であり、
(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のことです。
無限に生み出される無とは、永劫の愛がそこにあるとしか思えないようになってきます。
神の理(ミチ)に入り、理(ミチ)をふんで居れば、やり方一つで何でもよく、嬉し嬉しとなります。
世の元から出来てゐるミタマの建直しは、ぐづぐづしていると間に合わん、気の毒になります。
一刻も早くの改心が求められます。
めぐりは、自分にめぐって来る事で、それは、自分で作るようになります。
めぐりは自分でつくるとは、よりよきものも、自分でつくるという意味合いもあるように見ます。
芸術から神の道に入るのは誰にでも出来ます。
審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、世界は一人の王となります。御出まし近うなっています。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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