神示に関する文面14に進みます。
今回は、夜明けの巻 第三帖、第十一帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、岩戸ひらきが愈々開いたこと、そして愈々始まった旨を伝えています。
第三帖、では、
訳の判らん病ひどくなって来るので、書かしてある御神名 分けて取らして下さい。
とあります。
訳の判らん病が出て来る話はありましたが、こちらも進行形、近未来形となってきています。
その上で、書かしてある御神名、分けて取らして下さい、とあります。
人が分ける、というより、御自身で、分けて取ら(十〇)して頂く流れ、となってきています。
その上で、もう待たれんことにギリギリになってゐる、とお伝えされています。
第十一帖、では、
岩戸開きのはじめの幕 開いたばかり、とあります。
もう岩戸開きのはじめの幕、は開いたのです。
今度は、みづ(三⦿)逆さにもどりますから、人民の力ばかりでは成就しません。
とあります。三界和合から、逆さにもどるのです。ですから、人民の力ばかりでは成就しません。
奥の神界では済んでゐますが、中の神界では今最中です。
奥の神界では、もう済んだ状態ですが、中の神界、中津代以降、囚われの神以降はまだ途中、です。
また、時待って下さい。とあります。
此の道に進みますと、ドンドンと忙しくなっていきますが、
時々ですが、時待つ事が求められる時があります。
これも、体験していくとみます。
我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来ます。
この事で、慢心おそろしい、という事が判ってきます。
それでは、神示に関する文面14、をお伝えしますね。
1.夜明けの巻 第三帖 訳の判らん病ひどくなって来るので、書かしてある御神名 分けて取らして下さい。もう待たれんことにギリギリになってゐます。
Ⅰ.天の異変 気付けと申してある通りです。冬の次が春とは限らないとある通りです。
●天の異変 気付けと申してあろが、冬の次が春とは限らんと申してあろが。
天の異変 気付いて下さい。
空の異変、という事もありますが、・の異変です。
神の御心の異変です。
冬の次が、春とは限らない、とあります。
Ⅱ.夏 雪降ることもあります。それは、神が降らすのではなく、人民が降らしてゐます。
●夏 雪降ることもあるのざぞ。神が降らすのでないぞ、人民 降らすのざぞ。
夏に雪降ることもあります。
神が降らすのではなく、人民が降らすのです。
この文面は、当初からあった文面ですが、残っている以上は、この後、起こる可能性もまだまだある、という事です。
最近夏場、ヒョウが多いですが、大難が小難で、この程度で済めばいいですけどね。
Ⅲ.人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくようになっていきます。
●人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。
人民の邪気が凝りてきますと、天にも地にも、わけの判らん虫わきます。
ただ、これは、街中に行く程、起こってゐるという事もあります。
昔の京都のど真ん中ではそうでしたし、今現在は、地方に引っ越してから、周囲は可愛い虫が多いです。
発生する虫も、人民の邪気と比例するところがあります。
Ⅳ.訳の判らん病ひどくなって来るので、書かしてある御神名 分けて取らして下さい。
●訳の判らん病ひどくなって来るのざから、書かしてある御神名 分けて取らせよ。
マンデラ・エフェクト文面です。
訳の判らん病ひどくなって来る、とあります。このように近未来確定形で伝えるのは初めてです。
直近で気になるのは、動画中毒、ですね。スマホ中毒もちょっと加速気味です。
少し、洗脳レベルになってきているかもしれません。
書かしてある御神名、分けて取らせよ、とありますが、
これは、誰かが指示して取らすのではなく、御自身が、行を進めていく事で、分けて取らして頂くのではないか、とみます。
Ⅴ.旧九月八日までに何もかも始末しておいて下さい。心引かれる事残しておくと、詰まらん事がで詰まらん事になります。
●旧九月八日までに何もかも始末しておけよ。心引かれる事 残しておくと、詰らん事で詰らん事になるぞ。
旧九月八日までに、何もかも始末しておく事が求められます。
心引かれる事 残しておくと、詰まらん事で詰まらん事になります。
Ⅵ.もう待たれんことにギリギリになってゐます。
●もう待たれんことにギリギリになってゐる事 判るであろがな。
この文面も2025年頃から現れたマンデラ・エフェクト文面です。
もう待たれんことに、ギリギリになってゐる事 判るであろがな、とあります。
ですが、そいう思ってゐる方は、世の中では殆どいません。
此の道に進めば、天変地異系、また、戦争系が何度も書き換わっている事から、分かると思います。
更には、日々の出来事からも判ると思います。
