因縁に関する文面5 食べるとは、霊人と霊食とが調和し、一つの歓喜となり、神から神を与えられる事です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

因縁に関する文面5です。

今回の因縁に関する文面は、二日んの巻(ジシンの巻)第十五帖 その2、です。

今回のマンデラ・エフェクト文面は、主に食物に関するものです。

霊食、という単語がマンデラ・エフェクト、と見ますが、食べる霊人も、霊食も、食べると云うことによって歓喜しています。
食べるという事は、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となること、とお伝えされています。

更には、食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのが、霊人と霊食の関係です。

また、(霊人は)与えられた総ての食物は、悉く食べて一物をも残さないのである。
霊人は、食べ残さない旨も伝えられました。

それでは、因縁に関する文面5、をお伝えしますね。

1.二日んの巻(ジシンの巻)第十五帖 その2 食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのが、霊人と霊食の関係です。

Ⅰ.食べる霊人も、霊食も、食べると云うことによって歓喜しています。

霊人はまた、いろいろな食物を食している。云う迄もなく霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化するが、要するに歓喜を食べているのである。食べられる霊食そのものも、食べる霊人も何れも、食べると云うことによって歓喜しているのである。

霊食、という単語が初めて、と見ます。

霊人はまた、いろいろな食物を食しています。

云う迄もなく、霊人の食物は、その霊人の状態によって千変万化しますが、要するに歓喜を食べてゐます。

その食べられる霊食そのもの、食べる霊人も、いずれも、食べると云うことによって歓喜しているのです。

Ⅱ.霊人は、食物を身体全体で食べます。食べるという事は、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることです。

地上人の場合は、物質を口より食べるのであるが、霊人は口のみでなく、目からも、鼻からも、耳からも、皮膚からも、手からも、足からも、食物を身体全体から食べるものである。そして、食べると云うことは、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることである。

地上人の場合は、物質を口より食べるのですが、
霊人は口のみではなく、目、鼻、耳、皮膚、手、足、食物を身体全体から食べるのです。

地上人の場合は、食物を、ではなく、物質、という表現は、マンデラ・エフェクトかもしれません。

そして、食べると云うことは、霊人と霊食とが調和し、融けあう、一つの歓喜となることにあります。

Ⅲ.食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのが、霊人と霊食の関係です。

霊人から見れば、食物を自分自身たる霊人の一部とするのであるが、食物から見れば霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなるのである。これらの行為は、本質的には、地上人と相通ずる食物であり、食べ方ではあるが、その歓喜の度合および表現には大きな差がある。食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのである。以上の如くであるから、他から霊人の食べるのを見ていると、食べているのか、食べられているのか判らない程である。

霊人から見ますと、食物を自分自身たる霊人の一部とするのですが、食物から見ますと、霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなります。

これらの行為は、本質的には、地上人と相通ずる食物であり、食べ方ですが、その歓喜の度合および、表現には大きな差があります。

この後の表現は初めて、と見ます。

食物は歓喜であり、歓喜は神ですから、食べる行為とは、神から神を与えられる、事と同じです。

ですから、他から霊人の食べるのを見ていますと、食べているのか、食べられているのか判らない程です。

Ⅳ.霊人の食物は、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度合が強くなります。

また霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠くはなれたものを好む。現実社会に於ける、山菜、果物、海草等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。何故ならば、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度が強くなってくるからである。霊人自身に近い動物霊的なものを食べると歓喜しないのみならず、返って不快となるからである。

また、霊人の食物は、その質において、その霊体のもつ質より遠く離れたものを好みます。

現実社会における、山菜、果物、海藻等、に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まないのです。

それは、性の遠くはなれた食物ほど、歓喜の度合が強くなってくるからです。

霊人自身に近い、動物霊的なものを食べますと、歓喜しないのみならず、返って不快となるのです。

Ⅴ.霊人は、これらの食物を歓喜によって調理しています。また、与えられた総ての食べ物を悉く食べて一物をも残しません。

そして霊人は、これらの食物を歓喜によって調理している。そしてまた与えられた総ての食物は、悉く食べて一物をも残さないのである。

このようにして、霊人は、これらの食物を歓喜によって調理しています。

そして、また、与えられた総ての食物は、ことごとく食べて、一物をも残さないのです。

一物も残さない、記述は初めて、と見ます。
昔、人は亡くなった時、亡骸を残さずに亡くなる話と被るところがあると見ます。

2.まとめ

食べる霊人も、霊食も、食べると云うことによって歓喜しています。

霊人は、食物を身体全体で食べます。
食べるという事は、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることです。

霊人は食物を食べ自身の一部にする事が歓喜で、霊食は霊人に食べられる事が歓喜です。

食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのが、霊人と霊食の関係です。

霊人の食物は、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度合が強くなります。
山菜、果物、海草等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まないです。
それは、性の遠くはなれた食物ほど歓喜の度が強くなってくる為です。

霊人は、これらの食物を歓喜によって調理しています。
また、霊人は、与えられた総ての食べ物を悉く食べて一物をも残しません。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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