祓に関する文面③ 今度の世界中の戦は、世界の借銭なし、世界の大祓ひです。世界中借銭なし、が何しても大望です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

今回は、祓に関する文面③に進みます。

今回は、地(九二)つ巻 第八帖、です。

今回のマンデラ・エフェクトは、殆どないのですが、
今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、世界の大祓ひ、
とあります。

世界中の借銭を無くす事にあります。

それが、世界の大祓ひ、です。国債残高は、ゼロですし、昔からのメグリを全て無くします。
今の世界にあります、環境破壊、戦争、疫病、飢饉(貧困)、他災厄全てです。

それでは、祓に関する文面③をお伝えしますね。

1.地(九二)つ巻 第八帖 今度の世界中の戦(一九三)は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。

Ⅰ.祓ひせよとは、借銭なし、めぐりなくすことです。昔からの借銭は誰にもあります。それはらふまでは誰によらず苦しみます。

祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。借銭なしとはめぐりなくすることぞ、昔からの借銭は誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは誰によらず苦しむのぞ、

祓ひせよ、と申してあることとは、何もかも借銭なしにする事です。

借銭なし、とはめぐりなくする事です。
苦を苦で無くす事です。

昔からの借銭は誰にもあるのです。
それ、はらってしまふまでは、誰によらず苦しみます。

今の、世の環境破壊、戦争、疫病、飢饉(貧困)、他災厄全て(殺人、自殺、サギ等)の状況が、昔からの借銭、という事なのです。

Ⅱ.借銭は人だけでなく、家ばかりでなく、国にもあります。世界中借銭なし、が何しても大望です。

人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、国には国の借銭あるぞ。世界中借銭なし、何しても大望(たいもう)であるぞ。

それは、人ばかりではありません。家ばかりでもありません。

国には国の借銭あります。
世界中借銭なし、何しても大望(たいもう)です。

Ⅲ.今度の世界中の戦は、世界の借銭なしです。世界の大祓ひです。お祓ひ祝詞は宣(の)(九一)りて下さい。

今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、世界の大祓ひぞ、神主お祓ひの祝詞(のりと)あげても何にもならんぞ、お祓ひ祝詞は宣(の)るのぞ、今の神主 宣(の)ってないぞ、口先ばかりぞ、祝詞も抜けてゐるぞ。

これは初めて、の文面ですね。

今度は世界中の戦(一九三)は世界の借銭なしです。

世界の大祓ひです。

国債残高は半減のところまで現在来ましたが、世界中の債務もいずれ、総て無くす世への移行が求められます。

ですから、神主お祓ひの祝詞(のりと)あげてもどうにもならんのです。

お祓ひ祝詞は、の(九一)るのです。お祓い祝詞という単語は初めてかもですね。

今の神主は、の(九一)っていないのです。
くにつつみ、の初めもできていない、という事ですね。

ですから、口先ばかりです。

のりと(九一、理、十)も抜けてゐます。
九から、神の道が抜けたものなのです。

Ⅳ.今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。ですから、きたなく映ると伝えられてゐます。

あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐるではないか、臣民の心にはきたなく映るであろうが、それは心の鏡くもってゐるからぞ。

今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。

ですから、臣民の心にはきたなく映るであろうが、とあります。

それは、心(九九六)の鏡がくもってゐるからです。

この文面からしますと、裏を返せば、祝詞では、あなはち、しきまきや、くにつ罪、総ての(九一)る事が前提のようにも言えそうです。

Ⅴ.悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐます。これでは世界はきよまりません。

悪や学にだまされて肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐるでないか、これでは世界はきよまらんぞ。

悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで、骨抜きにしてゐるのです。
これでは、世界はきよまりません。

Ⅵ.祝詞とはよむものではなく、宣る、いのる、なりきる、とけきる、事にあります。

祝詞はよむものではないぞ、神前で読めばそれでよいと思うてゐるが、それ丈では何にもならんぞ。宣るのざぞ、いのるのざぞ、なりきるのざぞ、とけきるのざぞ、

祝詞はよむものではなく、それだけでは何にもなりません。

のるのです。
九一、からです。くにつ罪、から始めます。

いのるのです。
まず、行じる事にあります。そして、省みる事にあります。
その上で、心・口・行の一致した上で神の御心を入れていきます。
この繰り返しです。すると、改心せざるを得ません。

なりきるのです。
一切、を意志し理解しようとする処にあります。

とけ(十気)きるのです。
相手、一切にとけきります。一切は御自身です。
神のキを、頂いて下さい。大神様のキを頂いて下さい。

このようにしていきます。

Ⅶ.祝詞は、神主だけでなく、皆の心得です。神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひ、とお伝えされています。

神主ばかりでないぞ、皆心得ておけよ、神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひぞ。

それは、神主ばかりではないのです。

皆心得て下さい。

神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること、根本の大間違ひです。

2.まとめ

祓ひせよとは、借銭なし、めぐりなくすことです。

此の世の苦を苦で無くす事です。
昔からの借銭は誰にもあります。それはらふまでは誰によらず苦しみます。

借銭は人だけでなく、家ばかりでなく、国にもあります。世界中借銭なし、が何しても大望です。

今の神主、あなはち、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐます。
ですから、きたなく映ると伝えられてゐます。

悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしてゐます。これでは世界はきよまりません。

祝詞とはよむものではなく、
宣る、いのる、なりきる、とけきる、
事にあります。

祝詞は、神主だけでなく、皆の心得です。神のことは神主に、仏は坊主にと申してゐること根本の大間違ひ、とお伝えされています。

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