引き続き、神の心、に関する文面③ です。
今回は、地つ巻の一文ですが、マンデラ・エフェクト文面は、二つあります。
一通りはいやがる臣民にも、この神示一二三(ひふみ)として読むやうに上の人してやりて下されよ。
というものです。
一通りはいやがる臣民にも、神示読むやうに、は以前あったと見ますが、
一二三(ひふみ)として、が新たに加わったのです。
その結果、かずたま基軸として、読むように、という事が一つあります。
ここまでしてきた事、かずたま基軸で伝えてきた事が、マンデラ・エフェクトで実現して嬉しく思います。
もう一つの文面は、神おろがみて神示取れよ、と御神示マンデラ・エフェクトを起こし、その上で取るように、と伝えられています。
今回の文面では、御神示のマンデラ・エフェクトを起こして取る方法、一二三として伝えるだけでなく、その為に必要な事をお伝えされています。
それでは、お伝えしていきますね。
- 1.地(九二)つ巻 第三十帖 神おろがみて、御神示をマンデラ・エフェクト起こし取りてください
- Ⅰ.一度の立替へすると、世界が大変が起こるので、延ばし延ばしてゐます。目覚めませんと、末代気の毒です。
- Ⅱ.九二取られた臣民、けものよりむごいことなるのが、よく分かりてゐるから、神が表に出て世界中救ふ、とあります。
- Ⅲ.此(九)の神示、腹(八〇)に入れると、神力出ます。
- Ⅳ.この神示一二三(ひふみ)として読むように、上の人してやりて下されよ、としてください。
- Ⅴ.生命あるうちに神の九二のこと知らずに、死んでから神の九二に行くことはできません。
- Ⅵ.智や学超えて、神の力にまつはりてください。
- Ⅶ.神おろがみて、行じていく事で、御神示が取れるようになります。
- Ⅷ.一方で、神のない世とだんだんなりています。くにつつみ、から、まつり、生かし、はたらかしてください。
- Ⅸ.神の御用なら、何でも出てくる結構な九二です。何もなくなるのは、やり方わるい、神の心に添はん、どちらかです。
- 2.まとめ
1.地(九二)つ巻 第三十帖 神おろがみて、御神示をマンデラ・エフェクト起こし取りてください
Ⅰ.一度の立替へすると、世界が大変が起こるので、延ばし延ばしてゐます。目覚めませんと、末代気の毒です。
●一度に立替へすると世界が大変が起るから、延ばし延ばしてゐるのざぞ、目覚めぬと末代の気の毒できるぞ。
一度に立替へすると世界が大変が起こりますから、延ばし延ばしてゐるのです。
一段一段、進む以外ない事。
高飛びはできない事。
真剣である事。
時間、手間、物、金、努力、苦。
全て必要とする事を忘れてはなりません。
ですから、一刻も早く行を進めていく事が求められていますし、最初の三年。一年、半年、半年、一年。の苦しい時期を早い段階で終えておく事が求められています。
目覚めぬと末代、気の毒できます。
それ程時間が残されていません。
Ⅱ.九二取られた臣民、けものよりむごいことなるのが、よく分かりてゐるから、神が表に出て世界中救ふ、とあります。
●国取られた臣民、どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、けものよりもむごいことになるのが、よく分りてゐるから、神が表に出て世界中救ふのであるぞ、
九二取られた臣民、どんなにむごいことになりても何も言ふこと出来ず、同じ神の子でありながら、余りにもひどいやり方、けものよりもむごいことになるのが、よく分かりてゐるから、神が表に出て世界中救ふのであるぞ、とあります。
九二取られた臣民、つまり、くにつつみ、苦から苦を無くしていく事を取られてしまった臣民。
の行く末とも言えます。
それは、けものよりもむごいことになるが、よくわかりてゐるのです。
共食いよりも、まだひどいのです。
そこで、神が表に出て世界中救ふのです。
その神とは、キン、初め、あらゆる生命体ですね。
正確に言えば、神界、幽界、現界、総ての存在です。
ですが、御神示を軽く見て、我で進みますと、本当に国取られ、むごいことになりても何も言ふこと出来ず、けものよりむごいことになる、とあります。それが81の世界でもあります。
人間が一番改心遅れているのは忘れてはなりません。
Ⅲ.此(九)の神示、腹(八〇)に入れると、神力出ます。
