神に関する文面20に進みます。
今回は、春の巻 第三十九帖、第四十帖、第五十三帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、中行く道について、中行く道が神の道、中の道が人の道、である事を伝えられてゐます。
第三十九帖、では、
道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。
道(三千)について、参であり、無限である事を新たに伝えてゐます。
右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。
それを善の外道、悪の外道といいます。外道多い、とあります。
善の外道、悪の外道が詳細に伝えられてゐます。
中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。
その・の外の中は人民にも動き見えます。
・の中、が無である事、外の中は人民に見える事を伝えられてゐます。
この道は中ゆく道です。中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道、とあります。
中ゆく道、・の道、太道の道、これが人の道である事を伝えられてゐます。
第四十帖、では、
ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。
ネンとは、神界からの直々、という表現は初めて、です。
第五十三帖、では、
与へたもののみが自分のものです。
与へたもののみが、自分のものとなっていきます。
幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか。とあり、
幸福与へてあるものを手出す事が大切で、曲げて取らない事が求められます。
心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。
我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。
そういった時節になりました。
それでは、神に関する文面20、をお伝えしますね。
1.春の巻 第三十九帖 道(三千)とは三つです。三とは参です。無限です。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動きです。
Ⅰ.道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。
●道(三千)は三つと申してあろう。三とは参であるぞ。3(スリー)でないぞと申してあろう。無限であるぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
道(三千)は三つと申してある通りです。
三つの世界の千人力の三界和合が、三千、が基本です。
三とは参(まいる)です。千人力はやって来る、という感じです。
3(スリー)ではない、とあります。
道は、無限にあります。
Ⅱ.平面的に申せば、右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。それを善の外道、悪の外道といいます。外道多いです。
●平面的に申せば右と左とだけでないぞ。その右の外に、又 左の外に道でなき道あるぞ。それを善の外道、悪の外道と申す。外道多いのう。
内容はほぼ同じですが、伝え方が変わったマンデラ・エフェクト、とみます。
平面的に申せば、右と左だけではないです。
その右の外に、又 左の外に道でなき道あります。
それを善の外道、悪の外道と申す。とあります。
外道が多い、とあります。
Ⅲ.中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。
●中の中には中の道あるぞ。中の中の・は無であるから動きないぞ。動きないから無限の動きぢゃ。
これも出だしの表現が、マンデラ・エフェクト、とみます。
中の中には、中の道があります。
中の中の・は無であるから動きありません。
動きないから無限の動きです。
Ⅳ.その・の外の中は人民にも動き見えます。この道は中ゆく道です。
●その・の外の中は人民にも動きみゆるぞ。この道は中ゆく道ざと申してあろうが、
マンデラ・エフェクト文面です。
その・の外の中は人民にも動きみゆることになります。
・の外の中、という表現が初めてです。
此の道は中ゆく道です。
Ⅴ.中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道です。
●中の・の道は太神の道、中行く道が神の道、中の道が人の道ぢゃ。判りたか。
中の・の道は太神の道、中行く道が神の道、です。
中の道が人の道です。
2.春の巻 第四十帖 ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。
Ⅰ.思想とは、広い意味では太神から出てゐますが、幽界からの力が強く加わってゐます。
●思想と申すのは広い意味で、太神から出てゐるのではあるが、幽界からの力が強く加わってゐるのぢゃ。
思想と申すのは、広い意味で、太神から出てゐるのではあるのですが、幽界からの力が強く加わってゐるのです。
Ⅱ.ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。
●ネンと申すのは神界からの直々であるぞ。悪の気、断たねばネンとはならんぞ。
新たな表現の、マンデラ・エフェクト文面です。
ネンと申すのは神界からの直々です。
神界からの直々というのは初めて、です。
悪のキ、断たねばネンとはならん、のです。
3.春の巻 第五十三帖 与へたもののみが自分のものです。幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか。とあります。心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。
Ⅰ.助けてくれと申すもの沢山でてきますが、現在を足場に一歩づつ進めばよいです。神はあり余るほど与へてあります。
●どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれと申すもの沢山でてくるが、何も六ヶ敷いこと神は申さん。現在を足場として一歩づつ進めばよいのぢゃ。それでは食って行けんと申すものあるが、神はあり余るほど与へてあるでないか。何故、手出さんのぢゃ。
どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれ、と申すもの沢山出てきますが、
何も六ヶ敷いこと、神は申しません。
現在を足場として一歩づつ進めばよいのです。
それでは、食って行けん、と申すものものありますが、神はあり余るほど与へてあると御伝えされています。
何故、手出さないのか、とお伝えされてゐます。
Ⅱ.与へたもののみが自分のものです。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。
●与へたもののみが自分のものぞ。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐるぞ。
出だしが、マンデラ・エフェクト文面です。
与へたもののみが自分のものです。
今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。
Ⅲ.幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか、とお伝えされてゐます。
●幸福与へてあるに何故手出さんのぢゃ。曲げてとるのぢゃ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
幸福与へてあるに何故手出さんのか、曲げてとるのか、という事をお伝えされてゐます。
幸福与へてある、という伝え方も初めてです。
あた経てあるというのであれば、あた経たものに手を出すのが判りやすいと思います。
見た事ない食べ物、物、AIもそうですね。
ですが、我で進むと曲がってしまいます。永劫に喜びが継続するように取って下さい。
Ⅳ.心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。
●心の目ひらけよ。ゴモク投げ出せよ。我の強い守護神どの、もう我の世はすんだぞ。我出すほど苦しくなるのぢゃ。
これも、段階が進んだマンデラ・エフェクト、と見ます。
心の目、ひらけよ、として下さい。
ゴモク投げ出せよ、とあります。
ゴモクは投げ出す段階に入ってゐます。
我の強い守護神どの、もう我の世はすんでいます。
我だすほど苦しくなります。
4.まとめ
道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。
平面的に申せば、右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。それを善の外道、悪の外道といいます。外道多いです。
中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。
その・の外の中は人民にも動き見えます。
この道は中ゆく道です。
中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道です。
思想とは、広い意味では太神から出てゐますが、幽界からの力が強く加わってゐます。
ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。
助けてくれと申すもの沢山でてきますが、現在を足場に一歩づつ進めばよいです。
神はあり余るほど与へてあります。
与へたもののみが自分のものです。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。
幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか、とお伝えされてゐます。
心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。
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