仕組に関する文面30、に進みます。
今回は、ア火ハの巻(アホバの巻) 第七帖、第十帖、第十四帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、それぞれに起こってゐます。
第七帖、では、
ひふみにも、いろはにも、二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、あります。よく(四九)心得て下さい。とあります。
ひふみ、いろは、それぞれに、二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、の仕組があるのです。
この後、何彼の事、ひふみ、いろは、でやり変へとなります。
時節めぐりて上も下も花(八七)咲きます。
ひふみ(一二三)、いろは、が主となり、世界が変わります。
第十帖、では、
よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげます。
自分で自分がつとめあげる事が基軸です。
仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあります。
其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあります。
人の智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組です。人間心では出来ん仕組です。
智でない智を神が与へます。神人共にです。このようにして、つとめ上げたら他にない結構な御用となります。
第十四帖、では、
時節に従って、負けて勝ちます。負けが勝ちです。
負けて勝つ話は以前よりありましたが、時節に従う、という話が追加されました。
その時節は近づいて来てゐるようです。
それでは、仕組に関する文面30、をお伝えしますね。
1.ア火ハの巻(アホバの巻) 第七帖 何彼の事、ひふみ、いろは、でやり変へとなります。時節めぐりて上も下も花(八七)咲きます。
Ⅰ.ひふみにも、いろはにも、二十(ふとまに)、五十(いづら)、あります。よく(四九)心得て下さい。
●いやな事は我が血統に致さすなり、他人傷つけてはならんなり、ひふみにも二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、いろはにも二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、よく心得なされよ。
いやな事は我が血統に致さすなり、とあります。
他人を傷つけてはならんようになってゐます。
この後は初めての文面、と見ます。
ひふみにも二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、いろはにも二十
(ふとまに)、五十(
いづら)、
よく(四九)心得なされよ。とあります。
裏表の十の仕組の二十。七七四十九の仕組の五十、ひふみ、いろは、共にあります。
それが、二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、です。
Ⅱ.何彼の事、ひふみ、いろは、でやり変へとなります。時節めぐりて上も下も花(八七)咲きます。
●何彼の事ひふみ、いろはでやり変へるのぢゃ、時節めぐりて上も下も花咲くのぢゃぞ。
この文面は、マンデラ・エフェクト、と見ます。
何彼の事、ひふみ、いろは、でやり変へるのです。
ですから、ひふみ、いろは、を御用で進めていく事が求められます。
時節めぐりて、上も下も花咲くのです。
Ⅲ.誰によらず改心せなならんようになってゐます。此(九)の方さへ改心致したおかげで、今度の御働きできます。
●誰によらず改心せなならんぞ、この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ、
誰によらず、改心せなならんようになってゐます。
この方さへ、改心致したおかげで、今度の御働き出来るようになります。
Ⅳ.同じこと二度くり返す仕組、は何回も起こっていきます。この事よく(四九)腹に入れておいて下されよ、とあります。
●同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度、この神示 神と仏のふで。
同じこと二度くり返す仕組です。
この事よく(四九)腹に入れておいて下されよ、とあります。
今、私も二度目に入ってゐる行が始まってきています。
此の道に進みますと、同じこと二度、繰り返して行く事が求められます。
最後がマンデラ・エフェクト、と見ます。
同じこと二度、この神示 神と仏のふで、とあります。
2.ア火ハの巻(アホバの巻) 第十帖 智でない智を神が与へます。神人共にです。つとめ上げたら他にない結構な御用となります。
Ⅰ.よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげます。
●よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげるのぢゃ、
この文面は初めて、と見ます。
よき神には、よき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげます。
御自身の中にも良き神、悪き神ありますから、自分でそれぞれつとめあげる事が求められます。
Ⅱ.人になんと云はれても、腹の立つ様では御用六ヶ敷いです。腹立つのは慢心、とあります。
●人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ヶ敷いぞ、腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな。
人になんと云はれても、腹の立つ様では、御用六ヶ敷いです。
腹立つのは慢心、なのです。
ですが、誰もが、一度は此の道を通ります。
腹の立つ事に対して、御自身の我に向き合い変えて行く、我の改心が求められます。
Ⅲ.仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあります。其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあります。
●仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ、其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ。
仕組、途中でグレンと変わり、カラリと変る仕組してあります。
ここには、腹立つ状況も試される所があります。
ですから、我の改心が大切です。
この後が、新たな文面の繋がりと見ます。
其処に一厘の仕組、火水(⦿、三⦿)の仕組、富士(二二)と鳴門(七流十)の仕組、
