そなた、に関する文面20に入ります。
今回も補巻 月光の巻の文面1つです。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、
早う得心改心し、回心して仕事嘉言と仕へまつりて下さい。
というものです。
その前の文面には、これほどことわけて申しても、得心出来ないのであれば、思うさまやりて見て下さい。があります。
その上で、早う得心改心してください。回心して仕事嘉言と仕へまつりて下さい、とあります。
これは、仕事が嘉言と、回心する事にあります。
めぐりめぐって、仕事を嘉言としていく事にある、というものです。
それでは、そなた、に関する文面20、をお伝えしますね。
1.補巻 月光の巻 第五十三帖 思ふさまやりて見て、早う得心改心し、回心して仕事嘉言と仕へまつりて下さい
Ⅰ.これほどことわけて申しても得心出来ないのであれば、得心の行くまで思ふままにやりて見なさよ、としてください。
●これほどことわけて申しても得心出来ないのならば、得心の行くまで思ふままにやりて見なされよ。
これほどことわけても申しても得心出来ないのであれば、得心の行くまで思ふままにやりて見なされよ。(三七三〇四)、とあります。
実際、改心が進まない方は、これ以外ないと思っています。思ふままにする以外ありません。
三が道、もう一段上の無、から、しききまや、から生み出しても、人の我、基軸では限界があります。
得心の行くまで思ふままにやりてみなされよ。とあります。
Ⅱ.思ふさまやりて見て、早う得心改心し、回心して仕事嘉言と仕へまつりて下さい。
●そなたは神の中にゐるのであるから、いくらあばれ廻っても神の外には出られん。死んでも神の中にゐるのであるぞ。思ふさまやりて見て、早う得心改心いたされよ。回心して仕事嘉言と仕へまつれよ。結構ぢゃなあ。
改心ではなく、回心は、初めて、ですね。
そなたは神の中にゐるのですから、いくらあばれ廻っても神様の外に出る事はできません。
死んでも神の中にゐるのです。
思ふさまやりて見て、早う得心改心いたされよ。とあります。
逆に言いますと、心の内も神様の外に出る事ができません。
回心して、仕事嘉言と仕へまつりて下さい。
心が回る所に進みます。
元の御自身の心として、仕事、嘉言へと仕へてまつりて下さい。
Ⅲ.内にあるから外から近よります。
●そなたは自分は悪くないが周囲がよくないのだ、自分は正しい信仰をしてゐるのだから、家族も知友も反対する理由はない、自分は正しいが他が正しくないのだから、正しくない方が正しい方へ従って来るべきだと申しているが、内にあるから外から近よるのだと申してあろうが。
この文面は、そのままですね。
そなたは、自分は悪くないが、周囲がよくないのだ。
とどうしても、こう思う所から始まります。
自分は正しい信仰をしてゐるのだから、家族も、知友も反対する理由はない、自分は正しいが他が正しくないのだから、正しくない方が正しい方へ従って来るべきだと申している。
という事になります。
ですが、内にあるから、内心納得していないものが、近よります。
逆に、内になければ、外からは近よりません。
そこで、内の囚われ、慢心無くなりますと、外からは近よらなくなってきます。
Ⅳ.無抵抗主義が平和の基としての自己犠牲は、真の無抵抗ではありません。
●そなたは無低坑主義が平和の基だと申して、右の頬を打たれたら左の頬をさし出して御座るなれど、それは真の無抵坑ではないぞ。
そなたは、無抵抗主義が平和の基と申して、右の頬を打たれたら、左の頬をさし出して御座りますが、それは真の無抵抗ではありません。
心の内が変わりますと、そのような事もしなくてよくなります。
Ⅴ.まことに相手を愛してゐましたら、打たれるような雰囲気は生まれないようになっています。
●よく聞きなされ、打たれるようなものを そなたがもってゐるからこそ、打たれる結果となるのぢゃ。まことに磨けたら、まことに相手を愛してゐたならば、打たれるような雰囲気は生れないのであるぞ。頬をうたれて下さるなよ。生れ赤児見よと知らしてあろうが。
よく聞きなされ、とあります。
打たれるようなものを そなたがもってゐるからこそ、打たれる結果、となります。
まことに磨けたら、まことに相手を愛してゐたならば、打たれるような雰囲気は生まれない、とお伝えされています。
ですから、心の内から変えていく事が求められます。
早いのは、生前から続いてきた御自身の我の慢心を変える事にあります。
前世ヒーリングからが早いでしょう。
ですが、ここをないがしろ、にする方もまた多いです。
過去の状況とは、未来、という事を忘れています。
心の内が原因で起こった過去は、未来でも、また繰り返します。
心の内が変わりますと、過去も変わるケースがある事も忘れてゐます。
行きつく先は、過去を変え続けていく事から、今の世が変わっていき、未来も変わっていくのです。
今現在、為せば成る、という神世に入ってゐる事を忘れないでください。
頬をうたれて下さるなよ、生まれ赤児を見よと、伝えられています。
3.まとめ
これほどことわけて申しても得心出来ないのであれば、得心の行くまで思ふままにやりて見なさよ、としてください。
思ふさまやりて見て、早う得心改心し、回心して仕事嘉言と仕へまつりて下さい。
心が回る所に進みます。
元の御自身の心として、仕事、嘉言へと仕へてまつりて下さい。
内にあるから外から、内心納得していないものが、近よります。
逆に、内になければ、外からは近よりません。
そこで、内の囚われ、慢心無くなりますと、外からは近よらなくなってきます。
無抵抗主義が平和の基としての自己犠牲は、真の無抵抗ではありません。
心の内が変わりますと、そのような事もしなくてよくなります。
ことに相手を愛してゐましたら、打たれるような雰囲気は生まれないようになっています。
早いのは、生前から続いてきた御自身の我の慢心を変える事にあります。
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