神の心、に関する文面⑩ に進みます。
今回は、一八(イハ)の巻、〇つりの巻(マツリの巻)、それぞれ一文ずつです。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、一八(イハ)の巻、の方では
神のみこと(三九十)に、生きて呉れよ(九〇四)と、しますと、みこと(三九十)に成る、というものです。
もはや、みこと(三九十)に成る事が前提になってきました。
みこと(三九十)とは、後述もしますが、三界和合していく者とも言えます。
〇つりの巻(マツリの巻)、の方では、一の宮、二の宮等の祀り方につきまして、天明に知らしてあるぞ。ってありますが、いつの間にやら、です。
ですが、その祀り方は、他の文面にもありますが、確かにそれがまた、マンデラ・エフェクトのようです。
簡単に言えば、道場を作る、というものです。
道場と言えば、三次元的には何か暑苦しく思われるかもしれませんが(笑)、道を生み出す場、の事ですね。ネット上ですと無限に作れます。
それでは、神の心の文面をお伝えしますね。
1.一八(イハ)の巻 第六帖 神のみこと(三九十)として、生きて呉れよ(九〇四)、としてください。みことに成ります。
Ⅰ.向ふ(無九負)の云ふこと、まともに聞いてゐたら、しり(四理)のケまで抜かれてしまいます。
●向ふの云ふこと、まともに聞いてゐたら、尻の毛まで抜かれてしまふのが、神にはよく判りて気つけてゐたのに、今の有様その通りでないか。まだまだ抜かれるものあるぞ。
向ふの云ふこと、まともに聞いてゐましたら、尻(四理)のケまで抜かれてしまふのが、神にはよく(四九)判りて気つてゐたのに、今の有様、その通りになっています。
向ふの云ふこと、の向ふ(無九負)、はくにつつみを無くした存在ですので、これは、向こうの国に限らず、くにつつみ、をしなくなった方々、とも言えます。
その方々の話をまともに聞いてゐたら、四理のケ、まで抜かれてしまふので、それは、しきまきや、を起こせなくなる状況、となるのです。
これは、神にはよく判りて気つけてゐたのですが、それは、向ふの云ふこと、まともに聞いてしまってゐるので、国の状況に限らず、個々の世界もその通りなのです。
また、くにつつみ、を無くしますと、まだまだ、抜かれる者までもあるのです。
マンデラ・エフェクト、でチリヂリバラバラに移行して、会えなくなるようになっています。
ですから、くにつつみ、日々、起こす事が求められます。
Ⅱ.のばせばのばせば、人民、まだまだ苦しいことになります。
●のばせばのばせば、人民まだまだ苦しいことになるぞ。延ばさねば助かる人民ないし、少しは神の心も察して下されよ、云ふ事きいて素直にいたされよ、神たのむぞ。
のばせばのばせば、人民まだまだ苦しいこと(九十)に成るのです。
ですが、その苦しいこと、を選択している方の方が多いと思います。
延ばさねば助かる人民ないですし、少しは神の心(九九六)も察して下されよ(九、裏十、三、〇、四)として下さい。
そう簡単には、此の道に進む事はできませんし、いきなり、誠の光る行させますと、皆逃げてしまいます。
ですが、最終的には元の神の思ひの何万分の一かの思ひはする事となりますし、最初は少しずつ、実現していく事が求められます。
云ふ事きいて、素直にいたすようにしてください。
神たのむぞ、と伝えられています。
Ⅲ.神のみこと(三九十)として、生きて呉れよ(九〇四)としてください。みことに成ります。ミコト結構です。
●愈々時節来たのであるから、何と申しても時節にはかなわんから、神示通りになって来るから、心さっぱり洗ひ晴らしてしまふて、持ち物さっぱり洗ひかへしてしまふて、神のみことに生きて呉れよ、みことになるぞ、タマぞ、ミコト結構ぞ
愈々、時節来たのですから、何としても、時節にはかなわん、ですし、神示通りになってきます。
この後の文面がマンデラ・エフェクトかな、と思います。
心さっぱり洗ひ晴らしてしまふて、持ち物さっぱり洗ひかへしてしまふて、神のみことに生きてくれよ(九〇四)、として下さい。
心(九九六)をまずさっぱり洗ひ晴ら(八〇)してしまふ所から始まります。
この事で、持ち物、さっぱり洗ひかへしてしまふ流れです。
