岩戸に関する文面⑨に進みます。
実は、岩戸、いわと、に関する残された文面は、五十黙示録に多く、ここからまだ結構続きます。
今回は、扶桑之巻 第三帖、第十二帖、の二つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、岩戸のひらけた世界、逆様の世界、について。また、神の巻物五十巻について、御伝えされています。いずれも、ほぼ全面的に変わっており、2段階目、3段階目のマンデラ・エフェクト起こってゐる感じです。
扶桑之巻 第三帖、では、
岩戸(言答)のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてくる、とあります。
逆様の世界が、この世界に入り交じるから、とあります。
この為、親より子(九)が先に目がさめます。
この道に進んだ方から、早く目がさめます。
逆様の世界とは、悪の世界ではない、とあります。
霊の世界には、想念のまま、どんなことでも出来る世界です。
うれしい、こわい世界は近づいています。
第十二帖では、
神の巻物は五十巻で、この巻物を見たものは、今迄に一人もありません。
人民には判らんようになってゐる。とあります。
この説けない巻物は、天(・)の文字、数字、で書いてあり、無、が書いてあります。
ですが、心を無にすれば白紙の中に文字が現れます。
時節参りて、誰の目にも、黙示としてうつるようになりました。
岩戸がひらけて愈々の時です。
始めからの巻物よく(四九)読んで、よくより分けて下されよ、とあります。
何も彼も一切ありやかに刻まれてゐます。しきまきや、くにつつみ、で判るのです。
残る十二巻と一巻は人民では判らんようになっています。
それは、無の巻物であり、空(そ〇)に書いてあります。
日月神示は、御自身が、御三体の大神様から生み出す事で現れます。
それでは、岩戸に関する文面⑨、をお伝えしますね。
- 1.扶桑之巻 第三帖 霊の世界には、想念のまま、どんなことでも出来ます。うれしい、こわい世界は近づいています。
- 2.扶桑之巻 第十二帖 残る十二巻と一巻は人民では判らんようになってゐます。無の巻物です。空(そ、〇)に書いてあります。
- Ⅰ.うづ、の、三が道より、神の動き、くにつつみ、を生み出す事。きこしめしたべ、の段階となっています。
- Ⅱ.神の巻物は五十巻で、この巻物を見たものは、今迄に一人もありません。人民には判らんようになってゐます。
- Ⅲ.この説けない巻物は、天(・)の文字、数字、で書いてあり、無、が書いてあります。心を無にすれば白紙の中に文字が現れます。
- Ⅳ.時節参りて、誰の目にも、黙示としてうつるようになりました。岩戸がひらけて愈々の時です。
- Ⅴ.始めからの巻物よく(四九)読んで、よくより分けて下されよ、とあります。何も彼も一切ありやかに刻まれてゐます。
- Ⅵ.残る十二巻と一巻は人民では判らんようになってゐます。無の巻物です。空(そ、〇)に書いてあります。
- 3.まとめ
1.扶桑之巻 第三帖 霊の世界には、想念のまま、どんなことでも出来ます。うれしい、こわい世界は近づいています。
Ⅰ.たかあまはら(十、三⦿、一一、九二、八、〇)千木高しり、仕へまつらむ段階です。
●高天原に 千木高しりて 仕へまつらむ。
高天原に 千木高しりて 仕へまつらむ。
とあります。
たかあまはら(十、三⦿、一一、九二、八、〇)、
神の三界和合、をアイウの永劫の過去より、くにつつみ、より、三次元に神々様を無限に生み出す事。
それは、千木高しり(千、木、十、三⦿、四、理)て、千人力の岩戸開きより、神の三界和合より、しきまきやから知りて、
仕へまつらむ、段階です。
Ⅱ.岩戸(言答)のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてきます。逆様の世界が、この世界に入り交じるからです。
●岩戸(言答)のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてくるぞ、逆様の世界が、この世界に入り交じるからであるぞ、
マンデラ・エフェクト文面です。
岩戸のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかり出てきます。
