仕組に関する文面26、に進みます。
今回は、アメの巻 第一帖、です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、後半に、既に鳥(十理)立ちている事。イスラ(五十連)の源泉(みなもと)について、人民が神のいれものになって働く世になる事を伝えられてゐます。
まず、心大きく、深く、広く持ちて下されよ、として下さい。と大きな器を持つ事が前提になってきています。
世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよ、として下さい。足元から鳥(十理)立ちてます。まだ目覚めんのか、とありますが、もう既に、足元から鳥(十理)立ちている事が前提になっています。今の世は、もうそうである事をお伝えされていますね。
此の道は、只の神信心とは、根本から違ふのです。三千世界の大道です。
三千世界の大道、三界和合、千人力の大道を知らしてあるのも、確かに日月神示だけです。
所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所があります。
「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ。とあります。
所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所ありますが、これが、御自身に、また御自身の周囲で起これば、「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判ります。イスラは五十連です。
命がけで御用つとめてゐても、邪魔ばかり致しておる流れにまずなります。金や学や智では大峠越せません。
神はせよ、と申すことするな、と申すことあります。裏の裏とはその事でもあります。
今急いではならない、事もあるのです。時節が来るまではしてはならなかったり、また、先に改心していく事で、進む事もある為です。
手のひら返す、返さす体験していきます。
御自身の心がグレングレンではいけませんが、御自身の心の軸がしっかりした上で、此の道が進み、周囲が手のひら返す、そして、返さす動きに、御自身も返さす動きなれば順調です。
この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。
人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
御用もここまで明確に定義化したのも初めてです。
いつでも、神かかれます様に、いつも神かかっていられるようでなくては成らんようになっています。
神の仕組愈々です。とお伝えされています。
アメの巻のマンデラ・エフェクト、も遂に神かかれる前提、神かかっている前提にまでなって来てゐます。
そして、神の仕組、愈々始まります。
それでは、仕組に関する文面26、をお伝えしますね。
- 1.アメの巻 第一帖 既に、足元から鳥(十理)立ちてます。この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
- Ⅰ.アメの巻は、天の日津久の大神(あめの一二の⦿)のお神示(ふで)です。特にお許しもろて書きしらします。
- Ⅱ.アメの巻は十二の巻 説いて知らします。この度は昔から無かりた事致すので、人民には判らん事なので、素直に致すが一番です。
- Ⅲ.神(かんながら)とは神人共に融け合った姿です。今の臣民、神無くして居るので、神道、日本の道、惟神(かんながら)の道、は一等の間違ひ、とお伝えされています。
- Ⅳ.心大きく、深く、広く持ちて下されよ、として下さい。愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下さい。
- Ⅴ.世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよ、として下さい。足元から鳥(十理)立ちてます。まだ目覚めんのか、とお伝えされています。
- Ⅵ.此の道は、只の神信心とは、根本から違ふのです。三千世界の大道です。
- Ⅶ.所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所ありますが、これが御自身の周囲で起これば、「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判ります。
- Ⅷ.命がけで御用つとめてゐても、邪魔ばかり致しておる流れにまずなります。金や学や智では大峠越せません。
- Ⅸ.神はせよ、と申すことするな、と申すことあります。裏の裏とはその事でもあります。
- Ⅹ.手のひら返す、返さす体験していきます。この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
- ⅩⅠ.いつでも、神かかれます様に、いつも神かかっていられるようでなくては成らんようになっています。神の仕組愈々です。
- 2.まとめ
1.アメの巻 第一帖 既に、足元から鳥(十理)立ちてます。この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
Ⅰ.アメの巻は、天の日津久の大神(あめの一二の⦿)のお神示(ふで)です。特にお許しもろて書きしらします。
●天の日津久の大神(あめの一二の⦿)のお神示(ふで)であるぞ、特にお許しもろて書きしらすぞ。
出だしがマンデラ・エフェクトかもしれません。
