今回は、祓に関する文面③に進みます。
今回は、地(九二)つ巻 第八帖、です。
今回のマンデラ・エフェクトは、殆どないのですが、
今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、世界の大祓ひ、
とあります。
世界中の借銭を無くす事にあります。
それが、世界の大祓ひ、です。国債残高は、ゼロですし、昔からのメグリを全て無くします。
今の世界にあります、環境破壊、戦争、疫病、飢饉(貧困)、他災厄全てです。
それでは、祓に関する文面③をお伝えしますね。
- 1.地(九二)つ巻 第八帖 今度の世界中の戦(一九三)は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。
- Ⅰ.祓ひせよとは、借銭なし、めぐりなくすことです。昔からの借銭は誰にもあります。それはらふまでは誰によらず苦しみます。
- Ⅱ.借銭は人だけでなく、家ばかりでなく、国にもあります。世界中借銭なし、が何しても大望です。
- Ⅲ.今度の世界中の戦は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。お祓ひ祝詞は宣(の)(九一)りて下さい。
- Ⅳ.今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。ですから、きたなく映ると伝えられてゐます。
- Ⅴ.悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐます。これでは世界はきよまりません。
- Ⅵ.祝詞とはよむものではなく、宣る、いのる、なりきる、とけきる、事にあります。
- Ⅶ.祝詞は、神主だけでなく、皆の心得です。神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひ、とお伝えされています。
- 2.まとめ
1.地(九二)つ巻 第八帖 今度の世界中の戦(一九三)は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。
Ⅰ.祓ひせよとは、借銭なし、めぐりなくすことです。昔からの借銭は誰にもあります。それはらふまでは誰によらず苦しみます。
●祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。借銭なしとはめぐりなくすることぞ、昔からの借銭は誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは誰によらず苦しむのぞ、
祓ひせよ、と申してあることとは、何もかも借銭なしにする事です。
借銭なし、とはめぐりなくする事です。
苦を苦で無くす事です。
昔からの借銭は誰にもあるのです。
それ、はらってしまふまでは、誰によらず苦しみます。
今の、世の環境破壊、戦争、疫病、飢饉(貧困)、他災厄全て(殺人、自殺、サギ等)の状況が、昔からの借銭、という事なのです。
Ⅱ.借銭は人だけでなく、家ばかりでなく、国にもあります。世界中借銭なし、が何しても大望です。
●人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、国には国の借銭あるぞ。世界中借銭なし、何しても大望(たいもう)であるぞ。
それは、人ばかりではありません。家ばかりでもありません。
国には国の借銭あります。
世界中借銭なし、何しても大望(たいもう)です。
Ⅲ.今度の世界中の戦は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。お祓ひ祝詞は宣(の)(九一)りて下さい。
●今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、世界の大祓ひぞ、神主お祓ひの祝詞(のりと)あげても何にもならんぞ、お祓ひ祝詞は宣(の)るのぞ、今の神主 宣(の)ってないぞ、口先ばかりぞ、祝詞も抜けてゐるぞ。
これは初めて、の文面ですね。
今度は世界中の戦(一九三)は世界の借銭なしです。
世界の大祓ひです。
国債残高は半減のところまで現在来ましたが、世界中の債務もいずれ、総て無くす世への移行が求められます。
ですから、神主お祓ひの祝詞(のりと)あげてもどうにもならんのです。
お祓ひ祝詞は、の(九一)るのです。お祓い祝詞という単語は初めてかもですね。
今の神主は、の(九一)っていないのです。
くにつつみ、の初めもできていない、という事ですね。
ですから、口先ばかりです。
のりと(九一、理、十)も抜けてゐます。
九から、神の道が抜けたものなのです。
Ⅳ.今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。ですから、きたなく映ると伝えられてゐます。
●あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐるではないか、臣民の心にはきたなく映るであろうが、それは心の鏡くもってゐるからぞ。
今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。
ですから、臣民の心にはきたなく映るであろうが、とあります。
それは、心(九九六)の鏡がくもってゐるからです。
この文面からしますと、裏を返せば、祝詞では、あなはち、しきまきや、くにつ罪、総ての(九一)る事が前提のようにも言えそうです。
Ⅴ.悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐます。これでは世界はきよまりません。
●悪や学にだまされて肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐるでないか、これでは世界はきよまらんぞ。
悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで、骨抜きにしてゐるのです。
これでは、世界はきよまりません。
Ⅵ.祝詞とはよむものではなく、宣る、いのる、なりきる、とけきる、事にあります。
●祝詞はよむものではないぞ、神前で読めばそれでよいと思うてゐるが、それ丈では何にもならんぞ。宣るのざぞ、いのるのざぞ、なりきるのざぞ、とけきるのざぞ、
祝詞はよむものではなく、それだけでは何にもなりません。
のるのです。
九一、からです。くにつ罪、から始めます。
いのるのです。
まず、行じる事にあります。そして、省みる事にあります。
その上で、心・口・行の一致した上で神の御心を入れていきます。
この繰り返しです。すると、改心せざるを得ません。
なりきるのです。
一切、を意志し理解しようとする処にあります。
とけ(十気)きるのです。
相手、一切にとけきります。一切は御自身です。
神のキを、頂いて下さい。大神様のキを頂いて下さい。
このようにしていきます。
Ⅶ.祝詞は、神主だけでなく、皆の心得です。神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひ、とお伝えされています。
●神主ばかりでないぞ、皆心得ておけよ、神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひぞ。
それは、神主ばかりではないのです。
皆心得て下さい。
神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること、根本の大間違ひです。
2.まとめ
祓ひせよとは、借銭なし、めぐりなくすことです。
此の世の苦を苦で無くす事です。
昔からの借銭は誰にもあります。それはらふまでは誰によらず苦しみます。
借銭は人だけでなく、家ばかりでなく、国にもあります。世界中借銭なし、が何しても大望です。
今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。
ですから、きたなく映ると伝えられてゐます。
悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐます。これでは世界はきよまりません。
祝詞とはよむものではなく、
宣る、いのる、なりきる、とけきる、
事にあります。
祝詞は、神主だけでなく、皆の心得です。神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひ、とお伝えされています。
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