結構々々大切致してあります。
Ⅳ.智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組です。人間心では出来ん仕組です。
●仕組変り変りて人民には判らんなり、よき世と致すのぢゃ、いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ、
仕組変り変りて、人民には判らんようになっています。
その上で、よき世と致します。
いくら智あっても、人間心では出来ん仕組です。
智捨てて、神にすがりて来ねば分らん仕組なのです。
Ⅴ.智でない智を神が与へます。神人共にです。つとめ上げたら他にない結構な御用となります。
●と云ふて人間世界は人間の智いるのぢゃ、智でない智を神が与へるぞ、神人共にと申してあろがな、つとめ上げたら他にない結構な御用。
と云ふて人間世界は人間の智いります。
その智が無くても、広める事、伝える事はできないからです。
この後は初めての文面と見ます。
智でない智を神様が与へるのです。
これは、人間の智でない、という意味が一つ判りやすいですが、更には、
智とは呼べないような智も与へるかもしれません。
ただ、それは、千人力が一つそうですし、嬉しきビックリマンデラ・エフェクトもそれになるかと見ます。
ですから、神人共に、と申してある通りです。
此の事を、つとめ上げましたら、他にない結構な御用、となります。
千人力を体験しますと、これは一段一段判っていく事となります。
3.ア火ハの巻(アホバの巻) 第十四帖 時節に従って、負けて勝ちます。負けが勝ちです。口先ばかりでなく、心からのお詫び結構いたしくれよ、としてください。
Ⅰ.時節に従って、負けて勝ちます。負けが勝ちです。
●今の世は頭と尻尾ばかり、肝腎の胴体ないから力出ないぞ。従ふ所へは従はなならんのざぞ、と申してあろ、時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか。
今の世は頭と尻尾ばかり、です。
肝腎の胴体ありませんから、力出ないようになってゐます。
従ふ所へは、従はなならんようになってゐるのです。
時節に従って、負けて勝つのです。負けが勝ち(火千)、なのです。
確かに負ける事によって、嬉しきビックリ、千人力が働く事があるようです。
時節に従って、という文面が、新たに追加された、と見ます。
Ⅱ.口先ばかりでなく、心からのお詫び結構いたしくれよ、としてください。許してよき方に廻して頂けます。
●お詑びすれば誰によらん、許してよき方に廻してやるぞ、口先ばかりでなく心からのお詑び結構いたしくれよ。
お詫びすれば、誰によらん、許してよき方に廻して頂けます。
これも、行を通じて、お詫びしていく流れがあると見ますが、それは、口先ばかりでなく、
心からのお詫び結構いたしくれよ(九〇四)、とあります。
これができるできないでも、進む世界は大きく変わっていきます。
Ⅲ.ダマシタ岩戸からは、ダマシタ神お出ましになります。ダマシテ無理に引っ張り出しての無理は、ヤミとなります。
●ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申してくどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、
ダマシタ岩戸からは、ダマシタ神様お出まし、です。と申してくどう知らしてある通りです。
ダマシて、無理に引っ張り出して無理するのが、無理ぞ、と申されてゐる通りです。
無理は、ヤミ、となるのです。
Ⅳ.こうなることは此の世の始めから判ってゐての仕組、です。心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。としてください。
●それでウソの世ヤミの世となって、続いてこの世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。
それでウソの世、ヤミの世となって、続いて此の世の苦しみ、となって来たのです。
無理してダマシテやるのが、苦しみ闇の世だったのです。
こうなることは、此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せておけ任せておけ、とあります。
これも、私は2022年に体験していきましたが、此の方に任せておく事が求められます。
神の道は無理なく、神の御心の通りに素直に進む仕組です。
4.まとめ
ひふみにも、いろはにも、二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、あります。裏表の十の仕組の二十。七七四十九の仕組の五十、ひふみ、いろは、共にあります。それが、二十
(ふとまに)、五十
(いづら)、です。よく(四九)心得て下さい。
何彼の事、ひふみ、いろは、でやり変へとなります。時節めぐりて上も下も花(八七)咲きます。
誰によらず改心せなならんようになってゐます。此(九)の方さへ改心致したおかげで、今度の御働きできます。
同じこと二度くり返す仕組、は何回も起こっていきます。この事よく(四九)腹に入れておいて下されよ、とあります。
よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげます。
御自身の中にも良き神、悪き神ありますから、自分でそれぞれつとめあげる事が求められます。
人になんと云はれても、腹の立つ様では御用六ヶ敷いです。腹立つのは慢心、とあります。
腹の立つ事に対して、御自身の我に向き合い変えて行く、我の改心が求められます。
我の改心が、仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあります。
其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあります。
智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組です。人間心では出来ん仕組です。
智でない智を神が与へます。神人共にです。つとめ上げたら他にない結構な御用となります。
時節に従って、負けて勝ちます。負けが勝ちです。
口先ばかりでなく、心からのお詫び結構いたしくれよ、としてください。許してよき方に廻して頂けます。
ダマシタ岩戸からは、ダマシタ神お出ましになります。ダマシテ無理に引っ張り出しての無理は、ヤミとなります。
無理からウソの世、ヤミの世となって、此の世の苦しみとなっています。こうなることは此の世の始めから判ってゐての仕組、です。
心配せずに、此の方に任せておけ任せておけ、としてください。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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