神に関する文面25、最後になります。
併せて、1年半以上継続してきました毎日の投稿も最後になるようです。
今回は、極め之巻 第十六帖、至恩之巻 第七帖、補巻 紫金之巻 第十二帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、教はなくなり、元の道が光り輝く、惟神(かんながら)の道を伝えており、いよいよ、夜明け近づいている旨をお伝えされています。
極め之巻 第十六帖、では、
頭さげて低うなって見なされよ、として下さい。必ず高い所から流れてきます。
神のめぐみは水(三⦿)のように淡々として低きに流れて来ます。
頭下げて低うなると、必ず高い所から流れる、という確定形の内容ですから、頭を下げる事が求められてゐます。
自分が自分にだまされんように心して下されよ、とあります。善悪をきめて苦しまないようにして下さい。
前の段階が悪なので、善悪は常々、変っていきます。無限に弥栄していきます。
世界の片端浜辺から いよいよが起って来ています。夜明け近づいています。
いよいよ目前、となってゐます。
至恩之巻 第七帖、では、
根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄しました。
別天津神(ことあまつかみ)五柱です。五が天です。
別天津神(ことあまつかみ)五柱、五が天、として現れる段階です。
五は数です。転じて十となりますが、動き栄へるには+と-の神が現われねばならん、とあります。
これが中を取り持つ二柱の神、です。+と-の神が現れる事が求められている段階です。
補巻 紫金之巻 第十二帖、では、
ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジです。
ヨコ、タテの動きが和する段階です。
教はなくなり、元の道が光り輝きます。これを惟神(かんながら)の道と申します。とあります。
愈々、教がなくなり、元の道が光り輝く惟神(かんながら)の道が現れる段階です。
それでは、神に関する文面25、をお伝えしますね。
1.極め之巻 第十六帖 頭さげて低うなって見なされよ、として下さい。必ず高い所から流れてきます。世界の片端浜辺から いよいよが起って来ています。夜明け近づいています。
Ⅰ.頭さげて低うなって見なされよ、として下さい。必ず高い所から流れてきます。神のめぐみは水(三⦿)のように淡々として低きに流れて来ます。
●頭さげて低うなって見なされよ、必ず高い所から流れてくるぞ。高くとまっているから流れて来んのぢゃ、神のめぐみは水のように淡々として低きに流れて来るぞ、
マンデラ・エフェクト文面です。
頭さげて低うなって見なされよ、とあります。
必ず高い所から流れて来るぞ、とあります。
以前は、流れてくるぞ、程度の話でしたが、必ず、が新たに付きました。
高くとまっているから流れて来ない、とあります。
神のめぐみは水(三⦿)のように淡々として低きに流れてきます。
頭を下げるには、三界和合をしていく事が求められるところもあります。
今回は、必ず頭を下げる前提のような話になって来てゐます。
Ⅱ.自分が自分にだまされんように心して下されよ、とあります。善悪をきめて苦しまないようにして下さい。
●自分が自分にだまされんように心して下されよ、善悪をきめて苦しんで御座るぞ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
自分が自分にだまされんように心して下されよ、とあります。
善悪をきめて苦しんで御座る、とあります。
前の段階が悪なので、善悪は常々、変っていきます。新たに喜びの世界を生み出し実現する事が善です。
ですから、このことで、無限に弥栄していきます。
Ⅲ.世界の片端浜辺から いよいよが起って来ています。夜明け近づいています。
●世界の片端浜辺から いよいよが起って来たぞ、夜明け近づいたぞ。
最後もマンデラ・エフェクト文面です。
世界の片端浜辺から いよいよが起って来たぞ、とあります。
実際、既に、小さな動きはもう起こってきています。
夜明け近づいたぞ。とあります。
2.至恩之巻 第七帖 根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄します。別天津神(ことあまつかみ)五柱、転じて十となりますが、動き栄へるには+と-の神が現れねばならん、とあります。
Ⅰ.根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄しました。別天津神(ことあまつかみ)五柱です。五が天です。
●根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄したのであるぞ、別天津神(ことあまつかみ)五柱と申してあろうがな、五が天であるぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
根本の元の元の元の神は、〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄したのです。
別天津神(ことあまつかみ)五柱、と申してあります。
別天津神(ことあまつかみ)五柱、とは、根本の元の元の元の神から弥栄した姿です。
それには、こと(九十)が大切とみます。くにつつみ、から神を生み出して下さい。
それが五柱の神様ともなったようです。
五が天(・)です。
一旦の天もあるとみます。故に十柱となります。
Ⅱ.五は数です。転じて十となりますが、動き栄へるには+と-の神が現われねばならん、とあります。これが中を取り持つ二柱の神、です。
●五は数であるぞ、転じて十となるなれど、動き栄へるには+と-の神が現われねばならん、これが中を取り持つ二柱の神ぞ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
五は数です。転じて十となりますが、動き栄へるには、+と-の神が現われねばならん、のです。
