神に関する文面19に進みます。
今回は、春の巻 第十三帖、第十六帖、第三十帖 の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、一切の幸福を得ること、真の信仰の第一歩について、一切はつながりである事をお伝えしています。
第十三帖、では、
真の神を理解しましたら、一切の幸福 得られるようになります。
真の神を理解し、一切の幸福を得る段階をお伝えしています。
十のもの受けるには十の努力、です。
それには、十(かみ)としていく事が大切です。
第十六帖、では、
神まかせがよい人民です。太元の神様にホレ参らせて下さい。真の信仰の第一歩、とあります。
真の信仰とは、太元の神様にホレ参らせ、神まかせ、となる事にあります。
それには、日々の行、改心が、大切です。
同じものでも表からと裏からとでは違ひます。同じ目で見ても、ちがってうつります。
この事を次々体験していく段階です。
第三十帖、では、
宇宙のすべてがつながりです。石、水、草、木、動物、すべてつながりです。手と頭のようなものです。
一切をつながり、という表現をし始めました。
拝み合ひ、親しみ合ひ、和して下さい。和すと自分となります。
自分 大きく、明るくなります。豊かにうれしうれし、となる事を伝えられてゐます。
豊かにうれしうれし、の段階を実現していく時に近づいてゐます。
理(リ)に向かってゐますと、いつの間に神のキいただきます。神の光がいただけます。
ですから、理(リ)に向かって下さい。
それでは、神に関する文面19をお伝えしますね。
1.春の巻 第十三帖 真の神を理解しましたら、一切の幸福 得られるようになります。
Ⅰ.自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くありません。輝いてゐます。
●自分はよいが、世の中が悪いのぢゃと申しているが、その自分省みよ。自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くないぞ。輝いているぞ。
自分はよいが、世の中が悪い、と申してゐますが、その場合、その御自身を省みて下さい。
自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くないです。輝いてゐます。
実際、同じ局面でも、理(ミチ)に進めば、全然違った結果へと変わります。
Ⅱ.自分にふりかかってくる一切のものは最善のものと思って下さい。如何なる悪いことも、それは最善のものです。
●自分にふりかかって来る一切のものは最善のものと思へ。如何なる悪いことも それは最善のものであるぞ。
自分にふりかかって来る一切のものは最善のものと思って下さい。
如何なる悪いことも、それは最善のものです。
Ⅲ.この道理をよくわきまへて下されよ、として下さい。真の神を理解しますと、一切の幸福 得られます。
●この道理よくわきまへて下されよ。真の神を理解すれば、一切の幸福 得られるのぢゃ。
この道理よくわきまへて下されよ、とあります。
真の神を理解しましたら、一切の幸福 得られるようになります。
最後の、真の神を理解しましたら、一切の幸福 得られるようになる、事をお伝えされてゐます。
Ⅳ.世を呪ふことは自分を呪ふこと、となります。世間や他人を恨むことは自分を恨むこと、になります。
●世を呪ふことは自分を呪ふこと、世間や他人を恨むことは自分を恨むこと。
世を呪ふことは自分を呪ふこと、です。
世間や他人を恨むことは自分を恨むこと、となります。
Ⅴ.このこと悟れば一切はそこからひらけきます。十のもの受けるには十の努力、です。
●このこと悟れば一切はそこからひらけくるぞ。十のもの受けるには十の努力。
このこと悟れば、一切はそこからひらけきます。
十のもの受けるには十の努力です。
この事は、勿論頑張らないと受け取れない、という意味もありますが、
十(かみ)のものを受けるには、十(かみ)の努力が必要です。
和すること、まつらふこと、にあります。
2.春の巻 第十六帖 同じものでも表からと裏からとでは違ひます。同じ目で見ても、ちがってうつります。
Ⅰ.神まかせがよい人民です。太元の神様にホレ参らせて下さい。真の信仰の第一歩です。
●あなたまかせ、よい妻と申してあろうが。神まかせがよい人民であるぞ。この神とみとめたら理解して、マカセ切れよ。太元の神さまにホレ参らせよ。真の信仰の第一歩ぞ。
あなたまかせ、よい妻と申してある通りです。
神まかせがよい人民です。
神まかせ、になるには、自身のできる限りの事をしていく事が求められます。
この神とみとめたら、理解して、マカセ切れよ、として下さい。
太元の神さまにホレ参らせよ。として下さい。
真の信仰の第一歩、とあります。
神様には、ホレ参らせる思いと行動が求められます。
それには、まずは、任せきれるくらい、できる限りの行。
そして、省みる事、我の改心、その上での行がずっと求められます。
真の信仰、という表現は初めて、とみます。
Ⅱ.雨降らば雨を、風ふけば風を一先ず甘受して下さい。甘受した後、処理が求められます。受け入れずにハネ返すのは大怪我のもと、です。
●雨降らば雨を、風ふけば風を、一先づ甘受せよ。甘受した後、処理して行かなならん。受けいれずにハネ返すのは大怪我のもと。何回でも何回でも同じことくりかえさねばならんことになるぞ。
雨降らば雨を、風ふけば風を、一先ず甘受して下さい。
甘受した後、処理して行かなならん、ようになってゐます。
受けいれずにハネ返すのは大怪我のもと、となるとあります。
受け入れなければ、何回でも何回でも同じことくりかえさねばならんことになります。
Ⅲ.何か迫り来るのは、何か迫り来るものが、自分の中にあるからです。内にあるから外から迫ります。
