生死に関する文面12 動かん中にもしきまきや、はあります。祈り、考へ、働きの三つ揃はねばなりません

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

生死に関する文面12、に進みます。

今回は、夏の巻 第六帖、第十四帖、第二十四帖、の三つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクトは、動きについて、思念界からの書き換えについて、詳細化しています。

第六帖、では、
ほんとうにモノを見(三)、きき(二二)、味はい、消化して行かなならんようになってゐる、
事をお伝えされています。

三が道、しきまきや、を味わい、消化していく事が求められてます。

地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになってゐます。
地震の巻に同様の内容がありましたが、具体的な内容が、夏の巻にも現れ始めました。

第十四帖、では、
よ(四)せては返し、よ(四)せては返し生きてゐます。
しきまきや、は動く中だけでなく、動かん中でも、しきまきやはあるのです。

この事で、始の始と、始が違ひます。
後になるほどよくなります。

終わりの中に始め、がある、と伝えられてゐます。
このように、終わりの中に始めがあるのは、始の始、始、が違う為です。

祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん。ように成ってゐる事をお伝えされています。
三つ揃ふ話でも、祈り、考へ、働き、になったのは初めて、と見ます。

第二十四帖、では、
毒とするか薬とするか、立場、考へ、処理方法、いろいろの運び方によってし(四)るのですから、心せねばなりません。
とあります。

し(四)る、というのが初めてで、それは、こういったものでもしきまきや、は起こせる、という意味が一つあります。

「今」に一生懸命になりて下されよ。として下さい。

「今」とは、過去、未来、和したものです。

それでは、生死に関する文面12、をお伝えしますね。

1.夏の巻 第六帖 ほんとうにモノを見(三)、きき(二二)、味はい、消化して行かなならんようになってゐます。地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになってゐます。

