天地に関する文面①に進みます。
天地は全部で128個ありますが、8割以上は既に御伝えした文面の中にあります。
また、既に御伝えしたはずの文面でも、見た事が無い文面も中にはあり、本当に既に御伝えしたのか?
と疑いたくなる文面も幾つか出て来る状況となってきています。
ですが、既にブログ内で取り扱った(とされている)文面は、基本取り上げませんので、
一度、天地の文面を一通り見て頂く事をお勧めします。
今回は、上つ巻 第三十四帖、第三十六帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけ、の段階と入りました。
第三十四帖、では、
何事も天地に二度とないことで、やり損なひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけ、これが一番大切の役、とお伝えされています。
たたよへるくにの修理かため、終りの四あけ、です。
天地に二度とないことです。
やり損なひしてはならんのです。
一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来たぞ、世界中のことざから、気を大きく持ちてゐて呉れよ。
とあります。
似た文面は以前よりありましたが、十万の人死ぬ時来たぞ、という表現は初めてで、
一日に、十万の人が死ぬ、というよりは、神万(よろづ)の人、が死ぬ時が来ているのです。
万人力の方は、一日の内に死んで生きるを繰り返します。
その上で、世界中のことですから、気を大きくもちてくれよ、とあります。
第三十六帖、では、
元の神代とは、穴(あ七)の中に住み、生(七真)の物食うて暮らさなならん状況です。
あなはち、を次々起こす事が求められます。
臣民の取違ひ、もう一段上に進む事が求められます。
もう一段上の無からよりよき物を生み出して暮さなならん時きています。
そこで、われの慾ばかり言ってゐますと大変が出来ます。
とあります。
それでは、天地に関する文面①、をお伝えしますね。
1.上つ巻 第三十四帖 何事も天地に二度とないことで、やり損なひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけ、これが一番大切の役です。
Ⅰ.何事も天地に二度とないことで、やり損なひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけ、これが一番大切の役です。
●何事も天地に二度とないことで、やり損ひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけであるから、これが一番大切の役であるから、しくじられんから、神がくどう申してゐるのざ、神々さま、臣民みなきいて呉れよ。
出だしがマンデラ・エフェクト文面ですね。
この文面で判ったのですが、天地と書いて、くに、九二とも読むのですね。
ですから、地とは、天地の事でもあるのです。
遣り損なひしてならんたたよへるくに、の修理かための終りの四があけるのです。
それは、何事も天地に二度とないことです。
これが一番大切の役ですから、しくじられませんから、神がくどう申されてゐます。
神々様、臣民、みなきいて呉れよ(九〇四)と申されてゐます。
Ⅱ.一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならんから、早う一二三の御用して呉れよ。として下さい。
●一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならんから、早う一二三の御用して呉れよ。
一二三(ひふみ)の御用出来ましたら、三四五(みよいつ)の御用にかからなならんので、早う一二三の御用をしてくれよ、とあります。
一二三(ひふみ)の御用は、まず最初にしていきます。
新たな三が道を生み出す御用です。
立体的一二三もありますが、平面的一二三も沢山あります。
それが、終わりましたら、三四五(みよいつ)です。
三が道、しきまきや、の動きから、出して下さい。
思念界を変える行、の御用、です。
ですから、まず、新たな三が道を生み出す御用から始めて下さい。
Ⅲ.神の仕事して居れば、いざと云ふ時には、神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一です。何も心配ないから、神の仕事をしてくれよ、として下さい。
●何も心配ないから神の仕事をして呉れよ、神の仕事して居れば、どこにゐても、いざといふ時には、神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一ぞ。
何も心配ないですから、神の仕事をしてくれよ(九〇四)、とあります。
しきまきや、くにつつみ、から生み出して下さい。
神の仕事して居れば、どこにゐても、いざといふ時には、神がつまみ上げて助けて頂けますから、御用第一です。