持ち物も、性質から変わっていくようになっていきます。
このようにして、神のみこと(三九十)に生きてくれよ、としてください。
みこと、とは、三界和合する、九十、という意味もありますね。
ミコト結構とあります。
このようにして、三が道を起こし続けていく事により、みことに成ります。
その元は、タマ(十真)です。
2.〇つりの巻(マツリの巻)第二帖 一の宮、二の宮等の祀り方につきまして
Ⅰ.代へ身魂いくらでもつくりあります。
●代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、
代へ身魂いくらでもつくりあります。
心(九九六)して取り違ひせん様に神の心(九九六)早う(八四ウ)汲みとれよ(九三十〇四)、としてください。
くにつつみから、三が道、をしきまきや、より、神々様を生み出していく事にあります。
御自身が一段一段、段階を踏まえて進む事で、出会いも一段一段変わって現れます。
改心が進みますと、新たな出会い、新たなテーマと向き合う事が多くなります。
改心を進めませんと、同じ出会い、似たような方との出会い、同じテーマに向き合い続ける事が多いです。
ですから、改心を進めて下さい。一人では難しくあります。二人で進めて下さい。
Ⅱ.九の方の仕組みは判らんようになっていますが、仕上げりうりう見て、実現してください。
●九の方の仕組 人民には判らんから、どうなることかと役員も心配なさるなれど、仕上げりうりう見て御座れ、めったに間違ひないのぢゃぞ、
九の方の仕組 人民には判らんから、どうなることかと役員も心配なさる方もいます。
ですが、なれど(七〇土)として、もう一段、上の無として、御自身が実現し続けていく以外ありません。
仕上げりうりう見て御座れ、としてください。
それは、御自身が実現していくのですね。
めったに間違ひない、とあります。
九の方の仕組み いくら考えても無駄ですが、ただ、一段一段、お蔭を確認しつつ、より良きに進んでいるかどうかを省みて、行を進めていく事が求められます。
例えば、チャットGPTが現れ始めたり、新たに生み出して頂けている存在、が一つ鍵を握るでしょう。
ちなみに、出会いは次々変わっていくので心配無用です。
御自身のテーマに応じた方と出会って行く事となります。
出会いが変わっても、同じテーマなのであれば、改心が求められているので注意が必要です。
Ⅲ.うまい口には、誠ないこと忘れてはなりません。
●うまい口にのるでないぞ、うまい口を今に持って来るが、うまい口には誠ないから、この方 三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。
うまい口に乗らないようにしてください。
うまい口を今に持って来ますが、うまい口には誠ないのです。
此(九)の方 三千世界の御道は、マコト(〇九十)よりないと申してある、とお伝えされています。
ですが、うまい口に乗る方、結構多いです。うまい口に弱い方も多いです。
油断、慢心、に気を付けて下さい。
真実のマコト(〇九十)は、神示読まねば判らんようになっています。
恐らくながら、ひふみ(秘文)で現れると見ます。御神示マンデラ・エフェクトです。
ですから、日々、くにつつみ、しきまきや、を起こし続けて下さい。
その上で、御神示読んで、御理解、を深めて下さい。
Ⅳ.ひつぐの民の家には、御神名か御神石か、御神体として、代表の大神様として、天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀りて下さい。
●ひつぐの民の家には御神名か御神石か御神体として代表の大神様として、天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀り結構致し呉れよ、
ひつぐの民の家には、御神名か御神石かを、御神体として代表の神様として、天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀り結構致し呉れよ、とあります。
御神名でしたらお札です。御神石は、石になるでしょう。
ただ、一般的には、前者になるのではないでしょうか。