2.夜明けの巻 第十一帖 岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりです。今度は、みづ(三⦿)逆さにもどります。奥の神界では済んでゐます。時待って下さい。
Ⅰ.岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりです。
●岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりです。
こう明確に、岩戸開きのはじめの幕、開いたばかり、と伝えて頂けるのはとても嬉しく思います。
遂にその時にさしかかる事となりました。
Ⅱ.今度は、みづ(三⦿)逆さにもどりますから、人民の力ばかりでは成就しません。
●今度はみづ逆さにもどるのざから、人民の力ばかりでは成就せんぞ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
今度は、みづ(三⦿)逆さにもどるのですから、人民の力ばかりでは成就せん、とあります。
三界和合、逆さにもどるとは、三界が和す流れが次々進む、という事のようです。
新たな世界が生れる事とは、元の世界に戻るという事のようです。
Ⅲ.奥の神界では済んでゐますが、中の神界では今最中です。時待って下さい。
●奥の神界では済みてゐるが、中の神界では今最中ざ。時待てと申してあろが。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
奥の神界では、済みてゐるとあります。
中の神界では、今最中です。
時待て、と申してある通りです。
今現在、中の神界が動き始めている段階です。
Ⅳ.人民大変な取違ひしてゐます。次の世の型 急ぎます。
●人民 大変な取違ひしてゐるぞ。次の世の型 急ぐ急ぐ。
人民 大変な取違ひしてゐます。
この取違ひ、どこまでを指して、伝えてるのかがよく判りません。
いずれにしても、先の事が判らないからです。
次の世の型急ぐ急ぐ、とあります。
Ⅴ.神示読まずに、智や学でやろうとしても、いずれも、九分九厘で、終局(りんどまり)となります。
●神示読まないで智や学でやろうとて、何も、九分九厘で、終局(りんどまり)ぞ。
神示読まないで、智や学でやろうとて、何も九分九厘で、終局(りんどまり)、となります。
私も、当初は、学や智でやろうとしていましたが、確かに、人では超えられない壁にぶち当たります。
また、場合によっては、より苦しい目にも遭います。
私は此の道一本に絞るまで10年近く要しましたが、早う、我の改心を進めていく事が大切です。
永劫の喜び基軸で、思念から変えていく事が求められます。
実際、神示読みますと、次の段階の事を次々知らして来ますので、読む事は非常に重要です。
Ⅵ.我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来ます。ですが、簡単ではありません。慢心おそろしいです。
●我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来るぞ。慢心おそろしいぞ。
我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来ます。
ですが、この我(われ)が我(われ)ががとれたら、とありますが、中々難しいのです。
それ程、人の囚われは、簡単に無くす事、はできないからです。
慢心おそろしい、のは此の道に進んで行きますと、実感していきます。
3.まとめ
天の異変 気付けと申してある通りです。冬の次が春とは限らないとある通りです。
夏 雪降ることもあります。それは、神が降らすのではなく、人民が降らしてゐます。
人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくようになっていきます。
訳の判らん病ひどくなって来るので、書かしてある御神名 分けて取らして下さい。
旧九月八日までに何もかも始末しておいて下さい。心引かれる事残しておくと、詰まらん事がで詰まらん事になります。
もう待たれんことにギリギリになってゐます。
岩戸開きのはじめの幕 開いたばかりです。
今度は、みづ(三⦿)逆さにもどりますから、人民の力ばかりでは成就しません。
三界和合、から和す流れから逆さに戻る、とみます。
奥の神界では済んでゐますが、中の神界では今最中です。時待って下さい。
人民大変な取違ひしてゐます。次の世の型 急ぎます。
神示読まずに、智や学でやろうとしても、いずれも、九分九厘で、終局(りんどまり)となります。
我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来ます。ですが、簡単ではありません。慢心おそろしいです。
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