Ⅳ.一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来ています。神よろづの人、一日で死んで生きる時来ています。世界中のことですから、気を大きく持ちてゐて呉れよ。として下さい。
●一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来たぞ、世界中のことざから、気を大きく持ちてゐて呉れよ。
一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来たぞ、とあります。
十万の人、という伝え方は初めて、と見ます。
以前は「の」が無かったと見ますが、「の」が入る事で意味が変わってきました。
念の為、世界人口が30億人を超えましたら、日に十万の人は死ぬのですから、既に起こっていたとも言えます。
ですが、十万の人とは、神の万人力の人、を指している、とみます。
神ちよろづの人は、日々死んで生きてゐるともいえるのですが、それが一日の間に起こすようになります。
それが世界中のこととなる時が来ているかもしれません。
ですから、気を大きく持ちてゐて呉れよ、とあるのです。
日々、死んで生きるを繰り返して行きます。
2.上つ巻 第三十六帖 元の神代とは、穴(あ七)の中に住み、生(七真)の物食うて暮らさなならん状況です。われの慾ばかり言ってゐますと大変が出来ます。
Ⅰ.元の神代とは、穴(あ七)の中に住み、生(七真)の物食うて暮らさなならん状況です。臣民の取り違ひ、もう一段上に進む事が求められます。
●元の神代に返すといふのは、たとへでないぞ。穴の中に住まなならんこと出来るぞ、生(なま)の物食うて暮らさなならんし、臣民 取り違ひばかりしてゐるぞ、
元の神代に返すといふのは、たとへではありません。
穴(あ七)の中に住まなならんことできます。
それは、永劫の過去よりもう一段上の無、七の中に住まなならんようになるのです。
新たに生み出された材質のような建物も含むでしょう。
それには、生(なま)(七真)の物、食うて、暮さなならん、とあります。
野菜の生食(なましょく)、は、野生の菜食動物と同じで、病気になりませんのでお勧めしますが、
新たに生まれ出した食べ物、七(もう一段上の無)の真の食べ物ですね。
オレンジ類ですとか、新たにマンデラ・エフェクトを起こした食物、食うて暮さなならん、ようになります。
それは、新たに生まれる以外にも、既存の食べ物も書き換わって、新たな食べ物が現れてきます。
臣民、取り違ひばかりしているぞ、というのは、穴の中に住むしかない、生ものばかり食う以外無い、と思われてるかもしれませんが、穴(あ七)に住み、生(七真)の物食うて暮さなならん、という事を指しているのでは、とみます。
ですから、あなはち、もう一段上の無を生み出して、住み、食べるをしていくのです。
Ⅱ.何もかも一旦は天地へお引上げです。われの慾ばかり言ってゐますと大変が出来ます。
●何もかも一旦は天地へお引き上げぞ、われの慾ばかり言ってゐると大変が出来るぞ。
何もかも一旦は天地へお引上げ、です。
いずれにしても、お引上げ、という事ですから、
一段一段、お引き上げにあたり、少しでも楽にお引き上げが起こるように進めていく事を進めて頂ければ、と思います。
われの慾ばかり言ってゐますと、大変が出来るようになります。
3.まとめ
何事も天地に二度とないことで、やり損なひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけ、これが一番大切の役です。
一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならんから、早う一二三の御用して呉れよ。として下さい。まずは、一二三、平面からです。そして、三四五、立体です。
神の仕事して居れば、いざと云ふ時には、神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一です。
何も心配ないから、神の仕事をしてくれよ、として下さい。
一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来ています。
神よろづの人、一日で死んで生きる時来ています。
世界中のことですから、気を大きく持ちてゐて呉れよ。として下さい。
元の神代とは、穴(あ七)の中に住み、生(七真)の物食うて暮らさなならん状況です。
あなはちを、住まい、食べ物で起こしていき、その住まいに住み、七真の物を食うて暮す時が見ます。
臣民の取違ひ、もう一段上に進む事が求められます。
何もかも一旦は天地へお引上げです。われの慾ばかり言ってゐますと大変が出来ます。
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