岩戸に関する文面⑬に進みます。
今回は、極め之巻 第七帖、第二十帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、岩戸ひらきの詳細として、皆一つ目、逆さ、にも関わらず、この神の肉体である事。
廻りくどくとも【とつぎ】の道から改めていく事で、ミトノマグハイとなり、そのことで、宮(まこと)が、十千、数真意、と進む事を伝えられ始めました。
第七帖、では、
今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も、皆一つ目です。
一方しか見へんから、世界のこと、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々、とお伝えされています。
今までの世に落ちてゐた神、世に出てゐた神、皆一つ目、という表現が初めてですね。
という事は、一切の存在が一つ目、とも取れます。
一方しか見へんから、世界のこと、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々、とあります。
早う改心して こ(九、光)の神について御座るのが一等、とお伝えされています。
そこで、この神について御座るのが一等、とあります。
外国の方が早う改心します。外(幽)国人とは逆の世界の人民のことです。神の目からは、世界の人民皆わが子、とお伝えされています。外国人とは逆の世界の人民、の事と、外国人の定義が明確になりました。
世界中 皆この神の肉体です。とあります。
世界、総て、皆、この神の肉体、という表現は初めてです。
元々、どのような存在でも、こ(九、光)の神でもある事を示されてゐます。
第二十帖、では、
三千世界の岩戸ひらきであるから、少しでもフトマニに違ってはならん、とあります。
2025年頃現れた内容ですが、少しもフトマニ違ってはならんのです。
廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、として下さい。
【とつぎ】の道は初めてです。神に継ぐ道、と言えます。
その上で、ミト(三十)ノマグハヒでなければ正しき秩序は生れん、とあります。
新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であるぞ、住所(数真意)(すまい)であるぞ、とあります。
以前は、新しき世界の「宮」が無かった為に、単に土壌の話として捉える事ができてましたが、
今回は、宮(まこと)ですから、思念的なものや、千人力、神の御心、カミヒトを指している所もあるとみます。
永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)です。下には永遠の腕(宇丁)(うで)があります。
住む土地、永遠の腕、とは、何か空間的なものではなく、永劫の喜びそのもの、な感じですね。
それでは、岩戸に関する文面⑬をお伝えしますね。
1.極め之巻 第七帖 今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も、皆一つ目です。一方しか見へんから、世界のこと、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々です。
Ⅰ.今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も、皆一つ目です。一方しか見へんから、世界のこと、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々です。
●今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も皆一つ目ぢゃ、一方しか見へんから、世界のことは、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々ぢゃ、
マンデラ・エフェクト文面ですね。
今までに世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も皆一つ目です。
一つ目のお化けのような例えは、初めてです。(笑)
一方しか見へんから、世界のことは逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々、です。
一つ目のお化け、一方しか見へんから、逆の世界のことは判らんいから、今度の岩戸ひらきの御用は中々、です。
Ⅱ.早う改心して こ(九、光)の神について御座るのが一等です。
●早う改心して こ(九、光)の神について御座るのが一等であるぞ。
これも、マンデラ・エフェクト文面ですね。
早う改心して こ(九、光)の神について御座るのが一等、とあります。
此の道、ひ⦿理の神、くにつつみ、から生み出す神様にについて御座るのが一番、楽に進みます。
Ⅲ.外国の方が早う改心します。外(幽)国人とは逆の世界の人民のことです。神の目からは、世界の人民皆わが子、です。
●外国の方が早う改心するぞ、外(幽)国人とは逆の世界の人民のことであるぞ。神の目からは世界の人民、皆わが子であるぞ。
外国の方が早う改心します。
この後が、マンデラ・エフェクト文面ですね。
外(幽)国人とは逆の世界の人民のことなのです。
外国人の定義を明確にされました。
実際、最近、逆さま、逆の世界、という表現が増えて来ています。
神の目からは世界の人民、皆わが子、です。
Ⅳ.世界中 皆この神の肉体です。この神には、何一つ判らん、出来んと申すことありません。どんなことでも致して見せるとあります。
●世界中 皆この神の肉体ぞ、この神には何一つ判らん、出来んと申すことないのぢゃ。どんなことでも致して見せるぞ。
