神に関する文面4に進みます。
今回は、富士の巻 第一帖、第十四、第十六帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、・は光の真中、⦿は四の道、について、身魂磨きについて、世の終りに向け、神かかれる身体、人の用意を急ぐ旨を伝えられてゐます。
第一帖、では、
元の道は、初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。とあります。
特に、・は光(一一、⦿理)の真中、⦿は四の道、である事、気の付く臣民ないなれど。
とあります。しきまきや、は、私は気付いてゐる為、しきまきや、と気付く以外、もしくは他に解釈もあるかもしれません。(詳細は本編で)
「一が二」わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかるとあります。
身魂磨き第一です。これは、此の道進み、嬉しきビックリ、を体験している人には分かって来ます。
第十四帖、では、
身魂みがくと申すことは、身体を神の入れものとして、神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすること、
とお伝えされてゐます。
普段からの食事等、大切です。ここから、身魂磨きになってゐます。身、磨く事も大切です。
第十六帖、では、
味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来ます。
梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでは神も手が出せない、
このような状況となる事を伝えられてゐます。
北から攻めて来るときが、この世の終り始めです。
天にお日(⦿)様一つでなく、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思って下さい。
実際には、⦿を二つ三つ四つ、を出して行くかもしれません。
この世の終りは、神国の始めと思って下さい。とあります。
神々様にも知らし、神はいつでもかかれます。人の用意をいそぎます。
もう、時間残されてゐません。
それでは、神に関する文面4をお伝えしますね。
1.富士の巻 第一帖 元の道は、初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。とあります。
Ⅰ.道はいくらもあるなれど、どの道通ってもよいと申すのは、悪のやり方です。元(⦿)の道は一つです。
●道はいくらもあるなれど、どの道通っても、よいと申すのは、悪のやり方ぞ、元の道は一つぞ、
道はいくらもあるのですが、どの道通っても、よいと申すのは、悪のやり方です。
元(⦿)の道は一つしかないのです。
まずは、神の御心の理解、にあります。
それは、御神示読む事から始まり、続いて、行をしていき、省み、我の洗濯、掃除、改心を進めていく事にあります。
Ⅱ.初めから元の世の道、変わらぬ道があればよいと申す事、我さへたてばよいように申すのが、悪の深き腹の一厘です。
●初めから元の世の道、変らぬ道があれば、よいと申してゐるが、どんなことしても我さへたてばよいように申してゐるが、それが悪の深き腹の一厘ぞ。
初めから元の世の道、変わらぬ道があればよい、と申してゐますが、どんなことしても、我さへたてば、よいように申してゐますが、それが悪の深き腹の一厘です。
無限に生み出す、弥栄の道が、神の御心ですので、変わらぬ道、というのは無いのです。
それでは、弥栄が止まってしまう為です。
Ⅲ.元の道は、初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。とあります。
●元の道は初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、・は光の真中⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。
マンデラ・エフェクト文面です。
元(⦿)の道は、初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、とあります。
元の道とは、神のなれる道、・なる初め、なのです。
・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど、とあります。
・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど、とありますが、
光(一一⦿理)の真中であり、四の道、でもあるのです。
ですから、しきまきや、永劫の過去から生み出す道、という事もありますが、
実際、最近思い始めたのが、四つの道を生み出すかもしれません。
それが、二つとなり、一つとなり、です。
ただ、神のなれる、という所まで、気の付くまでは、御自身がそうならない事にはさすがに無理の所もあると思っていますが。
Ⅳ.「一が二」わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかります。身魂磨き第一です。
●「一が二」わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかるのざ、身魂磨き第一ぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
「一が二」わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかる、とあります。
一が二、が分かれば、二が三、も分かりますし、二が四も判ってきます。
しきまきや、の解釈も、また無限にあるかもしれませんが、四つの世界が和して一つになる、
というのが基本的なしきまきや、の考え方ですが、確かに、同じ世界が、一が二になる、というのも分かります。
転じて、二が三となる、四となる、も判ってきます。
ですから身魂磨き、第一です。
2.富士の巻 第十四帖 身魂みがくと申すことは、神の入れものとして、神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることです。
Ⅰ.身も心も神のものですから、毎日毎日、神から頂いたものと思えばよいです。この事で、どんなにしたらよいかもわかってきます。
●臣民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日 神から頂いたものと思えばよいのであるぞ、それでその身体(からだ)をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、
臣民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものですから、毎日毎日 神から頂いたものと思えばよいのです。
それで、その身体(からだ)をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、とあります。