これが、中を取り持つ二柱の神、です。
中を取り持つ二柱の神が現れる前提になってゐます。
それには、相手を意志し、理解するところから始まります。この事で悪と善と和する流れ、違う二者が和する前提、新たな世界を生み出す元となります。
3.補巻 紫金之巻 第十二帖 教はなくなり、元の道が光り輝きます。これを惟神(かんながら)の道と申します。
Ⅰ.ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジです。十と十と交わり和して百となり九十九と動きます。
●ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジであるぞ、十と十と交わり和して百となり九十九と動くのぞ。
前半は、2022年頃に起こったマンデラ・エフェクトです。
ですが、後半は直近、とみます。
ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジです。
十と十と交わり和して百となり九十九と動く、とあります。
久羅下那州多陀用弊流(くらげなすただよへる)は、国土が固まっていない前の状態。
宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)は、その状態から、芽生え立ち上がった神、が一般的な回答です。
ヨコの十、タテの十が交わり、和して百となり、さらに九十九、と動く段階です。
となりますと、国土そのもの、生れてくるもの。いずれも交わり、和して百となり、そして九十九となるなら、地球の組成そのものが変る段階に入ってゐるかもしれません。
Ⅱ.霊界には、過去、未来はなく、「今」があるのみ、これを中今(ナカイマ)と申します。
●過去も未来も霊界にはない、「今」があるのみ、これを中今(ナカイマ)と申すぞよ。
過去も未来も霊界にはありません。「今」があるのみです。
これが中今(ナカイマ)と申すとあります。
今とは、二二、九二、と現わす事ができ、二二の仕組から、くにつつみから生み出す、とも言えます。
それは、過去と和したものが、現在。それが、未来と和す事、和した未来が到来する事でもあります。
何故、生命あるうちに神の国の事知らずに、死んでから神の国行く事できん、と申されるのは、
過去の理解から、二二の仕組、くにつつみ、ができないからです。
Ⅲ.九柱は、火の神、キの神が無く、暗剣があり、総大将は、国常立大神です。
●竜宮の乙姫殿、日の出の神殿、岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の神殿、金神殿の九柱なり、総大将は国常立大神なり、このこと判りて下されよ、
竜宮の乙姫殿、日の出の神殿、岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の神殿、金神殿の九柱なり、総大将は国常立大神なり、このこと判りて下されよ、とあります。
十柱で無いのは、火の神、キの神、です。また、新たに現れてゐるのが、暗剣、です。
いわば火(⦿)の神、キの神、とは、暗剣、が元という事でもあります。闇ですね。
闇とは八三、三が道から神を生み出す元、それが、暗剣、であり、火(⦿)の神、キの神、です。
この事が、総大将、国常立大神、となる事をお伝えしている、とみます。
Ⅳ.教はなくなり、元の道が光り輝きます。これを惟神(かんながら)の道と申します。
●教はなくなるぞ、元の道が光り輝くぞ、これを惟神(かんながら)の道と申すぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
教はなくなります。
元の道が光り輝きます。
これを惟神(かんながら)の道と申します。
最後は、惟神(かんながら)の道、で締めくくりになりましたが、それは教が無くなる世界、七九成る世界です。
教は無くなるだけでなく、七九成る事が求められます。それによって無くなるとみます。
これが惟神(かんながら)(⦿ん七我〇)の道、です。
神の御心から、もう一段上の無と共に、この事を理解体験した、我から生み出す道へと進んで下さい。
4.まとめ
頭さげて低うなって見なされよ、として下さい。必ず高い所から流れてきます。
神のめぐみは水(三⦿)のように淡々として低きに流れて来ます。
必ず、頭をさげる、そのような段階です。
自分が自分にだまされんように心して下されよ、とあります。善悪をきめて苦しまないようにして下さい。
前の段階が悪なので、善悪は常々、変っていきます。
世界の片端浜辺から いよいよが起って来ています。夜明け近づいています。
根本の元の元の元の神は〇から一に、二に、三に、四に、五に弥栄しました。別天津神(ことあまつかみ)五柱です。五が天です。
こと(九十)が大切とみます。くにつつみ、から神を生み出して下さい。
五は数です。転じて十となりますが、動き栄へるには+と-の神が現われねばならん、とあります。これが中を取り持つ二柱の神、です。
ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジです。
十と十と交わり和して百となり九十九と動きます。
霊界には、過去、未来はなく、「今」があるのみ、これを中今(ナカイマ)と申します。
今は、二二の仕組から、くにつつみから生み出します。
九柱は、火の神、キの神が無く、暗剣があり、総大将は、国常立大神です。
火(⦿)の神、キの神、とは、暗剣、が元、闇から生み出します。その総大将が、国常立大神様です。
教はなくなり、元の道が光り輝きます。これを惟神(かんながら)の道と申します。
教は無くなるだけでなく、七九成る事が求められます。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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