●この神示腹に入れると神力出るのざぞ、疑ふ臣民沢山あるが気の毒ざぞ。
此(九)の神示、腹(八〇)に入れますと、神力出ます。
私自身、御神示が、肉体の腹に入った感覚はまだまだですが、
八〇に入れる、神を生み出す境地には、入れている所は体験、理解していると思っており、ここからは、神力出るようになっています。
実は、神示腹(八〇)に入れる、とは、新たに生み出した、マンデラ・エフェクト御神示を生み出し、その世界に入る、という意味もあるかもしれません。
これならば、腹に入らなくても、八〇に入る事は可能です。
マンデラ・エフェクト世界に入る事とも言えるのです。
この順でない方もいるかもしれませんが、私のように、このような順で進む方も居るでしょう。
疑ふ臣民沢山ありますが、気の毒、と伝えられています。
Ⅳ.この神示一二三(ひふみ)として読むように、上の人してやりて下されよ、としてください。
●一通りはいやがる臣民にもこの神示一二三(ひふみ)として読むやうに上の人してやりて下されよ。
ですから、一通りはいやがる臣民にも、此の神示
一二三(ひふみ)として
読むやうに上の人してやりて下されよ、
と伝えられています。
この文面の中で、一二三(ひふみ)として読むやうに、上の人してやりて下されよ、
とありますが、これが、マンデラ・エフェクト部分と見ます。
この神示一二三(ひふみ)として読むやうに、とは、それは、かずたま、基軸で伝えていく事にあります。
ここまで私は、かずたま、基軸で何度も伝えてきていますが、マンデラ・エフェクト文面、として現れて嬉しく思います。
まずは、簡単なかずたま、基軸で伝えて下さい。
ですから、私も、九は、くにつつみ、九の行。四は、しきまきや、四の行。と伝えています。
七は、もう一段上の無、㋰。として伝えています。必要以上にあまり多くの意味を伝えていません。
ですが、これだけでも、御神示の意味はかなり理解できる事となるのです。
Ⅴ.生命あるうちに神の九二のこと知らずに、死んでから神の九二に行くことはできません。
●生命あるうちに神の国のこと知らずに死んでから神の国に行くことは出来んぞ、神の力でないと、もう世の中は何うにも動かんやうになってゐること、上の番頭どの分かりて居らうがな、
生命あるうちに神の九二のこと知らずに、死んでから神の九二に行くことはできないのです。
くにつつみ、を起こすからこそ、楽に、無理なく、一段一段、立体に進むのです。
神の力でないと、もう世の中はどうにも動かんやうになってゐること、上の番頭どのは判っているはずです。
Ⅵ.智や学超えて、神の力にまつはりてください。
●何うにもならんと知りつつ まだ智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されんぞ、智や学越えて神の力にまつはれよ、
どうにもならんと知りつつ、まだ、智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されん、とあります。
ですが、智や学にすがりてゐる上の方も結構多いです。
智や学超えて、神の力にまつはりてください。
嬉しきビックリ、を小さな所から起こして下さい。
此の道進んでまず起こるのは、出会い、や、周囲の人間書き換えに関する事ですね。
他にも、三次元的に次々、起こっていきます。物が消えたり、現れたり、が最初で、やがて、建物が消えたり、お店が無くなったり、代わって別の存在が現れたり、は珍しくありません。
更には、お金に関する事、や、衣食住、に関する嬉しきビックリが、次々に起こっていきます。
智や学超えての神の力とは、神学です。嬉しきビックリです。
此の道一本に絞って三年目辺りから、千人力も実感していくでしょう。
起こらないとすれば、改心ができていません。
11の囚われに嵌っている事が大半で、更には慢心している為です。
また、人の我基軸で進みますと、戻されていきます。
この辺りにも注意が必要です。
嬉しきビックリ、は、改心をしていくからこそ(それも、最初程反省的改心が多いです)起こる事を忘れてはなりません。
Ⅶ.神おろがみて、行じていく事で、御神示が取れるようになります。
●お土拝みて米作る百姓さんが神のまことの民ぞ、神おろがみて神示取れよ、