手書きの御札です。
この感じで、更に、天の日月の大神様 地の日月の大神様、の御札を作りて下さい。
Ⅴ.一の宮、二の宮等の祀り方、とは、道場を次々作る事です
●一の宮、二の宮等の祀り天明に知らしてあるぞ。
この文面は、マンデラ・エフェクトと見ます。
一の宮、二の宮等の祀り、天明に知らしてあるぞ、とあります。
これは、以前無かったですけどね。(笑)
一の宮のまつり方、二の宮の祀り方については、マンデラ・エフェクトが起こっていくので、一番良いのは、一の宮、二の宮で御神示検索ですね。
参考にしてほしい文面は次のものですね。
●役員 皆 宮つくれよ。宮とは人民の申す宮でなくてもよいのざぞ。一の宮、二の宮、三の宮と次々につくり呉れよ。道場も幾らつくってもよいぞ。神の申した事、なさば成るのざぞ。宮と道場つくり神示読んでまつれまつれ、まつり結構ぞ。
宮とは、人の言うところの宮でなくで大丈夫です。
判りやすいのは、宮とは、一言で言えば、道場、ですね。
幾らつくってもよいのです。
道を伝える場や、道を生み出す場、等になるでしょう。
ですから、基本的には、自宅、になるのですが、次の宮は、仕事場を別に作ったり、インターネット上なら次々、無限に生み出せますよね。
そういう私も、二の宮、三の宮、に入る可能性が出てきています。(というより既にしている、ともいえるかもです)
このようにして、次々、道場を増やしてください。道を生み出す場、です。
Ⅵ.道院殿老祖様は中の宮、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りて下さい。
●道院殿老祖様は中の宮に、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ、いづれも弥栄々々ぞ。
これもマンデラ・エフェクト文面ですね。
道院殿老祖様は中の宮に、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ、とあります。
道の老祖様は、中の宮に、他は道員の神々様として、次の宮に祀りて下さい。
次の宮、という言い方も初めてと見ます。
3.まとめ
向ふ(無九負)の云ふこと、まともに聞いてゐたら、しり(四理)のケまで抜かれてしまいます。
くにつつみ、を無くした者は、次々、しり(四理)のケ抜かれます。
ですから、くにつつみ、日々、起こす事が求められます。
のばせばのばせば、人民、まだまだ苦しいことになります。
延ばさねば助かる人民ないですし、少しは神の心(九九六)も察して下されよ(九、裏十、三、〇、四)、としてください。
神たのむぞ、と伝えられています。
神のみこと(三九十)として、生きて呉れよ(九〇四)、としてください。
みことに成ります。ミコト結構です。三界和合の者です。
代へ身魂いくらでもつくりあります。
くにつつみから、三が道、をしきまきや、より、神々様を生み出していく事にあります。
改心が進みますと、新たな出会い、新たなテーマと向き合う事が多くなります。
改心を進めませんと、同じ出会い、似たような方との出会い、同じテーマに向き合い続ける事が多いです。
ですから、改心を進めて下さい。
九の方の仕組みは判らんようになっていますが、仕上げりうりう見て、実現してください。
御自身が実現していきます。
うまい口には、誠ないこと忘れてはなりません。
真実のマコト(〇九十)は、神示読まねば判らんようになっています。
それは、ひふみ(秘文)で現れると見ます。
御神示マンデラ・エフェクトです。
ですから、日々、くにつつみ、しきまきや、を起こし続けて下さい。
ひつぐの民の家には、御神名か御神石か、御神体として、代表の大神様として、天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀りて下さい。
一の宮、二の宮等の祀り方、とは、道場を次々作る事です。
道院殿老祖様は中の宮、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りて下さい。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。