岩戸に関する文面⑧に進みます。
今回は、黄金の巻(コガネの巻)第十五帖、第三十三帖、第九十九帖、補巻 月光の巻 第二帖、の4つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、主に、既に実現していく前提になってきています。
黄金の巻(コガネの巻)第十五帖、では、
人から見てあれならば、と云ふやうになれば、この方の光出ます。
もう、人から見てあれならば、という風になる前提になってきています。
此の事によって、イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る、
を繰り返していきます。
第三十三帖、では、
神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。
誰もが、宮(三八)を作れるという事は、誰もが、まこと(〇九十)となれる段階です。
ですから、誰もが、教祖になれるだけに、罪深いとあります。岩戸あけて、めぐり果たせたい、とあります。
このようにして、誰もが、岩戸をあけてめぐりを果たす段階に来ています。
第九十九帖、では、
内(ウ千)が外へ(そ十経)、外(そ十)が内(ウ千)へ響き、まかせきる事ができますと、信仰の真の道ひらけます。
内の千人力を生み出す元で、外に御三体の大神様、神様、を経る事ができ、
また、その外が、内に響き、まかせる事ができますと、信仰の真の道がひらけるのです。
それができる段階に今来ていますし、この事が実現しますと、一皮むけ、岩戸ひらけ、不二晴れます。
補巻 月光の巻 第二帖、では、内容は変わってませんが、全てが平仮名になっており、
かずたま、基軸での理解が求められます。奇数と偶数合して初めて新しき奇数が生れる話です。
最後に、こんどのいわとひらき、には、水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とお伝えされています。
もはや、いわとをひらく前提での話になってきています。
それでは、岩戸に関する文面⑧をお伝えしますね。
- 1.黄金の巻(コガネの巻)第十五帖 人から見てあれならば、と云ふやうになれば、この方の光出ます。イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返ります。
- 2.黄金の巻(コガネの巻)第三十三帖 神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。誰もが、教祖になれるだけでに、罪深いとあります。岩戸あけて、めぐり果たせたい、とあります。
- 3.黄金の巻(コガネの巻)第九十九帖 ウ千がそ十経、そ十がウ千へ響き、まかせきる事ができますと、信仰の真の道ひらけます。一皮むけます。岩戸ひらけ、不二晴れます。
- 4.補巻 月光の巻 第二帖 こんどのいわとひらき、には、水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とお伝えされています。
- 5.まとめ
1.黄金の巻(コガネの巻)第十五帖 人から見てあれならば、と云ふやうになれば、この方の光出ます。イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返ります。
Ⅰ.人から見てあれならば、と云ふやうになれば、この方の光出ます。
●人から見てあれならばと云ふやうになれば、この方の光出るぢゃ。
部分的マンデラ・エフェクトが起こっています。
人から見て、あれならば、と云ふやうになれば、こ(九)の方の光出ます。
人から見て、あれならば、と云ふやうになれば、は以前よりありましたが、
遂に、こ(九)の方の光(⦿、三⦿、理)出ます。という段階になりました。
三界和合より、新たな世界の理、が生れる段階になったのです。
それは、やがて、どうも三次元的に誰もが判っていくようになるようです。
Ⅱ.行出来ねばお出直し、お出直し多い、とお伝えされています。
●行出来ねばお出直し、お出直し多いなあ。
行出来ねば、お出直しになります。
お出直し多いです。
通常、誰も、道中、出直しを体験していきます。ですが、省み直して行く事が求められます。
まずは、行を進めていく事から始まります。
Ⅲ.イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返るようになります。
●独断 役には立たんぞ。イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。
独断 役に立たんようになります。
それは、段階が進むごとに、次々、想定外マンデラ・エフェクトが起こっていくからです。
未来予知能力が得意な方程役に立たなくなっていくでしょう。
イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。
を繰り返していき、一段一段進んでいきます。
