あなはち、しきまきや、くにつつみについて② あなはち、その1

日月神示、道の生み出し方について

今回は、あなはち、について、その1です。2回に分けてお伝えします。

あなはち、については、「あな」で全文検索かけて下さい。46か所あります。

あななひの道、等で大体は判ってきます。

今回は、あなはち、その1について、お伝えしていきます。

1.あなはち、について

Ⅰ.あなはち、は岩戸開きを示唆している

あなはち、とは、(一一、七、八)で、ひとまず意味は通じます。
永劫の過去より、もう一段上の無、を産み出し、そこから、この三次元世界へ、神を生むというものです。

八とは、この地球上の創造主や、三次元世界の神という意味があります。
十は、三次元だけでなく、囚われなく、あらゆる神々様を意味します。

イワト(一八十)、というのは、三次元の神様と、永劫の神様と和するという意味があり、カミヒト共に、がその一つの解釈です。

勿論ですが、あらゆる存在が、永劫の神様と和していく状況が、イワト開き、と見てゐます。それが、半霊半物の世界です。

あなはち、の説明であるのに、何故、イワトについてお伝えしたくなったのか、それが、あななひ、の道だからです。半霊半物、生き通しの世界です。

(詳細は、後述します)

Ⅱ.千人力と共に、永劫の過去から、もう一段の上の無、神様を産み出して下さい

他には、あなはち(一一、七、八、千)もあります。千人力をプラスした解釈です。

永劫の過去より、千人力を通じ、もう一段上の無、そして、この世に、神様を産み出して下さい、という事があります。

これがその次の段階です。

Ⅲ.ひふみ解釈、九四、二四、六四、三四。九のしきまきや、二二のしきまきや、無のしきまきや、三が道のしきまきや、全て起こして下さい

ひふみですと、(九四、二四、六四、三四)、ですね。
全て、四、が絡みます。

あなはち、とは、

九のしきまきや、
二二のしきまきや、
無から生み出すしきまきや、
三が道のしきまきや、

と、マンデラ・エフェクト起こす為の重要な要素を全て盛り込んでいます。
(しきまきや、は、次々回以降でお伝えします)

これが、あななひ、の道の始まりです。

Ⅳ.あななひ(九四、二四、二四、一一)、の道について

あななひ(九四、二四、二四、一一)の道とは、
九のしきまきや、二二のしきまきや、これを立立体に進めていく事で、
永劫の過去に繋がり、新たな世界を生み出せる、という道、の事です。

その為には、日々、の行、しきまきや、を起こして行く事が大切、という事です。

苦を苦で無くしていく行、にあります。

2.あなはち、に関する文面について (岩戸開き編)

「あな」で全文検索かけますと、46個ありますが、岩戸開きに関するもの、今度の岩戸開きに関する文面結構多いのです。

Ⅰ.あなさやけ、三千年の夜は明けて、人、神、となる秋(とき)は来にけり

御光(みひかり)の輝く御代となりにけり、嬉し嬉しの言答(一八十)明けたり。あなさやけ、三千年の夜は明けて、人、神、となる秋(とき)は来にけり。

このような、岩戸開きの文面は、結構生まれてきています。

みひかりの輝く御代となってきています。

嬉し嬉し(ウ〇四、ウ〇四)の言答(いわと)が明ける時が来ます。

秋、と言っても、2041年まで、もう残す所、16回程です。

此の道一本でも最速で三年ですが、七年でやっと判る方が多い事。
三+五+七で、最大15年程ですから、もうそれ程時間は残されていないところに来てゐます。

三千年は、此の道に進むであれば、本当にこの後、体験していく可能性が高いです。

一日が一年になり百年になると目が廻りて真底からの改心でないとお役に立たんことになりて来るぞ。

一日が百年で、30日で三千年の計算です。そういった段階がやがて来るのでは、と見てゐます。

ここまで、三年ちょっとでも、それ程、大きく進んだ訳ではない、とは思っていますので、三千年の行の覚悟、が必要です。

・・・・と言っても、此の道一本で三年来られた方は、無理なく進めると見てゐます。道中、改心が次々求められるからです。油断と慢心さえなければ、一段一段進んでゐるのは、体験していますから、判っているはずです。

Ⅱ.あななひの道とは、元津神々様、人の世ひらき和し、カミヒト満つ道となります

この神示 肚に入れておれば何んな事が出て来ても胴(どう)すわるから心配ないぞ、あななひ、元津神々人の世ひらき和し、悉くの神人みつ道、勇み出で、総てはひふみひふみとなり、和し勇む大道。

