御用に関する文面⑨ 万物の長とは、神の臣民、地(くに)の日月の神様の事です。理が神です。理が神の御用です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

御用に関する文面⑨になります。

今回は、〇つりの巻(マツリの巻)第四帖、んめの巻(ウメの巻)第十二帖、の二つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクト文面は、どちらもほぼ全て全文で起こってゐます。
世(四)、こしら(九四〇)へた神々様、「ながもの」の御姿になり、今に生き通しになる、皆喜ぶ顔を見たい、という希望的文面がある一方で、元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになり、肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。震へ上がる事になります。と、絶望的文面も残ってゐます。

ですが、その解決策は、理が神、理が神の御用、あります。

〇つりの巻(マツリの巻)第四帖、では、
世こしら(九四〇)へてから、臣民の種うゑて、臣民作ったのです。
世(四)、こしら(九四〇)へた神々様は、「ながもの」の御姿です。今に生き通しです。とあります。

世(四)、こしら(九四〇)へた神々様、「ながもの」の御姿になるのは、
龍体の意味もありますが、ながものは、永遠に生きる者とも言えます。
ですから、今に生き通しになる、とお伝えされています。

神が見て、これならと云ふミタマに磨けたら、神から直々の守護神つけて、天晴れにして頂き、御用見事に仕上げさす段階です。御用見事仕上げさす、と未来に確定的な話がマンデラ・エフェクト、です。

臣民ばかりでは出来ん三千世界の大洗濯では、誰一人 落さず、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たい、とあります。
皆揃ふ前提、喜ぶ顔を見たい、という神様の思いも変っています。

遠い近いの区別なし、皆々我が子(九)、可愛い子(九)です。早う親の心汲みとりて下さい。
とあります。あらゆる存在は、我が子(九)となります。

んめの巻(ウメの巻)第十二帖、では、
万物の長とは、神の臣民の事です。世界の人民も皆万物の長ですが、この世の神は臣民です。神に次いでの良き身魂、地(くに)の日月の神様です。とあります。これは2024年頃に起こったマンデラ・エフェクト文面です。

但し、万物の長とは、神の臣民の事は、後から追加になったとみます。
この世の神は臣民であり、地(くに)の日月の神様、の事とお伝えされています。人民と臣民と違うようです。

元の生き神様、 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになります。
元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになってゐます。
目にもの見せねばならんこと、の段階は初めて、とみます。

そして、肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。
震へ上がる事になります。

魂までのうにならふやも知れん、は初めてですね。

理が神です。理が神の御用です。これも初めてですね。
神の御用とは、理(三千)の事です。ですから、理(三千)を生み出していれば大丈夫です。

それでは、御用に関する文面⑨、をお伝えしますね。

1.〇つりの巻(マツリの巻)第四帖 世(四)、こしら(九四〇)へた神々様は、「ながもの」の御姿です。今に生き通しです。三千世界の大洗濯では、誰一人 落さず、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たい、とあります。

Ⅰ.世こしら(九四〇)へてから、臣民の種うゑて、臣民作ったのです。世、こしらへた神々様は、「ながもの」の御姿です。今に生き通しです。

世こしらへてから臣民の種うゑて、臣民作ったのであるぞ。世、こしらへた神々様は「ながもの」の御姿ぞ、今に生き通しぞ。

出だしは2025年頃に現れたマンデラ・エフェクトです。

その一つ前の帖では、大神様に向けての、旧九月八日からの誓(ちかひ)の言葉があります。

臣民人民一時も早く改心いたし大神様の御心に添ひ奉り、地(くに)の日月の神と成りなりて、全き務め果たします様 何卒(なにとぞ)御守護願ひ上げます。とお願ひ上げている内容です。

大神様は、この世をこしら(九四〇)へてから臣民種うゑて、臣民を作ったのです。
くにつつみ、しきまきや、から生み出す流れから、臣民に種うゑて、臣民を作ったのです。

この後は、新たなマンデラ・エフェクト、と見ます。

世(四)、こしら(九四〇)へた神々様は「ながもの」の御姿です。
ながもの、とは、一般的に龍、をさすようですが、永遠に生きる者の意味もあるとみます。

ですから、最後に、今に生き通し、となる、とあります。

Ⅱ.神が見て、これならと云ふミタマに磨けたら、神から直々の守護神つけて、天晴れにして頂き、御用見事に仕上げさす段階です。

神が見て、これならと云ふミタマに磨けたら、神から直々の守護神つけて、天晴れにしてやるから御用見事に仕上げさすぞ、

神が見て、これならと云ふミタマに磨けましたら、神から直々の守護神つけて、天晴れにしてやるから、御用見事に仕上げさす、とあります。

文面後半、御用見事に仕上げさすぞ、という段階となり、マンデラ・エフェクト文面です。

Ⅲ.臣民ばかりでは出来ん三千世界の大洗濯では、誰一人 落さず、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たい、とあります。

臣民ばかりでは出来ん、三千世界の大洗濯、誰一人 落したうもない神心、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たや、

