生死に関する文面15 さばき説く宗教はフニャフニャ腰となり、戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面となります

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

生死に関する文面15、に進みます。

今回は、星座之巻 第二十五帖、龍音之巻 第五帖、の二つの文面です。です。

今回のマンデラ・エフェクトは、さばき説く段階は終わりつつある過去の話となり、御自身をサニワしていく段階に入りました。

星座之巻 第二十五帖、では、
さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となる、とあります。さばく世界が終わりに近付きつつあります。

戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。とあります。
戒律、裁き、過去の部分的な一面、は、過去の書き換えも含めているとみます。
裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、と同じになります。

さばき説く宗教の段階は終わりになりつつあり、さばきは、過去の部分的一面に過ぎない段階に入ってゐます。

龍音之巻 第五帖、では、
今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもちます。胸に手をあててよくよく自分をサニワして下さい。
とあります。

人民が、幽界との関係性を持つ話は以前よりありましたが、
愈々、御自身が胸に手をあてて、よくよく御自身をサニワする段階に入ってゐます。

それでは、生死に関する文面15、をお伝えしますね。

1.星座之巻 第二十五帖 さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

Ⅰ.さばき説く宗教は、いよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、

マンデラ・エフェクト文面です。

歓喜に裁きのない如く、神には裁きはありません。

さばき説く宗教は、いよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

Ⅱ.戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、と同じになります。

戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん、裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、人民に罪なし。

引き続きマンデラ・エフェクト文面です。

戒律や裁きは、低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。

戒律、裁きは、低い段階、過去の部分的一面、と過去形の存在に変わっています。

裁きを説くのは、自分で自分をさばいてゐること、です。

人民には罪はありません。

和する事で、過去を変えていく事、そして、無限に過去は書き換えていく事は可能です。
すると、一切を許せる世界の実現、は可能になって行きます。

Ⅲ.四つの三⦿土、いつも、五方、とひらき、うづ、みてくら、となります。

手長手伸(たながたのし) 堅磐常磐(かきはときは)に 祝ふ御代なる。

生井栄井津(いくゐさかゐつ) 長井阿須波比支(ながゐあすはいき) たたへましを。

底つ岩根 千木岩(ちぎいわ)高く 瑞(みづ)の御舎(みあらか)。

四方(よも)の御門(みかど) 五方(いつも)とひらき 宇都幣帛(うづみてくら)を。

神を長く、手が伸びるように楽しみ、神のキが常々時と共に祝う御代となる時が来てゐます。
生命を守る水の神々様、繁栄をもたらす水の神々様、をたたへまし、
大地の深くある、ウシトラコンジン様、千人力に岩戸ひらきと共に高く、三⦿の三明らか。
四つの三⦿土、いつも、五方、とひらき、うづ、みてくら、となります。

Ⅳ.しほなは(四⦿七八)、の留まる限り、みくには弥栄していく事となります。

御巫(かむなぎ)の 辞竟(ことお)へまつる 生足御国(いくたるみくに)。

塩沫(しほなは)の 留まる限り 皇国弥栄(みくにやさか)ゆ。

海原の 辺にも沖にも 神つまります。

天の壁 地(くに)の退立(そぎた)つ 極み手伸(たの)しき。

八十綱(やそつな)を 百綱(ももつな)とかけて ささし給はむ。

カムナギのコトおへまつる、いく、足るみくにとなり、
しほなは(四⦿七八)、の留まる限り、みくには弥栄していく事、となります。
海原(ウ七八〇)、の変にも、オキにも、神つまることとなり、
・のかべ、九二のそぎたつ、極むところに楽しきがあり、
やそつなを、百々つなとかけて、三三四たまう、ことになります。

2.龍音之巻 第五帖 今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもちます。胸に手をあててよくよく自分をサニワして下さい。

Ⅰ.幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感応によること忘れてはなりません。

幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感応によることを忘れるでないぞ。

幽界は、人間界と最も深い関係にあり、
初期の霊かかりの殆どは、
この幽界からの感応によることを忘れてはなりません。

Ⅱ.高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊、インチキ霊です。たとへ神の言葉でも、尚サニワせよ、と申してある通りです。

霊かかりの動作をよく見極めればすぐ判る。高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊であるぞ、インチキ霊であるぞ、インチキ霊にかかるなよ、たとへ神の言葉でも尚サニワせよと申してあろう。

霊かかりの動作をよく見極めればすぐわかります。

高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗るのは、必ず下級霊、インチキ霊とあります。
それは、神主等に限らず、霊媒の方々も同様です。

インチキ霊にかからないようにして下さい。

嬉しきビックリ体験したから、それが、自身のハイヤーセルフさんの力(の一部はありますが)、と勘違いしない事も大切です。

嬉しきビックリは、ハイヤーセルフさんも読めないもの、です。
想定外で、喜びの道が生れるのが実際の所です。

ですから、たとへ、神の言葉でも尚サニワせよ、と申してあります。

Ⅲ.迷信であっても、信ずる人が多くなれば、実体化し、有力な幽界の一部をつくりだすことあるから気付けて下さい。

迷信であってもそれを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから気付けておくぞ。

迷信であっても、それを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、有力な幽界の一部をつくりだすことがあるので、気付けておく事が求められます。

Ⅳ.無きはずのものを生み出し、それが、又地上界に反影してくるので、心して下さい。

無き筈(はず)のものを生み出し それが又地上界に反影してくるのであるから心して下されよ。

無きはずのものを生み出し、それが又地上界に反影してくるので、心して下さい。

Ⅴ.今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもちます。胸に手をあててよくよく自分をサニワして下さい。

今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもつ、胸に手をあててよくよく自分をサニワせよ。

今の人民は、九分九厘は幽界とのつながりをもつようになってゐます。

最後がマンデラ・エフェクトですね。

胸に手をあててよくよく自分をサニワしていく事が求められます。

3.まとめ

さばき説く宗教は、いよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。
裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、と同じになります。

和する事で、過去を変えていく事、そして、無限に過去は書き換えていく事は可能です。

神を長く、手が伸びるように楽しみ、神のキが常々時と共に祝う御代となる時が来てゐます。
生命を守る水の神々様、繁栄をもたらす水の神々様、をたたへまし、
大地の深くある、ウシトラコンジン様、千人力に岩戸ひらきと共に高く、三⦿の三明らか。
四つの三⦿土、いつも、五方、とひらき、うづ、みてくら、となります。

カムナギのコトおへまつる、いく、足るみくにとなり、
しほなは(四⦿七八)、の留まる限り、みくには弥栄していく事、となります。

海原(ウ七八〇)、の変にも、オキにも、神つまることとなり、
・のかべ、九二のそぎたつ、極むところに楽しきがあり、
やそつなを、百々つなとかけて、三三四たまう、ことになります。

幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感応によること忘れてはなりません。

高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊、インチキ霊です。
たとへ神の言葉でも、尚サニワせよ、と申してある通りです。

迷信であっても、信ずる人が多くなれば、実体化し、有力な幽界の一部をつくりだすことあるから気付けて下さい。
無きはずのものを生み出し、それが、又地上界に反影してくるので、心して下さい。

今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもちます。
胸に手をあててよくよく自分をサニワして下さい。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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