今回は、祓に関する文面⑦に進みます。
今回は、補巻 月光の巻 第二十八帖、扶桑之巻 第四帖、極め之巻 第六帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、かなり全面的に起こっており、
補巻 月光の巻 第二十八帖、では、
福はらひもして下さい。厄はらひのみでは祓ひになりません。福のみでも祓ひになりません。
厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのです。とあります。
福はらひ、厄はらひ、どちらかだけでもなりません。
両方、祓ひしていく事が求められます。
それには、悪を抱き参らせよ。善も抱き参らせよ。抱くには〇にならねばならんぞ。
とあります。悪を抱き参らすの方が楽だと思いますが、やはり、善を抱き参らす事も求められます。
それには、〇(霊)(ゼロ)(無)にならねばなりません。
扶桑之巻 第四帖、では、
ツミケガレ 今はあらじ はらえ給ひて下さい。とあります。
今は、ツミケガレあらずの世界へと進むには、はらひ、をしていく事が求められます。
空白(九八九)とは最も根本を為す最も力あることです。
九と八を開いて下さい。それが岩戸ひらきです。空白、無からです。
極め之巻 第六帖、では、
和すには、5と5でなくてはなりませんが、陽が中、陰が外。天が主で地が従。男が上、女が下、これが正しき和です。さかさまならず、これが公平です。
陽が中、陰が外。天が主で地が従、が新たに加わっています。
陰と陰と、陽と陽と和しても陰です。陽と陰と和して始めて新しき陽が生れます。
陽が本質的なもの、この和し方がはらひきよめ。と、あります。
それでは、祓に関する文面⑦をお伝えしますね。
1.補巻 月光の巻 第二十八帖 福はらひもして下さい。厄はらひのみでは祓ひになりません。福はらひのみでも祓ひになりません。
Ⅰ.福はらひもして下さい。厄はらひのみでは祓ひになりません。福はらひのみでも祓ひになりません。
●厄も祓はねばならんが、福も祓はねばならん。福はらひせよと申してあらうが。厄のみでは祓ひにならん。福のみでも祓ひにならんぞ。
この文面は、驚く内容のマンデラ・エフェクトとなっていました。
厄も祓はねばならんが、福も祓はねばならん。とあります。
以前は、厄祓ひ、福祓ひ、の話だけでしたが、両方しなくてはならない話は初めてです。
これを、もっと早くから伝えて欲しかったと思う位のものの衝撃です。
言ってみれば、前世ヒーリングは、主に厄祓ひなんですが、福祓ひ、もしていかないとならないのです。
中には浄化内に、福祓ひ、していたものもありましたが、どうも、常々のようです。
厄祓ひの後に、福祓ひ、はどうなのか、もしくは、福祓ひの後に厄祓ひは、どうなのか、
という事ですが、やはり両方並行して進めていく事が求められるようです。
これは、この後、私は意識していきます。新たな試みです。
福はらひ、どんどんして下さい。
善の囚われです。
厄のみでは祓ひにはなりません。
ですが、福のみでも祓ひになりません。
それには、まず、厄祓ひ、を先にする方が楽に進みやすいところもあります。
ちなみに、当初は、福祓ひ、とは、善祓ひ、とあり、厄祓ひ、とは、悪祓ひ、とありました。
結構初期2023年辺りのマンデラ・エフェクトだったと思います。
Ⅱ.厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのです。福祓ひをする必要があります。
●厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのぢゃ。この判り切った道理が何故に判らんのか。
これも、気付かない間にマンデラ・エフェクトです。
厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのです。
この判り切った道理が何故に判らんのか。とあります。
いや、今回、初めて聞きました。(笑)
それが招いた結果は、肝心の先延ばしです。悪や苦への理解が無くなったのです。
故に、厄祓ひの際には、お札とか、手放すとか、理解の先延ばしが流行する事となったのです。
この判り切った道理が何故に判らんのか、とあります。
福祓ひ、が求められます。
厄祓ひ、より難しい一面があります。簡単ではない行です。
Ⅲ.悪を抱き参らせて下さい。善も抱き参らせて下さい。抱くには、〇にならねばなりません。
