御用に関する文面⑩になります。
今回は、黄金の巻(コガネの巻)第四十一帖、第七十九帖、第九十一帖、秋の巻 第十四帖、の四つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、
黄金の巻(コガネの巻)第四十一帖、では、
こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐます。とあります。
八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助ける話は当初よりありましたが、こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、めぐり取って御用さす話は初めてです。こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた、生命を助けた者は、めぐりを取って御用さす段階になってゐます。
第七十九帖、では、
その場で荷物(二母、五三)を持たすやうになるから、心、入れかへ奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておいて下されよ。とあります。
心、入れかへ、奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておく段階になってゐます。
第九十一帖、では、
愛の人間は深く、智の人間は広く進み、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組。
とあります。
愛と智、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄する仕組み、と伝えています。
愛と智、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、までは以前よりありましたが、結んで弥栄する仕組み、という話は初めてです。また、よく見ますと、経(タテ)と緯(ヨコ)、経はヨコのはずで、緯はタテのはずですが、これが、結んで弥栄する仕組みを意味していそうです。
ですが、その後の、この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなり、草木に変へます。自ら成り下ります。
という話はまだ消えていません。まだまだ油断ができません。
秋の巻 第十四帖、では、
しめたり、ゆるめたり、呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事あります。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。ジッとしてゐる善は善ではありません。とあります。
呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事がある話は、初めてで、善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出る事。
悪の御用の話が更に詳細に変わっています。
ジッとしてゐる善は善ではない事を伝えられてゐます。
それでは、御用に関する文面⑩をお伝えしますね。
- 1.黄金の巻(コガネの巻)第四十一帖 こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐます。
- 2.黄金の巻(コガネの巻)第七十九帖 その場で荷物(二母、五三)を持たすやうになるから、心、入れかへ奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておいて下されよ。として下さい。
- 3.黄金の巻(コガネの巻)第九十一帖 愛の人間は深く、智の人間は広く進み、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組です。この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなり、草木に変へます。
- 4.秋の巻 第十四帖 しめたり、ゆるめたり、呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事あります。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。ジッとしてゐる善は善ではありません。
- 5.まとめ
1.黄金の巻(コガネの巻)第四十一帖 こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐます。
Ⅰ.こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐます。
●このほうの許へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐるのぞ。奉仕せよ。どんな御用も勇んで勉めよ。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、いるというのは以前からありましたが、その後、こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、めぐり取って御用さしてゐる、とまではありませんでした。
こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引き寄せた人民は、めぐり取って御用さしてゐる、段階です。
ですから、どのような事も、奉仕し、どんな御用も勇んで勉めよ、とあります。
つとめよ、が、勉めよ、という漢字は初めて、と見ます。
Ⅱ.肚(八〇)に手(四四)あてて考へて見ますと、成程なあと思ひあたり、喉元すぎて忘れて居らう、とお伝えされています。
●肚に手あてて考へて見よ。成程なあと思ひあたるであらうが。喉元すぎて忘れて居らうが。かのととり。
以前にあった文面のままです。ですが、上記の文面の流れで意味もまた変わっています。
肚(八〇)に手(四四)あてて考へて見よ。成程なあと思ひあたるであらうが。喉元すぎて忘れて居らうが。とあります。
段階が進みますと、神様を生み出した、しきまきや、からそれが判ってきます。
一度二度命を助けて頂くだけでなく、こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引き寄せた人民、めぐり取って御用さしてゐる事まで、思ひあたることが求められてゐます。
2.黄金の巻(コガネの巻)第七十九帖 その場で荷物(二母、五三)を持たすやうになるから、心、入れかへ奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておいて下されよ。として下さい。
Ⅰ.その場で荷物(二母、五三)を持たすやうになるから、心、入れかへ奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておいて下されよ。として下さい。
●心、入れかへ奥山へ参りて、その場で荷物を持たすやうになるから、ミタマを十分磨いておいて下されよ。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