御神示は、肚に入れておれば、何んなこと(九十)が出て来ても、胴(土ウ)すわるから心配ありません。

実際、神示(フデ)に書かれている事が実現していきますので、どんなコト(九十)が出てきても、五三体の大神様が産まれる事で、御自身の中で座りますから、心配ないのです。

あななひ、とは、元津神々、人の世(四)ひらいて、和していく事が求められます。

悉くの神人(カミヒト)みつ道、です。
そう言えば、人も段階が進んだ方々が、時節と共に、行の進捗に応じて、現れるようになっていきます。

それは、勇み出で、という感じですね。勇む方が現れるまで、結構かかるかもしれませんが、このような方が現れるようになります。

総ては、ひふみ、ひふみ、となります。
ひふみは、新事(荒事もあります)、を生む、立体に進む元の祝詞であり、世界です。

それには、和す事が求められ、まずは、御自身と御自身から始まります。

そして、勇む段階になりますと、大道へと進流れとなります。

Ⅲ.元津御神様の御光の輝く御代、近づいてきています

あら楽(たぬ)し、あなさやけ、元津御神の御光の、輝く御代ぞ近づけり。

あら(一一、〇)、から楽しい世界が生まれます。
すると、あなさやけ(あ、七、三、八、気)、永劫の過去より、七(もう一段上の無)、三(楽しむ、三が道)、と共に、八、無限に三次元の神様を産み出す流れとなります。

元津御神様の御光の、輝く御代は近づいてきています。

Ⅳ.善も悪もあななひて、一つの新しき善となり、王となります

中つ代からの神では何も出来んと申してあろがな、神と人と一つになって一つの王となるのぢゃ、上下揃ふて一つになるのぢゃ、善も悪もあななひて、一つの新しき善となるのぢゃ、王となるのぢゃぞ。

中津代からの神様では何も出来ん、というのは、そういった事です。
元(母十)でないと、永劫の過去からでないと、何もできないのです。

中津代は、我、から囚われの世界が始まり、曇り始めた世界です。

それには、神と人と一つになりまして、一つの王となるようです。

上下揃ふて一つになる事が求められます。
それは、あらゆる存在を上に見立てていく事が求められるでしょう。

善も悪も無いと言えばないのですが、あると言えばあるのです。
それは、弥栄実践していくか、それに反するか、です。

その為には、祓実践、まつり実践、です。

特に、善祓い、悪祓い、双方求められるでしょう。

このようにして、新たな一つの世界、善を産み出す流れです。

そうでなくては、あななひ(九四、二四、二四、一一)の道には進めないのです。
次々、立立体となっていき、このようにして、一つの新しき善を生み、王となっていくのです。

Ⅴ.此の道開くには、マコト、嘉事(よごと)、仕事、まつり、あなない、〆松、むすび、が求められます

この道開くには誠ぢゃ、誠とは嘉事(よごと)ぢゃ、仕事ぢゃ、まつりぢゃ、あなないぢゃ、〆松ぢゃ、むすびぢゃ。

此(九)の道開くには、
マコト(〇九十)です。
(〇九十)とは、嘉事(四五十)です。仕事(四五十)、です。
まつり、です。
あなない、です。
〆松(四一、六六、九二、五三)、です。
むすび(二三、六三、裏一一)、です。

マコト(〇九十)は、九十、から生み出します。

コト(九十)とは、今更ながらかもしれませんが、九の行から生み出す十(神様)とも言えそうです。

嘉事(四五十)は、仕事(四五十)、でもあります。
それは、まつり、です。あなない、です。

〆松(四一、六六、九二、五三)は、しきまきや、を始める事によって、無の二二の仕組み、九の二二の仕組みから、五三体の大神様を産み出します。

そして、むすび、は、ふみ(二三)から、二二から、三が道を生み出し、無の三が道を生み出し、更には、永劫の過去の裏にその道が存在しています。

Ⅵ.みみに、きかす時にきてます

三三(みみ)に一二三(ひふみ)聞かするぞ、愈々身実(みみ)に聞かす時ざぞ。それぞれ人に応じて時によって、口から耳に肚から肚に知らしてくれよ、あなさやけ、あなすがすがし、言答(いわと)開けたり、