天の日津久の大神(あめの一二の⦿)のお神示(ふで)であるぞ、とありますが、以前はアメの巻としか伝えてなかったと見ます。アメの巻は、天の日津久の大神(あめの一二の)のお神示(ふで)といつのまにか変わったと見ます。
その上で、特にお許しもろて書きしらすぞ。
とあります。
Ⅱ.アメの巻は十二の巻 説いて知らします。この度は昔から無かりた事致すので、人民には判らん事なので、素直に致すが一番です。
●十二の巻 説いて知らすのであるぞ、此の巻アメの巻と申せよ、此の度は昔から無かりた事致すのであるから人民には判らん事であるから素直に致すが一等ざぞ、
十二の巻 説いて知らすのであるぞ、とあります。ここまでの十二の巻を指していると見ます。
此の巻アメの巻です。
この度は、昔から無かりた事致すのであるから、人民には判らん事ですから、素直に致すが一番、とお伝えされています。
Ⅲ.神(かんながら)とは神人共に融け合った姿です。今の臣民、神無くして居るので、神道、日本の道、惟神(かんながら)の道、は一等の間違ひ、とお伝えされています。
●惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐるが、それが一等の間違ひざぞと申してあろが、惟神(かんながら)とは神人共に融け合った姿ざぞ。今の臣民 神無くして居るではないか、それで惟神も神道もないぞ、
惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐますが、それが一等の間違ひざぞ、とお伝えされています。
惟神(かんながら)、とは、神人共に融け合った姿、の事です。
今の臣民 神(十)無くして居ると御伝えされています。
それで惟神も神道もないぞ、とお伝えされています。
まずは、神と和する事、その上で人と和する事が、まず求められます。
Ⅳ.心大きく、深く、広く持ちて下されよ、として下さい。愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下さい。
●心大きく、深く、広く持ちて下されよ、愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下されよ。
この辺りからマンデラ・エフェクト文面が続きます。
心大きく、深く、広く持ちて下されよ、とお伝えされています。
器を広くする事、が大前提、となってゐます。
愈々となるまでは落しておきますから、見当とれんから、よく(四九)この神示読んでおいて下されよ、とお伝えされています。
Ⅴ.世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよ、として下さい。足元から鳥(十理)立ちてます。まだ目覚めんのか、とお伝えされています。
●世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよと申してあろが。足元から鳥立ちてまだ目覚めんのか、神示(ふで)裏の裏までよく読めと申してあろがな。
この文面はマンデラ・エフェクト、と見ます。
世界ぢゅうに面目ない事ないよ、にせよ、と申してある通りです。
もうこの段階には進んでおく事が求められています。
足元から鳥(十理)立ちてまだ目覚めんのか、とあります。
既に、足元から鳥(十理)立ってゐる前提ですね。
足元にも、大地にも、神の理は立ってますが、それは、あしもと(あ四⦿)から立っているのです。
それは、神示(ふで)の裏の裏までよく(四九)読め、と申されているのです。
Ⅵ.此の道は、只の神信心とは、根本から違ふのです。三千世界の大道です。
●此の道は只の神信心とは根本から違ふと申してあろが、三千世界の大道ざぞ。
これは、かなり前に起こったマンデラ・エフェクト文面です。
此の道は、只の神信心とは、根本から違ふと申してある通りです。
三千世界の大道なのです。
それには、千人力、三界和合が求められます。
Ⅶ.所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所ありますが、これが御自身の周囲で起これば、「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判ります。
●所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所あるぞ、「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ。
所の洗濯、身魂の洗濯、一度になる所があります。
それは、此の道に進んでゐる方の、周囲の世界という事ならあり得る話ですね。
これは、此の道に進めていきますと体験していきます。
「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ。
とありますが、十二の氏族という話ではなさそうですね。
神の二二の仕組を実現していく事から、元が無限に変わっていく世界です。
これは、此の道に進んで行きますと、体験していきます。
それが「イスラ」、五十〇、ですね。五十柱も生み出す流れなのです。それが、五十連です。
五十柱が、入れ替わり立ち替わりで五十連になるかもです。
その流れの元が、十二、神の二二の仕組みです。
Ⅷ.命がけで御用つとめてゐても、邪魔ばかり致しておる流れにまずなります。金や学や智では大峠越せません。
●命がけで御用つとめてゐると思ふて邪魔ばかり致しておろがな、金や学や智では大峠越せんぞ。
命がけで御用つとめてゐると思ふて邪魔ばかり致しておろがな、とあります。
