岩戸に関する文面① 神世とは、言挙げせぬ国のことで、言挙げず理屈なくし何もかも分かるのが、神の真の民です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

続いて、岩戸に関する文面をお伝えします。

岩戸以外に、磐戸、いわと、言答、これらを合わせますと全部で150以上になりますが、既に8割方は御伝えしておりますので、
残りの岩戸に関する文面をお伝えします。

今回、岩戸に関する文面①、は、上つ巻 第二十帖、です。

今回のマンデラ・エフェクトは、岩戸の開け方の一つとして、理屈の無い世、神世、言挙げせぬ国についてお伝えされています。

まず、理屈のない世に、神の世にして見せる、とあります。
現在は、まだ理屈が残っている世界ですが、理屈のない世へと移行していきます。

理屈の無い世、神世とは、言挙げせぬ国のことです。
言葉を挙げない世へと進んで行くようです。

神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かります。それが神の真の民、とお伝えされています。
ですから、言葉挙げずに、理屈なくして、何もかも分かる段階まで進みませんと、神の真の民、ではありません。結構な段階です。

上の者下に、落ちぶれた民 上になり、岩戸開けます。この事で、グレン、となります。

夜明け近づいたから、早う身魂のせんだくして呉れよ、として下さい。
かみの申すこと千に一つもちがひません。とあります。

夜明け、近づいてゐますので、早うの身魂のせんだくしていく事が求められます。

それでは、岩戸に関する文面①、をお伝えしますね。

1.上つ巻 第二十帖 理屈の無い世、神世とは、言挙げせぬ国のことです。神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かります。それが神の真の民、です。

Ⅰ.神が此の世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬはず、と申しますが、神には人のいふ善も悪もありません。

神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬ筈ぞと申す者 沢山あるが、神には人のいふ善も悪もないものぞ。

神が此の世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬはず、と申す者 沢山ありますが、神には、人のいふ善も悪もないのです。

弥栄、和する、祓ふ、が善、これらを乱すが悪です。

乱れた世とするならば、それは、御自身の我のままであり、それは囚われの世界を選択していた為に、
囚われの悪となり善となり、それそのものが実は悪であった事にも気づけて無かった事が原因です。

それは、御自身で選んだ世界、という事です。

Ⅱ.よく(四九)心に(九九六二)考へて見よ(三四)、としますと、何もかも分りて来ます。表の裏(ウ〇)は裏、裏の表は表、ちと誤れば分らんことになります。

よく心に考へて見よ、何もかも分りて来るぞ。表の裏は裏、裏の表は表ぞと申してあろうが、一枚の紙にも裏表、ちと誤まれば分らんことになるぞ、

よく(四九)心に(九九六二)考へて見よ(三四)とあります。
何もかも判りて来ます。

しきまきや、くにつつみ、によって、心を、くにつつみから、無から、二二の仕組を起こす事から、考えを経て、三が道、しきまきや、をまた起こしていく事で、分かってきます。

表の裏(ウ〇)は裏(ウ〇)、裏の表は表、です。

一枚の神にも裏表、ちと誤れば、分らんことになります。

ちと誤れば、という表現はマンデラ・エフェクト、とみます。

Ⅲ.神心になりましたら、何もかもハッキリ映りて来ます。理屈のない世、神の世にして見せる、とあります。

神心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ、そこの道理分らずに理屈ばかり申してゐるが、理屈のない世に、神の世にして見せるぞ。

神心になりましたら、何もかもハッキリ映りて来ます。
そこの道理分らずに、理屈ばかり申してゐる、とありますが、理屈のない世に、神の世にして見せるとあります。

この道に進みますと、理屈のない世、神の世へと進む事になります。

Ⅳ.理屈の無い世、神世とは、言挙げせぬ国のことです。神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かります。それが神の真の民、です。

言挙げせぬ国とはその事ぞ、理屈は外国のやり方、神の臣民言挙げずに、理屈なくして何もかも分かるぞ、それが神の真の民ぞ。

マンデラ・エフェクト文面ですね。

言挙げせぬ九二とは、その事です。

理屈は、外国のやり方、です。
神の臣民言挙げずに、理屈なくして、何もかも分かります。

それが神の真の民、です。

神の御用、行を継続しましたら、分かってきます。

Ⅴ.足許から鳥(十理)立ちます。十理(トリ)たちてあわてても何にもなりません。

足許から鳥が立つぞ、十理(トリ)たちてあわてても何んにもならんぞ、用意なされよ、上下にグレンと引繰り返るぞ。

足許から鳥(十理)が立ちます。

十理(トリ)たちてあわてても何にもならん、のです。
神の理がたってから、あわてても何もならんようになります。

用意なされよ(七三〇四)とあります。

上下グレンと引繰り返ります。

Ⅵ.上の者下に、落ちぶれた民 上になり、岩戸開けます。夜明け近づいてますら、早う身魂のせんだくして呉れよ、として下さい。かみの申すこと千に一つもちがひません。

上の者下に、落ちぶれた民 上になるぞ、岩戸開けるぞ、夜明け近づいたから、早う身魂のせんだくして呉れよ、加実の申すこと千に一つもちがはんぞ。

上の者下に、落ちぶれた民 上になります。

このようにして、岩戸開けます。

夜(四)明け近づいたから、早う身魂のせんだく、して呉れよ(九〇四)とあります。
くにつつみ、しきまきや、から生み出して下さい。

加実の申すこと千に一つもちがはん、とあります。

2.まとめ

神が此の世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬはず、と申しますが、神には人のいふ善も悪もありません。
弥栄、和する、祓ふ、が善、これらを乱すが悪です。

よく(四九)心に(九九六二)考へて見よ(三四)、としますと、何もかも分りて来ます。
しきまきや、くにつつみ、から、無から生れる、三が道、しきまきや、と経ますと何もかも分かりて来ます。

ですから、表の裏(ウ〇)は裏、裏の表は表、ちと誤れば分らんことになります。

このように神心になりましたら、何もかもハッキリ映りて来ます。
そこの道理分らずに、理屈ばかり申してゐる、とありますが、
理屈のない世、神の世にして見せる、とあります。

理屈の無い世、神世とは、言挙げせぬ国のことです。
神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かります。
それが神の真の民、と申されてゐます。

足許から鳥(十理)立ちます。
十理(トリ)たちてあわててからでは何にもなりません。

上の者下に、落ちぶれた民 上になり、岩戸開けます。
夜明け近づいていますから、早う身魂のせんだくして呉れよ、として下さい。
かみの申すこと千に一つもちがひません。

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