Ⅰ.ほんとうにモノを見(三)、きき(二二)、味はい、消化して行かなならんようになってゐます。

ほんとうにモノを見、きき、味はい、消化して行かなならんぞ。

マンデラ・エフェクト文面です。

ほんとうにモノを見(三)て、きき(二二)、味はい、消化して行かなならん状況となります。

ほんとうにモノを見るには、三が道、しきまきや、この事を味はい、消化して行かなならん状況です。

Ⅱ.地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになってゐます。

地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになっていると申してあろうが。

続いて、表現が変わったマンデラ・エフェクト文面です。

地の上にあるもの、人間のすること、その総ては、霊界で同じことになってゐると申してある通りです。

地震の巻では、霊界と現界は同じ表裏一体の話はありましたが、もっと砕いて伝えてゐるのは初めて、と見ます。

Ⅲ.まず霊の世界の動きが大切です。霊の食物、霊の生活、求める人民少ないですが、これでは片輪車、となります。

先づ霊の世界のうごき大切。霊の食物、霊の生活、求める人民 少ないのう。これでは、片輪車、いつまでたってもドンテンドンテンじゃぞ。

先ず霊の世界の動き、が大切です。
霊界、キ、が先だからです。それは、この三次元世界でも同じです。

霊の食物、霊の生活、求める人民 少ないのう。とありますが、
実際、これを求める方、殆どいません。

食べられて喜ぶ食べ物ばかり食べると喜びの世界に移行しますが、それは、菜食、にあります。
これが、永劫に喜びを生み出す生活、となって行きます。

ですが、肉食をし、自己犠牲の世界を喜んで選択している方が圧倒的多数です。

また、霊の食物、霊の生活とは、〇の食物、〇の生活でもあり、新たな世界を生み出す食物、生活、の事でもあります。

これでは、片輪車、いつまでたってもドンテンドンテン、ですが、そのドンテンドンテン、を選択する方が殆どです。

Ⅳ.そのものを見て、そのものに接して、下肚がグッと力こもってくるものはよいもの、ほんものです。

●そのものを見、そのものに接して下肚がグッと力こもってくるものはよいもの、ほんものであるぞ。

そのものを見て、そのものに接して、下肚がグッと力こもってくるものは、よいもの、ほんものです。

実際には、中々体験しませんが、それが故、その体験をした時は返ってわかりやすいかな、と思います。

Ⅴ.キは総てのものに流れます。信仰は理智的にも求められます。まったき情です。

キは総てのものに流れ込むもの。信仰は理智的にも求められる、完き情である。

キは総てのものに流れ込むもの、とあります。

信仰は、理智的にも求められます。

まったき情です。

Ⅵ.真理を理解するのが、早道、確信となります。

真理を理解するのが早道。確信となるぞ。

真理を理解するのが、早道、確信となります。

嬉しきビックリ、小さいところから起こして下さい。
日々、継続していきますと、その規模が大きくなり、周囲に現れ始めます。

2.夏の巻 第十四帖 よせては返し、よせては返し生きてゐます。動かん中でも、しきまきやはあり、動いてもしきまきや、はあります。

Ⅰ.上にたつ程、働かねばならん、ようになってゐます。働くには、キ頂かねばならんようになってゐます。キから力生まれます。

上にたつ程働かねばならん。働いても力はへらん。働くにはキ頂かねばならん。キから力生れるのであるぞ。

上にたつ程働かねばならん、ようになってゐます。

働いても、力はへらん、ようになってゐます。

働くには、キ頂かねばならんようになってゐます。

キ、から力生まれるのです。

Ⅱ.働くと申しても、動くばかりではありません。動かんのも働き、動くのも働き、です。よく心得て下さい。

働くと申して動くばかりでないぞ。動かんのも働き、動くのも働き、よく心得よ。

働くと申しても、動くばかりではありません。

動かんのも働き、です。

動かんことで働く事も沢山あります。任せきるはその一つです。

動くのも働き、です。

よく心得よ、とあります。

Ⅲ.よ(四)せては返し、よ(四)せては返し生きてゐます。動かん中でも、しきまきやはあり、動いてもしきまきや、はあります。

よせては返し、よせては返し生きてゐるのであるぞ。

マンデラ・エフェクト文面です。

よ(四)せては返し、よ(四)せては返し生きてゐるのです。

実は、動かん中でも、しきまきやはあり、動いてもしきまきや、はあります。
任せきる、相手に動いてもらう、は一つ重要です。私は、水、大気、菌には、任せきることをしてゐます。

