天地に関する文面⑪ 今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せます

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

天地に関する文面⑪、最後になります。

今回は、至恩之巻 第五帖、五葉之巻 第十二帖、の二つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクト文面も、両方ともほぼ全文です。
イザナギ、イザナミの神の現れ、日本の現れ、四音、八尋、の経緯詳細について、また、今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せる事を伝え始めました。

至恩之巻 第五帖、では、
人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生れています。
ですから、あらゆる存在は、同じ型、同じ性を持ってゐます。

その神の天津神は、イザナギ、イザナミの神と現れ、ミコトとなりたまひたのです。
イザナギ、イザナミの神は、オノコロの四音(しおん)(四、七二、ん)の島をならし、八尋殿(やひろどの)(八⦿六土、九一)を見立てられたのです。

四音、八尋殿、がこの世の元であり、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がり、八十、八百、八千と次々に広がり、八百万(やをよろづ)となりなるのです。

このように、オノコロの四音は、しきまきや、シチニの神から生み出しており、八尋は、無限に神を無から生み出す事で、
この流れから、カミヒト、九の始まりとなり、四方八方、八十、八百、八千と次々に広がり、八百万(やをよろづ)となりなる、という事を伝えられてゐます

五葉之巻 第十二帖、では、
今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時です。
今とは、(一真)、(二二、九二)、である為、実は、くにつつみ始めた時からいつでも、という事なんですが、
それが、また、今、のようです。

その、天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せる時です。
大峠は、待ったなしになってきているので、この事が求められます。

ですから、ヘタ(下十)をすると世界は泥の海、となります。
神々様も人民様も心の目ひらいて下されよ、とお伝えされています。
新しき太陽(⦿)は昇ってゐます。とお伝えされています。

それでは、天地に関する文面⑪、をお伝えしますね。

1.至恩之巻 第五帖 イザナギ、イザナミの神は、オノコロの四音(しおん)(四、七二、ん)の島をならし、八尋殿(やひろどの)(八⦿六土、九一)を見立てられたのです。

Ⅰ.人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生れています。ですから、同じ型、同じ性を持ってゐます。

人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生れたのであるぞ。故に同じ型、同じ性をもっているぞ、

マンデラ・エフェクト文面とみます。

人民の肉体も心も天地も皆同じものから、同じ想念によって生まれたのです。
故に、あらゆる存在は皆、同じ型、同じ性をもっているのです。

Ⅱ.その神の天津神は、イザナギ、イザナミの神と現れ、ミコトとなりたまひたのです。

そのかみの天津神はイザナギ、イザナミの神と現われまし、成り成りの成りのはてにイザナギ、イザナミの命となり給ひて、

マンデラ・エフェクト文面です。
日本の生れた流れが詳細に伝えられ始めました。

そのかみの天津神は、イザナギ、イザナミの神と現れまし、成り成りの成りのはてに、イザナギ、イザナミの命となり給ひたのです。

Ⅲ.イザナギ、イザナミの神は、オノコロの四音(しおん)(四、七二、ん)の島をならし、八尋殿(やひろどの)(八⦿六土、九一)を見立てられたのです。

先づ国土をつくり固めんとしてオノコロの四音の島をならし八尋殿(やひろどの)を見立てられたのであるぞ、

先ず国土をつくり固めんとして、オノコロの四音(しおん)(四、七二、ん)の島をならし、八尋殿(やひろどの)(八⦿六土、九一)を見立てられたのです。

オノコロの四音の島は、しきまきや、シチニの神から生み出した島であり、やひろどのは、無限の⦿、無から、カミヒトと共に、九の始めを見立てられたのです。

このようにして、島となり、無限の⦿より、カミヒトとなり現れたのです。

Ⅳ.四音、八尋殿、がこの世の元であり、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がり、八十、八百、八千と次々に広がり、八百万(やをよろづ)となりなるのです。

これがこの世の元、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がるであろうが、八十となり、八百、八千と次々に拡がりて八百万(やをよろづ)となりなるのであるぞ。

これが此の世の元、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がるのです。
思念界から東西南北と拡がり、無限にカミヒトとなり現れたのです。

それが、八十となり、八百、八千と次々に拡がりて、八百万(やをよろづ)となりなる、とあります。

2.五葉之巻 第十二帖 今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時です。天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せる時です。

Ⅰ.今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時です。

八のつく日に気つけてあろうが、八とはひらくことぞ。今が八から九に入る時ぞ、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時ぞ、

八のつく日に気つけてあろうが、とあります。
八とはひらくことです。

今(一真)(二二、九二)が八から九に入る時です。

二二の仕組から、くにつつみの仕組から入ることが、八から九に入る時なのです。

そして、今が、八から九に入る時でもあります。

この後が、マンデラ・エフェクト文面です。

それは、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時です。

天も地も大岩戸ひらき、が新たに追加されたとみます。

Ⅱ.天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せる時です。神は無理申しません。やればやれる時です。

天地の波にのればよいのぢゃ、楽し楽しで大峠越せるぞ、神は無理申さん、やればやれる時ぞ、

マンデラ・エフェクト文面ですね。

それには、天地の波にのればよいのです。
楽し楽し、で大峠越せます。

楽し楽し、で大峠越せる段階が、マンデラ・エフェクトです。

神は無理に申さん、とあります。
やれば、やれる時なのです。

Ⅲ.ヘタ(下十)をすると世界は泥の海、神々様も人民様も心の目ひらいて下されよ、とお伝えされています。新しき太陽は昇ってゐます。

ヘタをすると世界は泥の海、神々様も人民様も心の目ひらいて下されよ、新しき太陽は昇ってゐるでないか。

マンデラ・エフェクト文面です。

ヘタ(下十)をすると世界は泥の海、神を無くし、十を無くす事をしていきますと、世界は泥の海、となってしまいます。
囚われの世界の選択、囚われの我の世界ですと、泥の海となります。

ですから、神々様も、人民様も心(九九六)の目(六六)ひらいて下されよ、とあります。

新しき太陽(⦿)は昇ってゐるでないか、とあります。

3.まとめ

人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生れています。
ですから、同じ型、同じ性を持ってゐます。

その神の天津神は、イザナギ、イザナミの神と現れ、ミコトとなりたまひたのです。

イザナギ、イザナミの神は、オノコロの四音(しおん)(四、七二、ん)の島をならし、八尋殿(やひろどの)(八⦿六土、九一)を見立てられたのです。

オノコロの四音の島は、しきまきや、シチニの神から生み出した島であり、やひろどのは、無限の⦿、無から、カミヒトと共に、九の始めを見立てられたのです。

このようにして、島となり、無限の⦿より、カミヒトとなり現れたのです。

四音、八尋殿、がこの世の元であり、人民の頭に、東西南北の四方があり八方と拡がり、八十、八百、八千と次々に広がり、八百万(やをよろづ)となりなるのです。

八とはひらくことです。今が八から九に入る時で、天も地も大岩戸ひらき、人民の岩戸ひらきに最も都合のよい時です。

天地の波にのれば、楽し楽しで大峠越せる時です。
遂に楽し楽し、で大峠越せる段階となってきました。
神は無理申しません。やればやれる時です。

ですが、ヘタ(下十)をすると世界は泥の海、となります。

神々様も人民様も心の目ひらいて下されよ、とお伝えされています。
新しき太陽(⦿)は昇ってゐます。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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