臣民ばかりでは出来ん、三千世界の大洗濯、誰一人 落としたうもない神心、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たや、
とあります。

まことの者一厘も無い絶望文面がこれまで目立ってきたものの、誰一人 落としたうもない神心、皆そろふておかげやりたや、喜ぶ顔見たや、といった、相当な希望的文面が、直近いくつか現れてきています。

希望的文面のマンデラ・エフェクト、です。

Ⅳ.遠い近いの区別なし、皆々我が子(九)、可愛い子(九)、とあります。早う親の心汲みとりて下さい。

遠い近いの区別なし、皆々我が子ぢゃ、可愛い子ぢゃ、早う親の心汲みとれよ。

遠い近いの区別なし、皆々我が子ぢゃ、可愛い子ぢゃ、早う親の心汲みとれよ。とあります。

これは、人同士もあると見ますが、人間以外も含めていると見ます。

三千世界の大洗濯、だからです。

2.んめの巻(ウメの巻)第十二帖 万物の長とは、神の臣民の事です。肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。震へ上がる事になります。理が神です。理が神の御用です。

Ⅰ.万物の長とは、神の臣民の事です。世界の人民も皆万物の長ですが、この世の神は臣民です。神に次いでの良き身魂、地(くに)の日月の神様です。

万物の長とは神の臣民の事であるぞ、世界の人民も皆万物の長であるが、この世の神は臣民ぢゃぞ、神に次いでの良き身魂(みたま)ぞ、臣民は地(くに)の日月の神様ざぞ。

これは2024年頃現れたマンデラ・エフェクト文面です。

万物の長、とは神の臣民の事です。

世界の人民も皆、万物の長ですが、この世の神は臣民、です。

神に次いでの善き身魂(みたま)とあります。

臣民は地(くに)の日月の神様です。

Ⅱ.火(⦿)の粉でやけどしないように気付けおく、とあります。世に出てゐる守護神のする事知れてゐるとあります。

火の粉でやけどするなよ、気付けおくぞ。世に出てゐる守護神のする事知れてゐるぞ。

火(⦿)の粉(九)でやけどしないように気付けおく、とあります。
⦿の九、でもやけどする事もあるようです。薬が毒になる例えと同じとみます。

世に出てゐる守護神のする事、知れてゐる、とあります。

Ⅲ.元の生き神様、 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになります。

元の生神様 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになるのぢゃ、神力と学力とのいよいよの力くらべぢゃ、

マンデラ・エフェクト文面です。

元の生き神様、 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになります。

神力と学力とのいよいよの力くらべです。

実際、この事はもう始まってゐます。

Ⅳ.元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになってゐます。

元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになったぞ、

マンデラ・エフェクト文面です。

元の生き神様の御息吹き、どんなにお力あるのものか、今度は目にもの見せねばならんことになってゐます。

元の生き神様の御息吹き、今度は、目にもの見せねばならんことになってゐます。

Ⅴ.肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。震へ上がる事になります。

肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れんぞ、震へ上がるぞ。

マンデラ・エフェクト文面です。

肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。
震へ上がるぞ、とあります。

肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れんは、実際マンデラ・エフェクトでは、
肉体、魂ごと別世界に移行している事もあります。

ですが、これは、そこまで震へ上がる程ではありません。
もっと、大きな変化が起こる可能性もあるようです。

一方で、このまま三次元世界で、このような事が起こりますと、文字通り、震え上がることになるとみますが、
なるべくそのような世界は回避したい所です。

Ⅵ.理が神です。理が神の御用です。

マンデラ・エフェクト文面です。

理が神ぞ。理が神の御用ざと申してあろがな。

理が神、です。

理が神の御用と申してある通りです。

神の御用とは、理(三千)の事です。ですから、理(三千)を生み出していれば大丈夫です。

3.まとめ

世こしら(九四〇)へてから、臣民の種うゑて、臣民作ったのです。
世、こしら(九四〇)へた神々様は、「ながもの」の御姿です。今に生き通しです。

ですから、しきまきや、くにつつみ、から生み出す事が求められてゐます。

神が見て、これならと云ふミタマに磨けたら、神から直々の守護神つけて、天晴れにして頂き、御用見事に仕上げさす段階です。

臣民ばかりでは出来ん三千世界の大洗濯では、誰一人 落さず、皆揃ふておかげやりたや、喜ぶ顔見たい、とあります。
相当な希望的文面です。

遠い近いの区別なし、皆々我が子(九)、可愛い子(九)、とあります。早う親の心汲みとりて下さい。

万物の長とは、神の臣民の事です。世界の人民も皆万物の長ですが、この世の神は臣民です。
神に次いでの良き身魂、地(くに)の日月の神様です。

火(⦿)の粉でやけどしないように気付けおく、とあります。
世に出てゐる守護神のする事知れてゐるとあります。

元の生き神様、 御一方(おんひとかた)御力出しなされたら手も足も出んことになります。
元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになってゐます。

肉体ばかりか、魂までのうにならふやも知れん、とあります。
震へ上がる事になります。

理が神です。理が神の御用です。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
トップに戻る