Ⅳ.始の始と、始めが違ひます。後になるほどよくなります。終わりの中に始めあります。

始の始と始が違ふぞ。後になるほどよくなるぞ。終りの中に始めあるぞ。

これも、マンデラ・エフェクト文面ですね。

始の始、と、始の違いをここまで具体的に伝えるのは初めて、と見ます。

始の始と始が違ふとあります。

後になるほどよくなります。

終わりの中に始めあります。

その始めは、また次の終りを作ります。
その間に、よ(四)せては返し、です。

この繰り返しです。

Ⅴ.祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん。ように成ってゐます。

祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん。

最後も、マンデラ・エフェクト文面です。

祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん、ように成ってゐます。

最後の、この三つの揃ふは初めての組み合わせ、と見ます。
祈り(行じ、省みる、その上での祈り)だけでなく、考へ、働き、総て大切です。

3.夏の巻 第二十四帖 毒とするか薬とするか、立場、考へ、処理方法、いろいろの運び方によってし(四)るのですから、心せねばなりません。

Ⅰ.すべての世の中の出来ごとは、それ相当に意義あります。意義ないものは存在ゆるされん、とあります。

すべて世の中の出来ごとはそれ相当に意義あるのであるぞ。意義ないものは存在ゆるされん。

すべて世の中の出来ごとは、それ相当に意義あります。
意義ないものは存在ゆるされん、ことになります。

ですから、存在しているものには、必ず、新たな世界を生み出す元があるのです。
そして、時間かかるケースもありますが、必ず解決の道は存在してゐます。

Ⅱ.人間心で、邪と見、悪と感じ、狭い低い立場でゐますと、いつまでたってもドウドウめぐり、です。

それを人間心で、邪と見、悪と感ずるから、狭い低い立場でゐるから、いつまでたってもドウドウめぐり。

それを人間心で、邪と見、悪と感ずるから、狭い低い立場でゐるから、いつまでたっても、ドウドウめぐり、となるのです。

ですが、ドウドウめぐり、でも、土ウ土ウめぐり、としていけば、無限の立体に進みます。
カミヒト、として生み出して下さい。

Ⅲ.毒とするか薬とするか、立場、考へ、処理方法、いろいろの運び方によってし(四)るのですから、心せねばなりません。

それを毒とするか薬とするかは各々の立場により、考へ方や、処理方法や、いろいろの運び方によってしるのであるから、心せねばならんぞ。

マンデラ・エフェクト文面、と見ます。

それを毒とするか薬とするかは、各々の立場により、考へ方や、処理方法や、いろいろの運び方によってし(四)るのであるから、心せねばならん、とあります。

元々2024年頃現れた文面とはみますが、最後にいろいろの運び方によってし(四)る、というのは追加のマンデラ・エフェクト、と見ます。

常々、しきまきや、から解決の道は存在してゐます。

Ⅳ.「今」に一生懸命になりて下されよ。として下さい。

「今」に一生懸命になりて下されよ。

「今」というのがマンデラ・エフェクト文面です。

「今」に一生懸命になりて下されよ。とありますが、
段階が低い内は、今現在だけしか見ず、過去を省みない傾向になります。
そして、不都合な未来は見ず、われよしの、未来だけを求めている傾向強いです。

今とは、過去と未来と和した中での「今」です。

神界、幽界、現界と和した中での「今」です。

これらを無きものにしますと、われよし、囚われ、となり、苦しむもとになります。

「今」に一生懸命になりて(七理、四四)下されよ(九、裏十、三、〇、四)、とあります。

三界和合の中で、一生懸命に、もう一段上の無、しきまきや、から、くにつつみ、裏の神様より、三が道から、新たな世を生み出す事にあります。

4.まとめ

ほんとうにモノを見(三)、きき(二二)、味はい、消化して行かなならんようになってゐます。
ほんとうにモノを見るには、三が道、しきまきや、この事を味はい、消化して行かなならん状況です。

地の上にあるもの、人間のすること、その総ては霊界で同じことになってゐます。

まず霊の世界の動きが大切です。
霊の食物、霊の生活、求める人民少ないですが、これでは片輪車、となります。
ですが、その選択をしている方が殆どです。

そのものを見て、そのものに接して、下肚がグッと力こもってくるものはよいもの、ほんものです。

キは総てのものに流れます。信仰は理智的にも求められます。まったき情です。
真理を理解するのが、早道、確信となります。

上にたつ程、働かねばならん、ようになってゐます。働くには、キ頂かねばならんようになってゐます。
キから力生まれます。

働くと申しても、動くばかりではありません。動かんのも働き、動くのも働き、です。よく心得て下さい。

よ(四)せては返し、よ(四)せては返し生きてゐます。
動かん中でも、しきまきやはあり、動いてもしきまきや、はあります。

始の始と、始めが違ひます。後になるほどよくなります。終わりの中に始めあります。

祈り、考へ、働きの三つ揃はねばならん。ように成ってゐます。
祈り(行じ、省みる、その上での祈り)だけでなく、考へ、働き、総て大切です。

すべての世の中の出来ごとは、それ相当に意義あります。意義ないものは存在ゆるされん、とあります。
存在しているものには、必ず、新たな世界を生み出す元があるのです。

人間心で、邪と見、悪と感じ、狭い低い立場でゐますと、いつまでたってもドウドウめぐり、です。
カミヒト、として生み出して下さい。

毒とするか薬とするか、立場、考へ、処理方法、いろいろの運び方によってし(四)るのですから、心せねばなりません。

「今」に一生懸命になりて下されよ。として下さい。
過去、未来、と和して下さい。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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