心、入れかへ奥山へ参りて、その場で荷物を持たすやうになるから、ミタマを十分磨いておいて下されよ、
とあります。
当初は、その場で荷物を持たすだけでしたが、今では、心、入れかへ奥山へ参る、前提となってゐます。
心、入れかへ、奥山に参りて下さい。
Ⅱ.神が力添へるから、どんな見事な御用でも出来るようになっている、とお伝えされてゐます。
●神が力添へるから、どんな見事な御用でも出来るのであるぞ。
神が力添へるから、どんな見事な御用でも出来るようになっている、とお伝えされてゐます。
3.黄金の巻(コガネの巻)第九十一帖 愛の人間は深く、智の人間は広く進み、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組です。この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなり、草木に変へます。
Ⅰ.愛の人間は深く、智の人間は広く進み、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組です。
●愛の人間は深く、智の人間は広く進むぞ。経(タテ)と緯(ヨコ)であるぞ。二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組。
愛の人間は深く進み、智の人間は広く進むようになってゐます。
経(タテ)と緯(ヨコ)です。
この後が、マンデラ・エフェクト文面と見ます。
二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組です。
二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組、というのは初めてです。
よく見ますと、経(タテ)と緯(ヨコ)、経はヨコのはずで、緯はタテのはずですが、これは、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組、になっているのかもしれません。
Ⅱ.この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなります。草木より役に立たんものとなります。
●経のみでならん。緯のみでならん。この世に生れてはこの世の御用、この世の行せねばならん道理。この世に生れて、この世の行せねば、生れた時より悪くなるぞ。草木より役に立たんものとなるぞ。
経のみでならん。緯のみでならん。ように成ってゐます。
この世に生れてはこの世の御用、この世の行せねばならん道理。とあります。
この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなります。
草木より役に立たんものとなります。
Ⅲ.草木に変へると申してあります。神が変へるのではなく、自分で成り下がります。
●草木に変へると申してあらう。神が変へるのでない。自分でなり下がるのであるぞ。判りたか。
この世の行せねば、草木に変へる、と申してある通りです。
神が変へるのではなく、自分で成り下がるのです。
判りたか、とあります。まだ、この文面が消えてないので、要注意です。
4.秋の巻 第十四帖 しめたり、ゆるめたり、呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事あります。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。ジッとしてゐる善は善ではありません。
Ⅰ.グッとしめたり、ゆるめたりして呼吸しなければならん、とあります。其処に政治のうごきあり、経済の根本あります。
●グッとしめたり、ゆるめたりして呼吸しなければならん。其処に政治のうごきあるぞ。経済の根本あるぞ。
グッとしめたり、ゆるめたりして呼吸しなければならん、ように成ってゐます。
其処に政治のうごきあります。
経済の根本あります。
Ⅱ.呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事あります。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。
●逆にしめる事もあるぞ。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出るのぢゃ。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
しめる事もあります。そこに、うごきある為です。
善と申し、悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。
このように、悪の御用について、詳細に伝えられ始めました。
Ⅲ.じっとしてゐてはならん。ように成ってゐます。ジッとしてゐる善は善ではありません。
●じっとしてゐてはならん。ジッとしてゐる善は善でないぞ。
じっとしてゐてはならん、ように成ってゐます。
ジッとしている善は善ではありません。
(ただし、考えた上で、今はしない、動かない、という選択が善であることあります)
絶えず動いて、弥栄する事が善、です。
5.まとめ
こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引寄せた人民、八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、めぐり取って御用さしてゐます。
こ(九)のほ(⦿)うの許(⦿)へ引き寄せた人民は、めぐり取って御用さしてゐる、段階です。
ですから、どのような事も、奉仕し、どんな御用も勇んで勉めよ、とあります。
肚(八〇)に手(四四)あてて考へて見ますと、成程なあと思ひあたり、喉元すぎて忘れて居らう、とあります。
段階が進みますと、神様を生み出した、しきまきや、からそれが判ってきます。
その場で荷物(二母、五三)を持たすやうになるから、心、入れかへ奥山へ参りて、ミタマを十分磨いておいて下されよ。として下さい。
心、入れかへ奥山へ参る、前提となってゐます。
このことで、神が力添へるから、どんな見事な御用でも出来るようになっている、とお伝えされてゐます。
愛の人間は深く、智の人間は広く進み、経(タテ)と緯(ヨコ)、二つが織りなされて、結んで弥栄える仕組です。
この世に生まれて、この世の行せねば、生れた時より悪くなります。草木より役に立たんものとなります。
草木に変へると申してあります。神が変へるのではなく、自分で成り下がります。
まだこの文面が消えてませんので、要注意です。
グッとしめたり、ゆるめたりして呼吸しなければならん、とあります。其処に政治のうごきあり、経済の根本あります。
呼吸、うごき、ある時、逆にしめる事あります。善と申し悪の御用と申すことの動き、そこから出ます。
絶えず動き、呼吸し、弥栄する事が善、です。
じっとしてゐてはならん。ように成ってゐます。ジッとしてゐる善は善ではありません。
(ただし、考えた上で、今はしない、動かない、という選択が善であることあります)
絶えず動いて、弥栄する事が善、です。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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