弥栄、に関する文面44に進みます。
今回は、夏の巻 第十八帖、第二十一帖、秋の巻 第十帖、の三つの文面です。
今回は全体的に短めの文面ばかりながら、マンデラ・エフェクトは総ての文面で起こっています。
夏の巻 第十八帖、では、陰陽とは、分かれるのではないこと、もとのもとの、もとの誠の弥栄知りて下さい。という文面で、自分が自分を生み出すものである事を伝えられています。
第二十一帖、では、死んでも自分は生きてゐます。霊界と霊と、現界と現身(うつしみ)の関係性、を伝えられ、神示よめよめ。としますと、大往生の理(ミチ)、弥栄に体得出来ます。と伝えられています。
生きながら、大往生の理(ミチ)、弥栄、体得できる、と伝え始めています。
秋の巻 第十帖 では、マコトの喜びは、外内と一つになり、二つになり、三つとなった喜びにならねば、弥栄ありません。と伝えられています。外内二つは、立体に進む事にあり、三つが、複立体、複々立体、立立体、といった意味合いを伝えられていると見ます。
それでは、弥栄、に関する文面44、をお伝えしますね。
1.夏の巻 第十八帖 自分が自分生みます。陰陽分れるでなくもとのもとのマコトの弥栄知りて下さい。
Ⅰ.自分を生み出すのは自分です。陰と陽に分かれるという見方は、人間の住む次元に引き下げています。
●自分が自分生むのであるぞ。陰と陽とに分れ、更に分れると見るのは、人間の住む次元に引下げての見方であるぞ。
自分を生み出すのは、自分です。
陰と陽とに分かれ、更に分かれると見るのは、人間の住む次元に引き下げての見方です。
Ⅱ.陰陽とは、分かれるのではないこと、もとのもとの、もとの誠の弥栄知りて下さい。
●陰陽分れるのでないこと、もとのもとの、もとの誠の弥栄知れよ。
この後がマンデラ・エフェクト文面と見ます。
陰陽分かれるのではなく、もとのもとの、もとの誠の弥栄を知りて下さい。
新たな世界を生み出し、それには、御自身を新たに生み出す事にあります。
弥栄実践、祓実践、まつり実践と共に、相手だけでなく、御自身も、行じ、省み、我を洗濯、掃除、改心していきます。
2.夏の巻 第二十一帖 神示よめよめ。として下さい。大往生の理(ミチ)、弥栄に体得出来ます。
Ⅰ.行き詰まるのは、目に見える世界のみ囚はれている為で、タテのつながりを見ないためです。
●始めは形あるものを対象として拝むもよいが、行きつまるのは目に見える世界のみに囚はれてゐるからぞ。タテのつながりを見ないからであるぞ。
始めは形あるものを対象として拝むのもよいのですが、行きつまるのは、目に見える世界のみに囚はれてゐるからです。
タテの繋がりを見ないからです。
それは、過去、現在、未来。生前、現在、死後、
Ⅱ.死んでも御自身は生きてゐます。霊界と霊と、現界と現身(うつしみ)の関係性、はここまで伝えてきた通りです。
●死んでも自分は生きてゐるのであるぞ。大我に帰したり、理法にとけ入ったりして自分と云ふもの無くなるのでないぞ。霊界と霊と、現界と現身(うつしみ)とのことはくどう説いてあろうが。
死んでも、御自身は生きてゐます。
大我に帰したり、理法にとけ入ったりして、自分と云ふもの無くならないのです。
常々、今の御自身がある、ように、ずっと、御自身は生きてゐますし、生きてきたのです。
この後は、マンデラ・エフェクト文面と見ます。
霊界と霊、現在と現身とのことは、ここまでくどう説いてあります。
霊界と現界とは対応しているので、また、どちらかだけ、というのはないですし、片側ですと弥栄、というのが存在しないのです。
(詳細は、地震の巻に記されています)
Ⅲ.神示よめよめ。として下さい。大往生の理(ミチ)、弥栄に体得出来ます。
●神示よめよめ。大往生の理(ミチ)、弥栄に体得出来るのであるぞ。
これも、初めての文面では、と見ます。
御神示を読んでいきますと、大往生の理(ミチ)、弥栄に体得できるのです。
大往生の理に進むだけでなく、弥栄と共に体得できます。
遂にですが、大往生の理(ミチ)、弥栄、に体得できる段階に入ってきています。
Ⅳ.霊と体は同じであっても、人間の世界では別々です。内と外、上と下です。
●霊と体と同じであると申しても、人間の世界では別々であるぞ。内と外、上と下であるぞ。取りちがいせんようして下されよ。
霊と体と同じであると申しても、人間の世界では別々、です。
内と外、上と下です。
心の内の世界、外の三次元の世界です。
内が霊、外が体、ですが、肉体霊も外の御自身です。
上が霊、下が体、ですが、体が、霊を守ってゐる事も忘れてはなりません。
3.秋の巻 第十帖 マコトの喜びは、外内と一つになり、二つになり、三つとなった喜びにならねば、弥栄ありません。
Ⅰ.外の喜びは、その喜びによって悪を増し、内の喜びは、その喜びによって善を増します。
●外の喜びはその喜びによって悪をまし、内の喜びはその喜びによって善をますなれど、
この文面は短いながら、マンデラ・エフェクト文面、と見ます。
外の喜びは、その喜びによって悪をまし、内の喜びは、その喜びによって善をまします。
外の喜びとは、確かに、悪に向かって進み、また戻されていく所があり、
内の喜びは、永劫に喜びに変わっていく事があります。
内外共に喜び、弥栄していく事が求められます。
Ⅱ.マコトの喜びは、外内と一つになり、二つになり、三つとなった喜びにならねば、弥栄ありません。
●マコトの喜びは外内と一つになり、二つになり、三つになった喜びとならねば、弥栄ないぞ。
更にですが、マコトの喜びは、外内と一つとなり、二つになり、三つとなった喜びとなりませんと、弥栄となりません。
マコトの喜び、外内と一つは判ると思います。
外、と内と合わすのです。
ですが、二つとなるには、立体に進む事が求められます。複立体です。
和して、新たな世界を生み出さないと新たな御自身にはなれません。
三つは、更に進む立体ですね。複々立体、立立体、と進んで行きます。
このように、立体に進む事が求められます。
それは、思念界から、変えていく行が求められます。
4.まとめ
自分を生み出すのは自分です。陰と陽に分かれるという見方は、人間の住む次元に引き下げています。
陰陽とは、分かれるのではないこと、もとのもとの、もとの誠の弥栄知りて下さい。
新たな世界を生み出し、それには、御自身を新たに生み出す事にあります。
弥栄実践、祓実践、まつり実践と共に、相手だけでなく、御自身も、行じ、省み、我を洗濯、掃除、改心していきます。
行き詰まるのは、目に見える世界のみ囚はれている為で、タテのつながりを見ないためです。
過去、現在、未来。生前、現在、死後、を見ない為です。
死んでも御自身は生きてゐます。霊界と霊と、現界と現身(うつしみ)の関係性、はここまで伝えてきた通りです。
神示よめよめ。として下さい。大往生の理(ミチ)、弥栄に体得出来ます。
大往生の理に進むだけでなく、弥栄と共に体得できます。
霊と体は同じであっても、人間の世界では別々です。内と外、上と下です。
外の喜びは、その喜びによって悪を増し、内の喜びは、その喜びによって善を増します。
マコトの喜びは、外内と一つになり、二つになり、三つとなった喜びにならねば、弥栄ありません。
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