当座、という単語は初めてですし、実際、岩戸のひらけた直後が、不合理に思へることばかり出て来るのも初めて、です。
実際、岩戸ひらけている方には、不合理に思へる事が出て来てゐる、とみます。
私もその体験に直面しています。
それは、逆様の世界が、この世界に入り交じるからです。
Ⅲ.親よりも子の方が早く目さめます。子(九)が親となります。
●親よりも子の方が早く目さめるぞ、子が親となるぞ、
親よりも子の方が早く目覚めます。
子が親となります。
もしお子様が居ましたら、先に目覚める可能性があるので、注意して下さい。
また、御両親が居るのであれば、先に御自身が目覚めて下さい。
ですが、恐らくながら、子とは、九、の事です。
くにつつみ、から進んだ者です。
この事で、おや(七二、八)が目覚め、御自身のシチニの神、三次元の神が、目を醒まします。
これは、誰にでも言える共通する話です。
ですから、まず、御自身が、九の道、此の道に進み、くにつつみ、より、目覚めて下さい。
御自身が、子となり、九となるのが一番速いです。
Ⅳ.さかさまの世界と申しても、悪の世界ではありません。霊の世界には、想念のまま、どんなことでも出来ます。うれしい、こわい世界は近づいています。
●さかさまの世界と申しても悪の世界ではないぞ、霊の世界には想念のままにどんなことでも出来るのであるぞ、うれしい、こわい世界が近づいて来ているのであるぞ。
引き続きマンデラ・エフェクト文面です。
さかさま(三、三⦿、三、九二)の世界と申しても、それは、悪の世界ではありません。
現在の、悪の世界的に捉えるなら、前の段階の囚われた世界の事です。
ですが、さかさまの世界とは、逆行く無理の世界、という意味合いもあるとみますが、
それこそ、くにつつみから、三界和合によって、三が道として現れる世界とも言える、と伝えられています。
実は、逆様の世界こそ、くにつつみ、で現れた一面の世界でもあるのです。
そして、それを、また、変えていく事が求められるようです。
霊の世界には、想念のままにどんなことでも出来るのです。
ですから、我ですと、滅亡に近付きやすい、という事もありますし、改心を進めていく事で、よりよき世界が現れます。
うれしい、こわい世界が近づいて来ている、とあります。
2.扶桑之巻 第十二帖 残る十二巻と一巻は人民では判らんようになってゐます。無の巻物です。空(そ、〇)に書いてあります。
Ⅰ.うづ、の、三が道より、神の動き、くにつつみ、を生み出す事。きこしめしたべ、の段階となっています。
●進(タテマツ)る 宇都の幣帛(ミテクラ) きこしめしたべ。
タテマツる うづのミテクラ(三、八五、九、〇)、きこしめしたべ、の段階です。
うづ、の、三が道より、神の動き、くにつつみ、を生み出す事。
きこしめしたべ、の段階となっています。
Ⅱ.神の巻物は五十巻で、この巻物を見たものは、今迄に一人もありません。人民には判らんようになってゐます。
●神の御手に巻物があるぞ、その巻物の数は五十巻ぢゃ、この巻物を見たものは今迄に一人もなかったのであるぞ、見ても判らんのぢゃ。巻物を解いて読もうとすれば、それは白紙となって了うのであるぞ、人民には判らんなり。
これは、2025年頃に一部現れたとみますが、さらに新たに生まれてきている、とみます。
神の御手に巻物があります。
その巻物の数は五十巻です。
この出だし部分が新たに追加されたとみます。
この巻物を見た者は、今迄に一人もなかったのです。
実際、今現れているのは、三十巻、五十黙示録の七巻、補完月光の巻で、三十八巻ですから、その通りです。
そして、見ても分らん、とありますが、実は、此の道に進みますと判ってきますが、嬉しきビックリ、体験で判るようになってきます。
その巻物を解いて読もうとしますと、それは白紙となってしまふのです。
人民には判らんなり、とありますが、此の道に進んでいても、具体的結果までが判りません。
ですが、後からその不思議な結果になった体験だけが判るのです。
これが、神学、嬉しきビックリ、という事です。
Ⅲ.この説けない巻物は、天(・)の文字、数字、で書いてあり、無、が書いてあります。心を無にすれば白紙の中に文字が現れます。
●説くことは出来んなり、この巻物は天の文字で書いてあるぞ、数字で書いてあるぞ、無が書いてあるぞ、無の中に有がしるしてあるぞ、心を無にすれば白紙の中に文字が現はれるのであるぞ、