我の改心が求められます。
ですが、命がけで御用つとめてゐても、周りから邪魔ばかりされる、という事もあります。
これは、御自身の我の改心を進めていく事が求められているのです。
この他に、御自身が命がけで御用つとめてゐましても、やはり、改心進んでいない間は、周りから邪魔ばかりされる、事があるのです。
今度は、金や学や智では大峠越せない、とあります。
Ⅸ.神はせよ、と申すことするな、と申すことあります。裏の裏とはその事でもあります。
●神はせよと申すことするなと申すこともあるのぞ、裏の裏とはその事ぞ、よく心得て下さりて取違ひいたすでないぞ。
この文面もマンデラ・エフェクトです。
神はせよ、と申すことするな、と申すこともあります。
時節が早いとなれば、するな、という事もあるのです。
また、我の改心が進んでなければ、するな、という事もあるのです。
これは御自身に限らず、周囲に向けても同様です。
裏の裏とはその事です。
よく(四九)心得て下さりて取違ひいたすでないぞ、とあります。
まずは、今御自身ができる所から一段一段です。そして、改心が進む事で進むようにもなってゐます。
Ⅹ.手のひら返す、返さす体験していきます。この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
●手のひら返すぞ返さすぞ、此の度の岩戸開きは人民使ふて人民助けるなり、人民は神のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、
この文面も初めて、ですね。
手のひら返すぞ、返さすぞ、とあります。
これは、どちらも、体験していきます。
御自身の心がグレングレンではいけませんが、此の道が進み、周囲が手のひら返す、そして、返さす動きになれば順調です。
また、合わせて御自身も、神の御心の通り、手のひら返す、返さす動きにもなります。(但し、心はシッカリ此の道一本です)
此の度の岩戸開きは、人民使ふて人民助けることによって成るのです。
人民は、神のいれものとなって働く(八十〇九)ことによって成るのです。
神のいれものだけでなく、神を三次元に無限に、九の行から生み出すのです。
それが御用、とお伝えされています。
御用の定義もここまで明確に書かれたのも初めて、です。
ⅩⅠ.いつでも、神かかれます様に、いつも神かかっていられるようでなくては成らんようになっています。神の仕組愈々です。
●いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。神の仕組 愈々となったぞ。
いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくては成らんようになってゐます。
ですから、此の道一本に絞り、我の改心と共に、行を進めて行く事が求められます。
神の仕組み、愈々となったぞ、とお伝えされています。
2.まとめ
アメの巻は、天の日津久の大神(あめの一二の⦿)のお神示(ふで)です。
特にお許しもろて書きしらします。
アメの巻は十二の巻 説いて知らします。
この度は昔から無かりた事致すので、人民には判らん事なので、素直に致すが一番です。
神(かんながら)とは神人共に融け合った姿です。
今の臣民、神無くして居るので、神道、日本の道、惟神(かんながら)の道、は一等の間違ひ、とお伝えされています。
心大きく、深く、広く持ちて下されよ、として下さい。
器を広くする事、が大前提、となってゐます。
愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下さい。
世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよ、として下さい。
足元から鳥(十理)立ちてます。まだ目覚めんのか、とお伝えされています。
既に、足元から鳥(十理)立ってゐる前提です。
此の道は、只の神信心とは、根本から違ふのです。三千世界の大道です。
それには、千人力、三界和合が求められます。
所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所ありますが、これが御自身の周囲で起これば、「イスラ」の十二の流れの源泉判ります。
神の二二の仕組を実現していく事から、元が無限に変わっていく世界です。
それが「イスラ」、五十〇、ですね。五十柱も生み出す流れなのです。それが、五十連です。
五十柱が、入れ替わり立ち替わりで五十連になるかもです。
命がけで御用つとめてゐても、邪魔ばかり致しておる流れにまずなります。
我の改心がまず求められます。
金や学や智では大峠越せません。
神はせよ、と申すことするな、と申すことあります。裏の裏とはその事でもあります。
まずは、今御自身ができる所から一段一段です。そして、改心が進む事で進むようにもなってゐます。
手のひら返す、返さす体験していきます。これは、どちらも、体験していきます。
この度の岩戸開きは、人民使ふて、人民助けます。人民は神のいれものになって働く、それが御用です。
いつでも、神かかれます様に、いつも神かかっていられるようでなくては成らんようになっています。
此の道一本に絞り、我の改心と共に、行を進めて行く事が求められます。
神の仕組愈々です。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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