●悪を抱き参らせよ。善も抱き参らせよ。抱くには〇にならねばならんぞ。
この為、悪を抱き参らせよ。がまず、最初でしょうね。
善を抱き参らすのは、その次です。
善の抱き参らせの方が難度が高いと思います。
抱くには、〇にならねばならん、とあります。
ここでの、〇は、やはり、ゼロ、霊、和する、という意味とみます。
2.扶桑之巻 第四帖 ツミケガレ 今はあらじ はらえ給ひて下さい。空白(九八九)とは最も根本を為す最も力あることです。
Ⅰ.ツミケガレ 今はあらじ はらえ給ひて下さい。
●ツミケガレ 今はあらじと はらえ給ひそ。
この文面も初めてですね。
ツミケガレ 今はあらじと はらえ給ひ、として下さい。
今現在、ツミケガレの無い世界へと、現在の世界、借銭、無くす事が求められます。
そういった世界を実現できる時が来ているようです。
Ⅱ.空白とは九八九であり、八と九、九と八の境をひらくことです。それが岩戸を開くこと、とあります。
●空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、
これもどこかからか現れたマンデラ・エフェクトです。
空白とは九八九であるぞ、八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことです。
Ⅲ.空白(九八九)とは最も根本を為す最も力あることです。
●空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ。
この文面もマンデラ・エフェクトです。
空白とは、最も根本を為す、最も力あることです。
ですから、無が最も根本を無し、また、最も力があることでもあります。
3.極め之巻 第六帖 陰と陰と、陽と陽と和しても陰です。陽と陰と和して始めて新しき陽が生れます。陽が本質的なもの、この和し方がはらひきよめ。です。
Ⅰ.和すには、5と5でなくてはなりませんが、陽が中、陰が外。天が主で地が従。男が上、女が下、これが正しき和です。さかさまならず、これが公平です。
●和すには5と5でなくてはならんが、陽が中、陰が外であるぞ、天が主で地が従ぞ、男が上、女が下、これが正しき和ぞ、さかさまならん、これが公平と申すものぢゃ、
和すには、5と5でなくてはならんのですが、陽が中、陰が外です。
天が主で地が従。男が上、女が下、これが正しき和。とあります。
さかさまではならん、とあります。この事が公平とある通りです。
陽が中、陰が外。天が主で地が従。がどこかからか追加でマンデラ・エフェクトとなっています。
ちなみにですが、この文面は以前取り扱った記憶はあるのですが、以前取り扱ってなかった扱いになっているようです。
もう一度御伝えしています。
Ⅱ.陰と陰と、陽と陽と和しても陰です。陽と陰と和して始めて新しき陽が生れます。陽が本質的なもの、この和し方がはらひきよめ。です。
●陰と陰と、陽と陽と和しても陰ぢゃ、陽と陰と和して始めて新しき陽が生れる、陽が本質的なもの、この和し方がはらひきよめ。
これも、マンデラ・エフェクト、と見ます。
陰と陰と、陽と陽と和しても陰とあります。
陽と陰と和して始めて新しき陽(⦿)が生れる、陽が本質的なもの、とお伝えしています。
この和し方がはらひきよめ。とあります。
4.まとめ
福はらひも(善祓ひ)して下さい。
厄はらひ(悪祓ひ)のみでは祓ひになりません。
福(善祓ひ)のみでも祓ひになりません。
厄ばらひのみしたから今日の乱れた世相となったのです。福祓ひをする必要があります。そして、厄ばらひもする必要あります。両方です。
悪を抱き参らせて下さい。善も抱き参らせて下さい。
抱くには、〇にならねばなりません。
ツミケガレ 今はあらじ はらえ給ひて下さい。
今現在、ツミケガレの無い世界へと、現在の世界、借銭、無くす事が求められます。
そういった世界を実現できる時が来ているようです。
空白とは九八九であり、八と九、九と八の境をひらくことです。それが岩戸を開くこと、とあります。
空白(九八九)とは最も根本を為す最も力あることです。
和すには、5と5でなくてはなりませんが、陽が中、陰が外。天が主で地が従。
男が上、女が下、これが正しき和です。さかさまならず、これが公平です。
陰と陰と、陽と陽と和しても陰です。
陽と陰と和して始めて新しき陽(⦿)が生れる、
陽が本質的なもの、
この和し方がはらひきよめ。です。
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