神示に関する文面10に進みます。
今回は、磐戸(一八十)の巻 第五帖、キの巻 第五帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、天地ヒックリ返る詳細を伝え始め、愈々の栄える御代になる事を伝えられてゐます。
磐戸(一八十)の巻 第五帖、では、
天(あま)さかり、地(くに)さかります御代となり、臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとき来た、とあります。
それは、赤い、青い、黄の花火、それぞれのミタマによりてその色が違ひます。とあります。
愈々ですね。天も地も栄える時、心の中の花火がひらく時が来たのです。
それには、やがて、地つちの軸が動きます。
大地が動き出すのでしょうか。
フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならん事になります。
文面をストレートに取りますと、ポールシフトとか、大地震を伴うような話、の感じ。
全体的文面で言えば、天地ひっくり返るのでしょう。
其の時、この神示、心棒に入れて呉れよ、として下さい。
ですから、まず、心の棒を入れる事にあります。
キの巻 第五帖、では、
この神示は心通りにうつります。思ひ違ひますと、いくら神示読んでも違ふことになります。
心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒できます。
キが元、とお伝えした通りです。
早う気付かん、と間に合いません。
それでは、神示に関する文面10をお伝えしますね。
1.磐戸(一八十)の巻 第五帖 天(あま)さかり、地(くに)さかります御代となり、地つちの軸が動きます。フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならん事になります。
Ⅰ.天(あま)さかり、地(くに)さかります御代となります。臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとき来ました。
●天(あま)さかり地(くに)さかります御代となるぞ、臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとききたぞ、
今回も、遂に実現系のマンデラ・エフェクトですね。
天(あま)さかり、地(くに)さかります御代となります。
天も地も栄える御代です。
それは、臣民の心の中にいけおいた花(八七)火 愈々ひらくときが来たからです。
神示(八〇)腹に入れる、その上で、七を開く時が来たのです。
Ⅱ.赤い、青い、黄の花火、それぞれのミタマによりてその色が違ひます。
●赤い花火もあるぞ、青いのもあるぞ、黄なのもあるぞ、それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、ミタマ通りの色出るのざぞ。
それは、赤い花火もあり、青い花火もあり、黄の花火もあります。
それぞれのミタマによりて、その色ちがひます。
花火自体の話は以前ありましたが、今回は、そのミタマ通りの色出ます。
という事になっている点が、マンデラ・エフェクト、です。
Ⅲ.金は金、鉄は鉄、鉛は鉛、として磨いてくれよ、として下さい。金のまねしないようにして下さい。
●金は金ぞ、鉄は鉄ぞ、鉛は鉛として磨いてくれよ、金のまねするでないぞ。
金は金です。鉄は鉄です。鉛は鉛です。
そのようにして磨いてくれよ、として下さい。
金のまねするでない、とお伝えしています。
現状の御自身に応じて、磨いて下さい。
Ⅳ.地つちの軸が動きます。フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならん事になります。
●地つちの軸 動くぞ、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならんことになるぞ、
出だしがマンデラ・エフェクトです。
地つちの軸 動きます。その時節が来ているようです。
フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならんことになります。
どうにもこうにもならんこと、は以前よりあった話ですが、フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて、という変化は、
より詳細化のマンデラ・エフェクトです。
大地が動き出すのでしょうか。文面をストレートに取りますと、ポールシフトとか、大地震を伴うようですね。
そして、天地ひっくり返ります。
地つちが、千土となり、千人力のカミヒトとなると、この観点での軸が動きます。
ですから、まずは、千人力、カミヒト、と進む事が求められます。
Ⅴ.其の時この神示、心棒に入れて呉れよ、として下さい。百人に一人位は何とか役に立ちますが、あとはコンニャクのお化けです。
●其の時この神示、心棒に入れてくれよ、百人に一人位は何とか役に立つぞ、あとはコンニャクのお化けざぞ。
其の時この神示、心棒に入れて呉れよ、として下さい。
百人に一人位は何とか役に立ちます。
あとはコンニャクのお化けとなります。
この状況は変えられないのでしょうか。その通りであれば、大変な状況です。