●何か迫り来るのは、何か迫り来るものが自分の中にあるからぞ。内にあるから外から迫るのぢゃ。自分で呼びよせているのぢゃ。
何か迫り来るのは、何か迫り来るものが自分の中にあるからです。
内にあるから外から迫りくるのです。
自分で呼び寄せてます。
Ⅳ.苦しみの神、因果の神 呼んでおいて、不足申している者 多いとあります。自分で呼びよせている事を忘れてはなりません。
●苦しみの神、因果の神 呼んでおいて、不足申している者 多いのう。自分で呼びよせながら嫌がってハネ返すテあるまいにのう。
苦しみの神、因果の神 呼んでおいて、不足申してゐる者多い、とあります。
自分で呼びよせながら、嫌がってハネ返すテあるまいにのう、とあります。
総ては御自身が招いている事を忘れてはなりません。
Ⅴ.同じものでも表からと裏からとでは違ひます。同じ目で見ても、ちがってうつります。
●同じものでも表からと裏からとでは違ふのぢゃ。同じ目で見ても、ちがってうつるのぢゃ。心得よ。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
同じものでも、表からと裏からとでは違ふのです。
同じ目で見ても、ちがってうつるのです。
心得て下さい。
3.春の巻 第三十帖 宇宙のすべてがつながりです。石、水、草、木、動物、すべてつながりです。手を頭のようなものです。
Ⅰ.宇宙のすべてがつながりです。石、水、草、木、動物、すべてつながりです。手を頭のようなものです。
●宇宙のすべてがつながりであるぞ。石でも水でも草でも木でも動物でもすべてがつながりぢゃ。手と頭のようなもんぢゃ。
マンデラ・エフェクト文面です。
宇宙のすべてがつながりです。
石でも水でも草でも木でも動物でも、すべてがつながりです。
手と頭のようなもの、とあります。
つながり、という表現が初めてですし、一切のつながりは、手と頭のようなもの、です。
Ⅱ.拝み合ひ、親しみ合ひ、和して下さい。和すと自分となります。自分 大きく、明るくなります。豊かにうれしうれし、です。
●拝み合へよ。親しみ合へよ。和せよ。和すと自分となるのぢゃぞ。自分 大きく、明るくなるのぢゃ。豊かにうれしうれしぢゃ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
拝み合へよ、親しみ合へよ、和せよ、とあります。
和すと自分となるのです。
自分 大きく、明るくなるのです。
豊かにうれしうれし、となります。
Ⅲ.理(リ)に向かってゐますと、いつの間に神のキいただきます。神の光がいただけます。
●赤いものの中にゐると赤くなって行く。理(リ)に向ってゐると、いつの間にか神の気いただくぞ。神の光がいただけるのぢゃ。
マンデラ・エフェクト文面続きます。
赤いものの中にゐると赤くなって行きます。
理(リ)に向かってゐますと、いつの間にか神のキいただきます。
神の光がいただけるのです。
Ⅳ.二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は解らんようになってゐます。体験せねばならんようになってゐます。
●二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は判らん。神は解らん。体験せねばならん。一方的では何事も成就せん。もちつもたれつであると申してあろう。
二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は判らんようになってゐます。
神は解らんようになってゐます。
体験せねばならんようになってゐます。
一方的では、何事も成就しません。
もちつもたれつであると申してある通りです。
4.まとめ
自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くありません。輝いてゐます。
自分にふりかかってくる一切のものは最善のものと思って下さい。如何なる悪いことも、それは最善のものです。
この道理をよくわきまへて下されよ、として下さい。真の神を理解しますと、一切の幸福 得られます。
世を呪ふことは自分を呪ふこと、となります。世間や他人を恨むことは自分を恨むこと、になります。
このこと悟れば一切はそこからひらけきます。十のもの受けるには十の努力、です。
神まかせがよい人民です。太元の神様にホレ参らせて下さい。真の信仰の第一歩です。
雨降らば雨を、風ふけば風を一先ず甘受して下さい。甘受した後、処理が求められます。受け入れずにハネ返すのは大怪我のもと、です。
何か迫り来るのは、何か迫り来るものが、自分の中にあるからです。内にあるから外から迫ります。
苦しみの神、因果の神 呼んでおいて、不足申している者 多いとあります。
自分で呼びよせている事を忘れてはなりません。
同じものでも表からと裏からとでは違ひます。同じ目で見ても、ちがってうつります。
理解、体験によって、そのうつり方は違います。
宇宙のすべてがつながりです。石、水、草、木、動物、すべてつながりです。手を頭のようなものです。
拝み合ひ、親しみ合ひ、和して下さい。和すと自分となります。自分 大きく、明るくなります。豊かにうれしうれし、です。
理(リ)に向かってゐますと、いつの間に神のキいただきます。神の光がいただけます。
二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は解らんようになってゐます。体験せねばならんようになってゐます。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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