引き続き、新たなマンデラ・エフェクト文面です。
この巻物は、説くことは出来んなり、とあります。
最初から説くことは出来ないようになってゐるかもしれません。
説こうとしては、新たな世界生れる為です。
こ(九)の巻物は、
天の文字で書いてあります。
数字で書いてあります。
無が書いてあります。
無の中に有がしるしてあります。
心を無にすれば、白紙の中に、文字が現はれるのです。
このように、この巻物の在り方、が愈々詳細に伝えられることとなりました。
Ⅳ.時節参りて、誰の目にも、黙示としてうつるようになりました。岩戸がひらけて愈々の時です。
●時節参りて誰の目にも黙示とうつるようになった、有難いことであるぞ、岩戸がひらけて愈々の時となったのぞ、
これは、2024~5年頃にあった、マンデラ・エフェクト文面です。
時節参りて誰の目にも黙示とうつるようになった、有難いことです。
岩戸がひらけて愈々の時となったのです。
この道に進めている人には、よく判っている、と見ます。
Ⅴ.始めからの巻物よく(四九)読んで、よくより分けて下されよ、とあります。何も彼も一切ありやかに刻まれてゐます。
●始めからの巻物よく読んで下されよ、よくより分けて下されよ、何も彼も一切ありやかに刻まれてゐるぞ、
2024~5年頃にあった、マンデラ・エフェクト文面です。
始めからの巻物、よく(四九)読んで下されよ、とあります。
よく(四九)より(四理)分けて下されよ、とあります。
しきまきや、くにつつみ、より、しきまきやの理、不二の仕組から分けて、三が道を生み出した四へとして下さい。
何も彼も一切ありやかに刻まれてゐます。
Ⅵ.残る十二巻と一巻は人民では判らんようになってゐます。無の巻物です。空(そ、〇)に書いてあります。
●残る十二巻と一巻は人民では判らんぞ、無の巻物ぞ、空に書いてあるぞ。
これは、新たにマンデラ・エフェクト文面です。
残る十二巻と一巻は人民では判らんのです。
残る十二巻は、判るのですが、一巻とは、上つ巻なのでしょうかね。
途中になっている、冬の巻を指しているのでしょうか。
ですが、いずれも無の巻物、として意味しています。
空(そ〇)に書(三⦿)いてあるぞ、というのが答えです。
御三体の大神様によって、生み出されるもの、それは、三界和合で起こすところにあるのです。
3.まとめ
たかあまはら(十、三⦿、一一、九二、八、〇)千木高しり、仕へまつらむ段階です。
千人力の岩戸開きより、神の三界和合より、しきまきやから知りて、仕へまつらむ、段階です。
岩戸(言答)のひらけた、その当座は、不合理に思へることばかりでてきます。
逆様の世界が、この世界に入り交じるからです。
親よりも子の方が早く目さめます。
子(九)が親となります。
まず、御自身が、九の道、此の道に進み、くにつつみ、より、目覚めて下さい。
さかさまの世界と申しても、悪の世界ではありません。
霊の世界には、想念のまま、どんなことでも出来ます。
うれしい、こわい世界は近づいています。
うづ、の、三が道より、神の動き、くにつつみ、を生み出す事。
きこしめしたべ、の段階となっています。
神の巻物は五十巻で、この巻物を見たものは、今迄に一人もありません。
巻物を解いて読もうとすれば、それは白紙となってしまいます。
人民には判らんようになってゐます。
後からその不思議な結果になった体験だけが判るのです。
この説けない巻物は、天(・)の文字、数字、で書いてあり、無、が書いてあります。
心を無にすれば白紙の中に文字が現れます。
時節参りて、誰の目にも、黙示としてうつるようになりました。
岩戸がひらけて愈々の時です。
始めからの巻物よく(四九)読んで、よくより分けて下されよ、とあります。
何も彼も一切ありやかに刻まれてゐます。
残る十二巻と一巻は人民では判らんようになってゐます。
無の巻物です。
空(そ、〇)に書いてあります。
御三体の大神様によって、生み出されるもの、それは、三界和合で起こすところにあるのです。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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