我で進みますと、行き詰まりになるのですが、此の道に進めていますと、好転的マンデラ・エフェクト、として、周囲に現れてきますので、それは、順調です。
Ⅳ.天明九十六才七ヵ月、ひらく、とあります。
●天明九十六才七ヵ月、ひらく。
これは、2022~3年頃に起こったかなり昔のマンデラ・エフェクトです。
天明九十六才七ヵ月、ひらく。とあります。
別の文面で、五十六才七ヵ月、みろくの世とありますが、読み方としては、
五と九は、こ、とも読めるので、ひょっとして、やはり、五十六才七ヵ月、でひらく、のかもしれません。
実際九十六才ですと、そもそもそこまで生きてゐる人もかなり少ないという事もあります。
2.黄金の巻(コガネの巻)第三十三帖 神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。誰もが、教祖になれるだけでに、罪深いとあります。岩戸あけて、めぐり果たせたい、とあります。
Ⅰ.神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。
●神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ。
マンデラ・エフェクト文面とみます。
神国(⦿九二)、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。
まず、宮ではなく、三八と変ったところにあります。
また、もう、神国、神の三八を作る前提になってきています。
みや、とは、まこと(〇九十)、の事です。
Ⅱ.今度 此処へ神が引き寄せた者は、みなキリスト、釈迦です。磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかりです。
●今度 此処へ神が引寄せた者は、みなキリストぢゃ。釈迦ぢゃぞと申してあらう。磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかりぞ。
今度 此処(九九)へ神が引寄せた者は、みなキリスト。釈迦、とお伝えされています。
この御神示へ神が引き寄せた者です。
磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかり、とあります。
それには、くにつつみ、を次々、できる事から求められます。
ですから、(⦿九二)、神の三八(ミヤ)早う作って下さい。
Ⅲ.誰もが、教祖になれるだけに、罪深いとあります。岩戸あけて、めぐり果たせたい、とあります。
●それだけに罪深いぞ。岩戸あけて、めぐり果たせたいのぢゃ。このこと肚によく判るであらうが。
それだけに罪深い、とお伝えされています。
岩戸あけて、めぐり果たせたいのです。
このこと肚(八〇)によく(四九)判るであろうが。
とあります。
まだ、私は、腹にはよく判っていませんが、八〇には、判ってきています。
マンデラ・エフェクトを次々起こす事にあります。
それには、しきまきや、くにつつみ、です。
3.黄金の巻(コガネの巻)第九十九帖 ウ千がそ十経、そ十がウ千へ響き、まかせきる事ができますと、信仰の真の道ひらけます。一皮むけます。岩戸ひらけ、不二晴れます。
Ⅰ.内が外へ、ウ千がそ十経、となり、外が内へ響く、そ十が、ウ千へ響く、段階になります。
●内にあるもの変へれば外からうつるもの、響いて来るもの変って来るぞ。内が外へ、外が内へ響くのぢゃ。
微妙にマンデラ・エフェクトがあります。
内にあるもの変へれば外からうつるもの、響いて来るもの変って来ます。内が外へ、外が内へ響きます。
以前は、変われば、だったみます。
今では、変へれば、ですから、⦿経れば、ですね。
勿論、我の改心、囚われが始まればそこからですが、今ですと、⦿経る段階、三⦿経る段階にまでなってきています。
これも、行の連続で判ってきます。
確かに、内が、三⦿を経れば、外からうつるもの、響いて来るものも変ってきますね。
そして、内が外へ、ウ千がそ十経、となり、外が内へ響く、そ十が、ウ千へ響く、この段階になるのです。
そ十が、ウ千に響く段階になってきます。
Ⅱ.妻(つま)(五三体の大神様、真)にまかせきった夫、夫(おっと)(七二の神、小五三体の大神様、十)にまかせきった妻の姿になれよ(七〇四)としてください。
●妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ。
妻(つま)(五三体の大神様、真)にまかせきった夫、
夫(おっと)(七二の神、小五三体の大神様、十)にまかせきった妻の姿になれよ(七〇四)としてください。
真の御三体の大神様にまかせきった、また、その小さな段階として、シチニの神様から、小さな五三体の大神様、十、にまかせきる事が大切で、そこから、もう一段上の無、しきまきや、から次々生み出して下さい。
Ⅲ.まかせきる事ができますと、信仰の真の道ひらけます。一皮むけます。岩戸ひらけ、不二晴れます。
●信仰の真の道ひらけるぞ。一皮むけるぞ。岩戸ひらけるぞ。不二晴れるぞ。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