何としてでも、この文面変える事ができれば、とは思いますが・・・。
カミヒトでないとできないのか、カミヒトでもできないのか、までは、全く分かりません。
少しでも、好転化できればと思います。
2.キの巻 第五帖 この神示は心通りにうつります。思ひ違ひますと、いくら神示読んでも違ふことになります。心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒できます。
Ⅰ.この神示は心通りにうつります。思ひ違ひますと、いくら神示読んでも違ふことになります。心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒できます。
●この神示は心通りにうつるのざぞ、思ひ違ふといくら神示読んでも違ふことになるぞ、心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒出来るぞ、この方クヤム事嫌いぞ。
この文面だけ、部分的にマンデラ・エフェクトが起こってゐます。
この神示は、心通りにうつります。
我が曇ってゐる間は、雲って映る為、苦しむ時もあると思います。
ですから、元の思ひが、違ひますと、いくら神示読んでも違ふこととなるのです。
心違ひますと、今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒出来ます。
元の思ひが違ふといくら神示読んでも違ふこととなる。
心違ふと、今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒となる、の部分が新たにマンデラ・エフェクト、で現れています。
最後の、この方、くやむ事嫌いぞ、は当初からあった文面ですが、文面繋がりが今回変っているとみます。
Ⅱ.次の世となりましたら、これ迄の様に、無理に働かなくても楽に暮らせる嬉し嬉しの世となります。ですが、今は人の手に握ってゐるものでも、タタキ落として取る様になりてゐます。
●次の世となれば、これ迄の様に無理に働かなくても楽に暮せる嬉し嬉しの世となるのざが、臣民 今は人の手に握ってゐるものでもタタキ落して取る様になりてゐるのざから神も往生ざぞ、
次の世となりましたら、これ迄の様に無理に働かなくても、楽に暮らせる嬉し嬉しの世となるのですが、
臣民 今は人の手に握ってゐるものでも、タタキ落として取る様になりてゐるのですから、神も往生とお伝えされています。
Ⅲ.神は臣民楽にしてやりたいのに、楽になれて、自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのです。
●神は臣民楽にしてやりたいのに楽になれて、自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのざぞ、其処にまだ気付かんか、
神は臣民、楽にしてやりたいのに、楽になれてしまい、自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのです。
それが、人の我です。そこにまだ気付かんか、とありますが、気付いている人、ほぼいません。
この事の実感するには、日月神示を読み、行を進めていく事で、理解、体験していく事で判ってきます。
Ⅳ.キが元です。早う気付かんと間に合いません。此の神は従う者にはおだやかですが、さからふ者には鬼となります。
●キが元ざと申してあろがな、早う気付かんと間に合はんぞ。この神は従ふ者にはおだやかざが、さからふ者には鬼となるのざぞ。
出だしがマンデラ・エフェクトです。
キが元、とお伝えした通りです。
早う気付かん、と間に合いません。
この神は従ふ者にはおだやかですが、さからふ者には鬼となります。
3.まとめ
天(あま)さかり、地(くに)さかります御代となります。臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとき来ました。
赤い、青い、黄の花火、それぞれのミタマによりてその色が違ひます。
金は金、鉄は鉄、鉛は鉛、として磨いてくれよ、として下さい。金のまねしないようにして下さい。
地つちの軸が動きます。フニャフニャ腰がコンニャク腰になりて どうにもこうにもならん事になります。
地つちが、千土となり、千人力のカミヒトとなると、この観点での軸が動きます。
ですから、まずは、千人力、カミヒト、と進む事が求められます。
其の時この神示、心棒に入れて呉れよ、として下さい。百人に一人位は何とか役に立ちますが、あとはコンニャクのお化けです。
この神示は心通りにうつります。思ひ違ひますと、いくら神示読んでも違ふことになります。
心違ふと今度はどんなに偉い神でも人でも気の毒できます。
次の世となりましたら、これ迄の様に、無理に働かなくても楽に暮らせる嬉し嬉しの世となります。
ですが、今は人の手に握ってゐるものでも、タタキ落として取る様になりてゐます。
神は臣民楽にしてやりたいのに、楽になれて、自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのです。
キが元です。早う気付かんと間に合いません。此の神は従う者にはおだやかですが、さからふ者には鬼となります。
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