出だしが、マンデラ・エフェクト文面です。
内容は以前からあったように見ますが、表現の仕方が変わっています。
世界中 皆この神の肉体です。
この神には何一つ判らん、出来んと申すことないのです。
どんなことでも致して見せる、とあります。
但し、神の御心に沿っている事が前提です。
2.極め之巻 第二十帖 新しき世界の宮は土地(神智)(十千)、住所(数真意)(すまい)です。永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)です。下には永遠の腕(宇丁)(うで)があります。
Ⅰ.三千世界の岩戸ひらきですから、少しでもフトマニに違ってはなりません。
●今の学者には今の学しか判らん、それでは今度の岩戸ひらきの役にはたたん、三千世界の岩戸ひらきであるから、少しでもフトマニに違ってはならんぞ。
今の学者には今の学しか判らん、ようになってゐます。
それでは、今度の岩戸ひらきの役にはたたん、とあります。
この後は、2024年頃現れたマンデラ・エフェクトです。
三千世界の岩戸ひらきであるから、少しでもフトマニに違ってはならん、のです。
Ⅱ.廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、として下さい。ミトノマグハヒでなければ正しき秩序は生れません。
●廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、出舟の港は夫婦からぢゃと申してあろう、ミトノマグハヒでなければ正しき秩序は生れんぞ、
マンデラ・エフェクト文面です。
廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、とあります。
とつぎは、十継ぎ、ですし、神を継ぐ道です。そこから改めなされよ(七三〇四)とする事が大切です。
出舟の港は夫婦からです。
ミトノマグハヒでなければ、正しき秩序は生まれません。
Ⅲ.素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが判らねば、岩戸はひらけません。
●素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが判らねば、岩戸はひらけんぞ。
これは、徐々にに明確化されてきていますが、素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが分からねば、岩戸はひらけんようになっています。
Ⅳ.新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であるぞ、住所(数真意)(すまい)です。
●新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であるぞ、住所(数真意)(すまい)であるぞ、
これもマンデラ・エフェクト文面ですね。
新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であり、住所(数真意)(すまい)。とあります。
世界の宮、まことの者が土地、神智、十千、です。神の千人力です。
住所(数真意)(すまい)、です。住む処は、数の真意、ですし、⦿の真一、です。
以前は、新しき世界の「宮」が無かった為に、単に土壌の話として捉えてましたが、
今回は、宮(まこと)ですから、思念的なものや、千人力、神の御心、カミヒトを指している所もあるとみます。
Ⅴ.永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)です。下には永遠の腕(宇丁)(うで)があります。
●永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)であるぞ、下には永遠の腕(宇丁)(うで)があるぞ。
土地(神智)(十千)、住所(数真意)(すまい)は、永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)です。
下には永遠の腕(宇丁)(うで)があります。
3.まとめ
今まで世に落ちてゐた神も、世に出てゐた神も、皆一つ目です。
一方しか見へんから、世界のこと、逆の世界のことは判らんから、今度の岩戸ひらきの御用は中々です。
早う改心して こ(九、光)の神について御座るのが一等です。
外国の方が早う改心します。
外(幽)国人とは逆の世界の人民のことです。
神の目からは、世界の人民皆わが子、です。
世界中 皆この神の肉体です。
この神には、何一つ判らん、出来んと申すことありません。
どんなことでも致して見せるとあります。
但し、神の御心に沿っている事が前提です。
今の学者には今の学しか判りません。それでは今度の岩戸ひらきの役にはたたん、とあります。
三千世界の岩戸ひらきですから、少しでもフトマニに違ってはなりません。
廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、として下さい。
出舟の港は夫婦から、であり、ミトノマグハヒでなければ正しき秩序は生れません。
素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが判らねば、岩戸はひらけません。
新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であり、住所(数真意)(すまい)です。
永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)です。
下には永遠の腕(宇丁)(うで)があります。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

