因縁に関する文面9 中間世界は、無数の道、無数の世界に通じる、御自身の生前生後の総決算の現れの状態です

日月神示とマンデラ・エフェクト

因縁に関する文面9です。

今回の因縁に関する文面は、二日んの巻(ジシンの巻)第十七帖 その2です。

今回のマンデラ・エフェクト文面は、
中間世界について、更に詳細に伝えられてゐます。

中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくる、とあります。

云わば、中間世界に、御自身の元があるとも言えます。
そこは、半霊半物的になる可能性もありそうです。

更に、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのです。

故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付く、とあります。

一の世界、二の世界、お互い、悪に見え、苦と感じ、真でない事もありうるのですが、
これら総ての世界の上に向かって進む事が彼等にとっての善ともなる、とあります。

このように、中間世界が詳細化されています。

それでは、因縁に関する文面9、をお伝えしますね。

1.二日んの巻(ジシンの巻)第十七帖 その2 中間世界は、無数の道、無数の世界に通じる、御自身の生前生後の総決算の現れの状態です

Ⅰ.中間世界は、無数の道、無数の世界に通じ、生前生後を通じ、思想し行為した事の総決算の結果現れた状態で、それぞれの世界に通ずる道が自らにして、目前にひらかれてきます。

以上の如く、中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現われた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして目前にひらかれてくるのである。

これは、明らかにマンデラ・エフェクト文面ですね。

以上の如く、中間世界からは、無数の道が無数の世界に通じており、生前から生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果に現れた状態によって、それぞれの世界に通ずる道が自らにして、目前にひらかれてくるのです。

死後すぐの中間世界は、そこからは、無数の道、無数の世界に通じているのです。

生前、生後を通じて、思想し、行為したことの総決算の結果、が現れるのです。

現れた状態によって、それぞれの世界に通じる道が自らにして、目前にひらかれてくる、とあります。

つまり、前世ヒーリング等で、死後すぐに世界に繋がった世界が、どうも、この後の基軸となるようです。
中間世界、半霊半物の世界です。

この状況が遂に明かされた事を非常に嬉しく思います。

Ⅱ.更に、各々によって、自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないです。

否、その各々によって自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないのである。故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付くのである。他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地なのである。

引き続き、マンデラ・エフェクト文面ですね。

その各々によって、自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は、一切感覚し得ないのです。

故に迷うこともない、とあります。

自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付くのです。

他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地、なのです。

Ⅲ.一の世界における善は、二の世界では苦となり、二の世界では、一の世界が苦となる事があり、自ら求める歓喜にふさわしい世界に住するようになってきます。

何故ならば、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は また苦の世界と感覚するからであって、何れも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのである。また一の世界における善は、二の世界では善でなく、二の世界の真が一の世界に於ては真でない場合も生じてくる。

それは、一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、二の世界に住むものには、一の世界は、また苦(九)の世界と感覚するからです。

いずれも自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのです。

また、一の世界における善は、二の世界では善ではなく、二の世界の真が一の世界に於いては、真でない場合も生じてきます。

このように、善、真、その世界ごとによって、変わってくるのです。

Ⅳ.その総ての世界を通じ、更に高きに向かって進むことが、彼等の善となります。・は中心、大歓喜であり、神です。

しかし、その総ての世界を通じ、更に高きに向って進むことが、彼等の善となるのである。・は中心であり、大歓喜であり、神である。

しかし、その総ての世界を通じ、更に高きに向かって進むことが、彼等の善となるのです。

・は中心であり、大歓喜であり、神なのです。

2.まとめ

中間世界は、無数の道、無数の世界に通じ、生前生後を通じ、思想し行為した事の総決算の結果現れた状態で、それぞれの世界に通ずる道が自らにして、目前にひらかれてきます。

云わば、御自身の元が、中間世界にある、とも言えます。

更に、各々によって、自分自身が進むべき道をひらき、他の道、他の扉は一切感覚し得ないです。
故に、迷うことなく、自分の道を自分で進み、その与えられた最もふさわしい世界に落ち付きます。

例え、他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、当の本人には楽天地、となります。

一の世界における善は、二の世界では苦となり、二の世界では、一の世界が苦となる事があり、
自ら求める歓喜にふさわしい世界に住するようになってきます。

その総ての世界を通じ、更に高きに向かって進むことが、彼等の善となります。
は中心、大歓喜であり、神です。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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