神示に関する文面6に進みます。
今回は、天つ巻 第二十三帖、第二十六帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、双方で僅かに起こっていますが、やはり、様々詳細化してきており、今回は、天の日津久の神について、御伝えされています。
第二十三帖、は、2024年頃に起こったマンデラ・エフェクトです。
悪はあるが無い、善はあるが無い、この境地を理解、体験、この道理判りましたら、それが善人です。千人力の人です。
此の道に進みますと、千人力の行を日々していきますと、悪はあるが無い、善はあるが無い、この境地が判って行きます。
(詳細は、後述)
その上で、雨の神様、風の神様にとく御礼申して下さい。とあります。
更に、特に御礼、から、とく御礼、に変ったと見て居ます。
第二十六帖、では、
天の日津久の神と申しても一柱ではなく、臣民のお役所のやうなもの、無限柱です。また、一柱でもあります。
とあります。天の日津久の神様が、お役所のやうなもの。というのは、新たに追加されました。
それでは、神示に関する文面6、をお伝えしますね。
1.天つ巻 第二十三帖 悪はあるが無い、善はあるが無い、この境地を理解、体験、この道理判りましたら、それが善人です。千人力の人です。雨の神様、風の神様にとく御礼申して下さい。
Ⅰ.我がなくてはならず、我があってもならず、よく(四九)この神示(ふで)読んで下さい。
●我がなくてはならん、我があってはならず、よくこの神示(ふで)よめと申すのぞ。
我がなくてはなりません。
我があってもありません。
神の我へと、御自身の我を進めていく事にあります。
ですから、よく(四九)この神示(ふで)よめ、と申されています。
しきまきや、くにつつみ、から、我の改心を進めて下さい。
Ⅱ.悪はあるが無い、善はあるが無い、この境地を理解、体験、この道理判りましたら、それが善人です。
●悪はあるが無いのざぞ、善はあるのざが無いのざぞ、この道理分りたらそれが善人だぞ。
確かこれは、2024年頃起こったマンデラ・エフェクトです。
悪はありますが、無いのです。善はあるのですが、無いのです。
この道理判りましたら、それが善人ですが、それは、今の最善を尽くし続ける事が求められます。
そして、思念界から、生前からの長い囚われを無くして行く事で、どのような悪も悪でなくなります。
前の段階が悪だからです。
このようにして、新たな世界を生み出します。
継続していきますと、千人力、嬉しきビックリも次々体験していく事になります。
当初は、周囲の小さな規模からですが、やがて、社会を巻き込んだ次元の嬉しきビックリ、も体験していきます。
一例としては、国債、地方債半減の世界への移行ですが、ただ、これは、此の道を体験していかないとその世界には移行できないのです。(殆どの方々は、現在の残高が元々あったと思っているはずです)
また、今の最善を尽くしても、時間経過と共に、悪となり、善では無くなっていくのです。
この道理は、此の道に進みませんと、分からないようになっています。
それは立体に進む体験です。
Ⅲ.千人力の人が善人です。お人よしでは善人ではなく、神の臣民ではありません。
●千人力の人が善人であるぞ、お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、神の臣民ではないぞ、
ですから、千人力の人が善人です。
此の道進み、嬉しきビックリ体験をしてく人、その理解、体験、ができた人です。
お人よしではならんようになっています。我の改心が必要だからです。
その為に、お人よしでは、善人ではなく、神の臣民でもない、とお伝えされています。
ただ、これは、私が体験した千人力の境地ですが、他にも、千人力の理解、体験が違う方もいるかもしれません。
Ⅳ.雨の神様、風の神様にとく御礼申して下さい。
●雨の神どの風の神どのにとく御礼申せよ。
2024年~2025年頃に現れたマンデラ・エフェクト文面です。
雨(アメ)の神どの、風(カ千)の神どのに、とく(十九)御礼申せよ、とあります。
更に微妙にですが、とく(十九)御礼申せよ、という伝え方に変っている、とみます。
2.天つ巻 第二十六帖 天の日津久の神と申しても一柱ではなく、臣民のお役所のやうなもの、無限柱です。また、一柱でもあります。
Ⅰ.天の日津久の神と申しても一柱ではなく、臣民のお役所のやうなもの、無限柱です。また、一柱でもあります。
●天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、臣民のお役所のやうなものと心得よ、一柱でもあるのざぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
臣民のお役所のやうなものと心得よ、が新たに増えました。
天の日津久の神と申しても一柱ではないのです。
臣民のお役所のやうなものと心得よ、とありますから、神々様を管轄する処になるようです。
それは無限柱でもあるのです。
また、一柱でもあるのです。
ですから、御自身とは、お役所のような無限柱、でもあり、それでいて一柱なのです。
Ⅱ.此の方は、オホカムツミの神様でもあります。時により、所によりては、オホカムツミノ神様として祀りて呉れよ、として下さい。
●この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ、時により所によりてはオホカムツミノ神として祀りて呉れよ、青人草の苦瀬(うきせ)なほしてやるぞ。
この方はオホカムツミノ神とも現はれます。
時により、所により、オホカムツミノ神として祀りてくれよとあります。
青人草の苦瀬(うきせ)なほして頂けます。
Ⅲ.天明は神示(ふで)書かす御役です。それは、無限に弥栄し現れる可能性があります。
●天明は神示(ふで)書かす御役であるぞ。
天明は神示(ふで)書かす御役です。
ただ、神示(ふで)とは、神示(ふで)らしく現れるとも限らないと思っています。
ひふみ、として世にうつしていけば、世にあるものが、神示(ふで)として現れるかもしれません。
また、御自身の活動そのものが、神示(ふで)になる可能性があります。
文面等がそのようになる可能性があります。
最初は、神様が手伝ってくれるかもしれませんが、やがて、御自身が神示(ふで)を書く流れになるかもしれません。
3.まとめ
我がなくてはならず、我があってもならず、よく(四九)この神示(ふで)読んで下さい。
悪はあるが無い、善はあるが無い、この境地を理解、体験、この道理判りましたら、それが善人です。
立体に進む体験をしていく事で判ります。
千人力の人が善人です。お人よしでは善人ではなく、神の臣民ではありません。
雨の神様、風の神様にとく御礼申して下さい。
天の日津久の神と申しても一柱ではなく、臣民のお役所のやうなもの、無限柱です。また、一柱でもあります。
此の方は、オホカムツミの神様でもあります。時により、所によりては、オホカムツミノ神様として祀りて呉れよ、として下さい。
天明は神示(ふで)書かす御役です。
それは、無限に弥栄し現れる可能性があります。
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