永劫の喜びに向けて、身体(からだ)を大切にして下さい。
食事、まず一番大切です。
Ⅱ.夜になれば、眠った時は神にお返ししてゐると思って下さい。
●夜になれば眠ったときは神にお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであろうが。
夜になれば、眠った時は、神にお返し(七二、⦿、経、四)してゐるのざと思へ、とあります。
それでよく(四九)分かるであろうが、とあります。
寝て起きれば、日々、マンデラ・エフェクト起こり続ける事が一つ判ってきますし、身体の状態でも判ってくる所があります。
Ⅲ.身魂みがくと申すことは、神の入れものとして、神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることです。
●身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ。
これは、マンデラ・エフェクト文面です。
身魂みがく、と申すことは、神の入れもの、として神からお預かりしてゐる、神の最も尊いこととしてお扱いすることです。
身も大切です。魂も大切です。
3.富士の巻 第十六帖 この世の終りは、神国の始めと思って下さい。神々様にも知らし、神はいつでもかかれます。人の用意をいそぎます。
Ⅰ.あらしの中の捨小舟、どこへ行かすやら、船頭さんにも分かりません。
●あらしの中の捨小舟ぞ、どこへ行くやら行かすやら、船頭さんにも分かるまい、
あらしの中の捨小舟です。
どこは行くやら行かすやら、船頭さんにも分かるまい、とあります。
まず、どこに行く、というのではなく、行かす、という点に注意です。
御自身の最善を務めるのだけでなく、やはり、進む世界は判らないようになって行きます。
Ⅱ.味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来ます。梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでは神も手が出せない状況となります。
●メリカ、キリスは花道で、味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来る、梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでは神も手が出せぬ、
マンデラ・エフェクト文面です。
メリカ、キリスは花道で、味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来ます。
梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでは神も手が出せぬ、
そういった状況になります。
愈々、この後、大変な状況となって行きます。
Ⅲ.腐りたものは腐らして肥料になると思っていても、肥料にさへもならぬもの、沢山出来てゐます。
●腐りたものは腐らして肥料になりと思へども、肥料にさへもならぬもの、沢山出来て居らうがな、
腐りたものは、腐らして肥料になりと、思へども、肥料にさへもならぬもの、沢山出来て居ろうがな、
とあります。
放射性廃棄物等、沢山あります。
Ⅳ.北から攻めて来るときが、この世の終り始めです。天にお日様一つでなく、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思って下さい。
●北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり、天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、
北から攻めて来る時が、この世の終り始めなり、とあります。
キタの三か国が一つあります。
天(・)にお日(⦿)様一つではないです。
二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、と思って下さい。
ですが、⦿が二つ三つ四つ出て来る状況ですが、もっと別の可能性もあるかもしれません。
Ⅴ.この世の終りは、神国の始めと思って下さい。神々様にも知らし、神はいつでもかかれます。人の用意をいそぎます。
●この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ、神々様にも知らすぞよ、神はいつでもかかれるぞ、人の用意をいそぐぞよ。
この世の終りは、神国の始め、と思って下さい。
神々様にも知らします。
この後が、マンデラ・エフェクト文面です。
神はいつでもかかれます。人の用意をいそぐ、とあります。
人の用意急ぐ文面、増えて来てゐます。
4.まとめ
道はいくらもあるなれど、どの道通ってもよいと申すのは、悪のやり方です。元(⦿)の道は一つです。
初めから元の世の道、変わらぬ道があればよいと申す事、我さへたてばよいように申すのが、悪の深き腹の一厘です。
元の道は、初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初め、・は光の真中、⦿は四の道、此の事、気のつく臣民ないなれど。とあります。
光(一一⦿理)の真中であり、四の道、でもありますが、実際に四つの道となったり、他にも解釈があるかもしれません。
「一が二」わかる奥の道、身魂掃除すれば此のことわかります。
これは此の道に進みますと、判ってきます。
ですから、身魂磨き第一です。
身も心も神のものですから、毎日毎日、神から頂いたものと思えばよいです。この事で、どんなにしたらよいかもわかってきます。
夜になれば、眠った時は神にお返ししてゐると思って下さい。
此の道に進みますと、寝て起きて、周囲の世界も別になって行きます。
身魂みがくと申すことは、神の入れものとして、神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることです。
光(一一⦿理)の真中であり、四の道、でもあるのです。
あらしの中の捨小舟、どこへ行かすやら、船頭さんにも分かりません。
味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来ます。梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでも神も手が出せない状況となります。
腐りたものは腐らして肥料になると思っていても、肥料にさへもならぬもの、沢山出来てゐます。
北から攻めて来るときが、この世の終り始めです。天にお日様一つでなく、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思って下さい。
この世の終りは、神国の始めと思って下さい。
神々様にも知らし、神はいつでもかかれます。
人の用意をいそぎます。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