みみ、も、御身、身実、三三、様々登場してきていますね。マンデラ・エフェクトです。

御身、に、ひふみ、を気化するぞ。なんてあります。
キ、として化ける、だけでなく、本当に、気体になるかもしれません。

愈々、みみ、気化する時、のようです。御身そのものが、キ化するかもしれません。

それぞれ、人に応じて、時によって、口から耳に(九千から三三に)肚から肚へと知らして下さい。

あな(九四、二四)さやけ、あな(九四)すがすがし、から、いわと、が開けます。

3.数字で現わされる神の世弥栄の仕組について

Ⅰ.十六の八の四の二の一、の仕組につきまして

石もの云ふぞ、十六の八の四の二の一目出度や目出度やなあ。神の仕組の世に出でにけり、あなさやけ、あな面白や、五つの色の七変はり八変はり九(ここ)の十々(たりたり)て百千万(ももちよろず)の神の世弥栄。

いし(一四)もの云います。しきまきや、を始めていく意志です。

それは、和する流れです。
十六の八の四の二の一。となります。二進法であり、二二の仕組みです。

16の世界が1に和する実感は、今のところまだしていませんが、
十六、神様が無になる処から、三次元の八の創造主が生れ、そこから、しきまきや(四)を経て、二人が一に和す、そのような感じが、実は、しきまきや、そのものでもあり、あなはち、を現しているとも言えると思います。

一見逆行に見えますが、実は、神の道の順そのものでもあると言えます。

この仕組が、神の仕組でもあり、四に出でにけり、とあります。

あなさやけ、あな面白や、も、この体験をしていく事で、日月神示の意味が判ってくるでしょう。

五つの色の七変はり八変はり九(ここ)の十々(たりたり)て百千万(ももちよろず)の神の世弥栄。

とありますが、五つの色は、意(二二)つつ(五三、五三)の一六、ですね。

二二の仕組みにキを五三体の大神様、を始める無、です。

それが、七変はり八変はり、ここのたりたりて、ももちよろずの神の世弥栄、となるようです。

Ⅱ.十二、六、三、二、一の仕組につきまして

十二の流れ、六の流れとなり、三つの流れとなり、二となり一と成り鳴りて、一つになり、一つの王で治めるのぢゃぞ、弥栄の仕組、普字と成答の仕組、いよいよとなったぞ。あな嬉し、あなすがすがし普字は晴れたり日本晴れ。

これも、12から6つとなり、3となり、2となり1となり、という展開があるかもしれいません。

ですが、此の道に進みますと、確かに、十の二二の仕組みから始まり、それは六(無)から次々生み出す流れとなり、やがて、段階が進みますと、三が道を楽しむ段階が来る事となり、二(次)の世に進む流れ、後半の五年が、現在に感じていますが、それが、一と成りなりて、一つになり、一つの王と治める流れ、となります。

これが、弥栄の仕組、二二(普字)と成答の仕組、いよいよとなったぞ、とあります。

ここまでは、二二の仕組、普字の仕組、そして、成答の仕組、
ナルトは、成る事で答えられる仕組ですね。
それには、二二、普字、が必要のようです。

ここまで、しきまきやの二二なら、前世ヒーリングでしたし、ブログ、メールが普字でした。

成答も相応に生まれてゐますが、愈々のところに来てゐます。

そして、あな嬉し、あなすがすがし。

普字は晴れたり日本晴れ。とありますので、普字の仕組も、晴れる時がやがて来るのだろう、と見てゐます。
向こう五年、それは、二〇三〇年ですね。

4.まとめ

あなはち、は岩戸開を示唆しています。
千人力もありますが、ひふみでは、九のしきまきや、二二のしきまきや、無のしきまきや、三が道のしきまきや、全て起こして行きます。

それが、永劫の過去から生み出す道で、あななひの道、です。

あななひの道とは、このように、岩戸開きを意味しており、三千年の夜が明けて、人、神、となる秋(時)は来てゐます。

やがて、此の道に進む方は、目まぐるしく動く時、一日が一年、百年になる時が来るようです。
これで、三千年の行を一か月で終えるのでは、と見てゐます。

元津神々様、人の世ひらき和し、カミヒト満つ道、にもなります。

善も悪もあななひて、一つの善となり、王となります。

此の道開くには、マコト、嘉事(よごと)、仕事、まつり、あなない、〆松、むすび、が求められます。

そして、御身(三三)に、ひふみ、きかする時が来てゐます。

十六の八の四の二の一、は、しきまきや、そのものであり、あなはちそのものでもあります。
十二、六、三、二、一、につきまして、此の道に進む時、体験していく境地の順です。
弥栄の仕組、二二(普字)と成答の仕組、いよいよとなったぞ、となれば、行は順調でしょう。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
トップに戻る