信仰の真の道ひらけるぞ、というのは初めて、とみます。
妻にまかせきり、夫にまかせきることができますと、信仰の真の道ひらけます。
一皮むけ、岩戸ひらけます。不二晴れます。
4.補巻 月光の巻 第二帖 こんどのいわとひらき、には、水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とお伝えされています。
内容は、全く変わってませんが、全てが平仮名になったのが、マンデラ・エフェクト、とみます。
この事からかずたま解読せよ、という段階とみます。
Ⅰ.キ⦿ウと、キ⦿ウ、合しても俱ウ⦿ウ。俱ウ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしても、俱ウ⦿ウ。である事を忘れてはならん、とあります。
●きすうときすうをあはしても、ぐうすう、ぐうすうとぐうすうをあはしてもぐうすうであることをわすれてはならんぞ。
キ⦿ウと、キ⦿ウ、をあはしても、俱ウ⦿ウ。
俱ウ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしても、俱ウ⦿ウ、であることを忘れてはなりません。
神のキ同士で合しても、神のキの無い同士で合しても、⦿のハタラキが無い事をお伝えされています。
Ⅱ.キ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしてはじめて、あたらしき、キ⦿ウ、が生れます。
●きすうとぐうすうをあはしてはじめて、あたらしき、きすうがうまれるのであるぞ。
キ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしてはじめて、あたらしき、キ⦿ウ、が生れます。
ですから、神のキの入ったものと、神のキの入ってないものをあはして、あたらしき、キ⦿ウが生れるのです。
Ⅲ.こんどのいわとひらき、には、水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とお伝えされています。
●こんどのいわとひらきには ひるこうむでないぞ。あはしまうむでないぞ。
こんどのいわとひらき、には、
水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とあります。
水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、は成りならなかった島の事です。
ですから、成り成る島(四真)を生み出す事が求められます。
それには、日々、なりなる島(四真)、小さな所から一段一段進めていく事が求められます。
5.まとめ
人から見てあれならば、と云ふやうになれば、この方の光出ます。
此の方の光、出す段階になっています。
行出来ねばお出直し、お出直し多い、とお伝えされています。
独断役に立たんようになってゐます。
イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返るようになります。
天明九十六才七ヵ月、ひらく、とあります。
五十六才七ヵ月でひらくかもしれません。
神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ、とあります。
もう、神国、神の三八を作る前提になってきています。みや、とは、まことの事です。
今度 此処へ神が引き寄せた者は、みなキリスト、釈迦です。磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかりです。
誰もが、教祖になれるだけに、罪深いとあります。岩戸あけて、めぐり果たせたい、とあります。
このこと肚によく判る、段階に来ています。それには、しきまきや、くにつつみ、をし続けて下さい。
内が外へ、ウ千がそ十経、となり、外が内へ響く、そ十が、ウ千へ響く、段階になります。
妻(つま)(五三体の大神様、真)にまかせきった夫、
夫(おっと)(七二の神、小五三体の大神様、十)にまかせきった妻の姿になれよ(七〇四)
としてください。
まかせきる事ができますと、信仰の真の道ひらけます。一皮むけます。岩戸ひらけ、不二晴れます。
キ⦿ウと、キ⦿ウ、合しても俱ウ⦿ウ。俱ウ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしても、俱ウ⦿ウ。である事を忘れてはならん、とあります。
キ⦿ウと、俱ウ⦿ウをあはしてはじめて、あたらしき、キ⦿ウ、が生れます。
神のキの入ったものと、神のキの入ってないものをあはして、あたらしき、キ⦿ウが生れるのです。
こんどのいわとひらき、には、水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、うむでないぞ、とお伝えされています。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
トップに戻る