お土拝みて、米作る百姓さんが、神のまことの民です。
これは、実際、お土拝みて、米作る百姓さんも、そのようにあるようにも思えますが、段階が進みますと、
お土、とは、カミヒトであり、米作る百姓さんとは、八方向、立体に進む、百の姓をあれこれ変えていき、行をしていく者、でもあるようです。
実際、百姓とは、百の性質のあらゆる事をしていく。ような意味合いが昔からありました。そうでなくては、農作物を司る事はできない、という意味があるのです。
今現在、私もこの段階に入りつつあるかもしれません。
今現在、前世ヒーラーのみ、では無くなりつつあります。2つ程、新たな境地に入る事となりそうです。
このように、百の性質の仕事を、時、場所、状況に応じて様々変化していく段階にやがて入るでしょう。
それが、神のまことの民なのです。
それには、神おろがみて神示取れよ、とあります。
この文面も初めて、と見ます。
神おろがみて、行じていく事で、御神示が取れるようになるのです。
立体に進めていく以外、御神示を取る方法はありません。
Ⅷ.一方で、神のない世とだんだんなりています。くにつつみ、から、まつり、生かし、はたらかしてください。
●神のない世とだんだんなりておろがな。真通(まつ)ることは生かす事ぞ。生かす事は能(はたら)かす事ぞ。
一方で、神のない世とだんだんなりている事は判っていると思います。
真通(まつ)ること(九十)は生かすこと(九十)なのです。
生かすこと(九十)は能(はたら)かすこと(九十)です。
くにつつみ、から、まつり、生かし、はたらかしてください。
九十(こと)を次々進めて下さい。
Ⅸ.神の御用なら、何でも出てくる結構な九二です。何もなくなるのは、やり方わるい、神の心に添はん、どちらかです。
●神の国には何でもないものないのざぞ、神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ、何もなくなるのは やり方わるいのぞ、神の心に添はんのぞ。
神の九二には何でもないものないのです。
総て、生み出していく事ができます。九二つつみ、は、存在しているどこからでも可能だからです。
(ただし、今現在、できる所からしかできないようにはなっていますが)
神の御用なら、何でも出てくる結構な九二です。
それが日本(にほん)の国(九二)です。
何もなくなるのは、やり方わるいのです。大抵、我の為にしてしまっています。
もしくは、神の心に添っていないからです。皆、が喜ぶ基軸で進めて下さい。
2.まとめ
一度の立替へすると、世界が大変が起こるので、延ばし延ばしてゐます。
時間、手間、物、金、努力、苦。
全て必要とする事を忘れてはなりません。
目覚めませんと、末代気の毒できます。
それ程時間が残されていません。
九二取られた臣民、けものよりむごいことなるのが、よく分かりてゐるから、神が表に出て世界中救ふ、とあります。それは、神界、幽界、現界を含めた、あらゆる生命体です。ですが、人間が一番改心遅れているのは忘れてはなりません。
此(九)の神示、腹(八〇)に入れると、神力出ます。
この神示一二三(ひふみ)として読むように、上の人してやりて下されよ、としてください。
それは、かずたま、基軸で伝えていく事にあります。
生命あるうちに神の九二のこと知らずに、死んでから神の九二に行くことはできません。
智や学超えて、神の力にまつはりてください。
神学、嬉しきビックリ、千人力、を起こしてください。
嬉しきビックリ、は、改心をしていくからこそ(それも、最初程反省的改心が多いです)起こる事を忘れてはなりません。
神おろがみて、行じていく事で、御神示が取れるようになります。
百の性質の仕事を、時、場所、状況に応じて様々変化していく段階にやがて入るでしょう。
それが、神のまことの民です。
一方で、神のない世とだんだんなりています。くにつつみ、から、まつり、生かし、はたらかしてください。
神の御用なら、何でも出てくる結構な九二です。何もなくなるのは、やり方わるい、神の心に添はん、どちらかです。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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