生死に関する文面16、に進みます。
今回は、極め之巻 第十三帖、至恩之巻 第三帖、第十三帖、の三つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、八方想念肉体では生きていけないこととなり、十方的想念と肉体でないとならん、とお伝えされています。
極め之巻 第十三帖、では、
死んでも神の中にゐます。思うさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬、とあります。
死んでも神の中ゐる、という表現は新たに生まれたとみます。
至恩之巻 第三帖、では、
天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのです。
ですが、それは限られた時と所でのことで永遠のものではありません。
その昔、天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物、というのがあった話がマンデラ・エフェクト、ですが、
それが、12345678910、であり、死者も甦らせることもできたようですが、今度の岩戸ひらきには役に立たず、
そこで、二十二のフトマニ、大宇宙の法則、が必要となったのです。
至恩之巻 第十三帖、では、
しばらくの生みの苦しみです。
八の世界から十の世界になるので、今迄の八方的な考へ方、想念や肉体では生きては行かれん事になります。
十方的想念と肉体でなくてはならんことになります。
八方的な考え、想念、肉体、では、生きては行けないようになり、十方的想念、肉体、となる事が求められてゐます。
それでは、生死に関する文面16、をお伝えしますね。
1.極め之巻 第十三帖 死んでも神の中にゐます。思うさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬、となります。
Ⅰ.これまでに申してきかせても、言ふこときかぬ人民多いです。きく耳ないならば、思ふようにやって見なされ、グルグル廻って、又はじめから、とあります。
●これまでに申してきかせても言ふこときかぬ人民多いぞ、きく耳ないならば思ふようにやって見なされ、グルグル廻って又はじめからぞ、
これまでに申してきかせても、言ふこときかぬ人民多いです。
きく(二二、九)耳(三三)、ないならば、思ふようにやって見なされ、とあります。
グルグル廻って、又はじめから、になります。
これは、私も直近で体験しているところもあります。
神の御心基軸、というのも非常に重要です。
簡単そうで簡単ではありません。此の道は簡単ではありません。
Ⅱ.人民は神の中にゐるので、神の外には出られません。死んでも神の中にゐます。思うさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬、となります。
●人民は神の中にゐるのであるから、いくら頑張っても神の外には出られん。死んでも神の中にゐるのぞ、思ふさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬と申すもの。
人民は、神の中にゐるのであるから、いくら頑張っても神の外には出られん、とあります。
死んでも神の中にゐます。
この死んでも神の中にゐる、という部分はマンデラ・エフェクト、と見ます。
思ふさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも、薬と申すもの、とあります。
2.至恩之巻 第三帖 天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのです。ですが、それは限られた時と所でのことで永遠のものではありません。
以前にも、関連している文面は、第二帖と四帖、これは既に御伝えしていますが、この流れから、改めて第三帖、を伝えていきます。
Ⅰ.天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのです。
●判るように説いて聞かすから、今迄の智を一先づすてて、生れ赤児となりて聞いて下されよ。天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのぞ。
判るように説いてきかすから、今迄の智をひとまずすてて、生れ赤児となりて下されよ、とあります。
次がマンデラ・エフェクト文面で、2026年のどこかで起こってゐます。
天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのです。
Ⅱ.その時はそれで一応よかったのですが、それは限られた時と所のことで永遠のものではありません。
●その時はそれで一応よかったのであるなれど、それは限られた時と所でのことで永遠のものではないぞ。
其の時はそれで一応よかったのですが、それは、限られた時と所でのことで永遠のものではありません。
参考にその前後の文面改めて御伝えします。
第二帖
フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。
参考:まことに関する文面45 神の申す事一分一厘違ひません。今度言ふこと聞かねば、千の下になってしまひます
第四帖
この時代には一二三四五六七八九十の数と言葉で、死者も甦る程の力があったのであるなれど段々と曇りが出て来て、これだけでは役にたたんことになって来たのぞ。岩戸開きの鍵であったが、今度の岩戸ひらきには役にたたんようになったのであるぞ。始めに⦿がなくてはならん、⦿は神ぞ。
参考:岩戸に関する文面⑭ 天は天、地は地、人民は人民、動植物は動植物、菌は菌、それぞれの岩戸をひらく時節が来ました
元々、一二三四五六七八九十の数と言葉で、死者も甦る程の力があったのですね。
ですが、それでも、今度の岩戸ひらきには役にたたないのです。
フトマニ、大宇宙の法則であり秩序であり、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があり、
マコトのマコトとし、合わせて二十二、が富士(不二)の仕組です。
3.至恩之巻 第十三帖 しばらくの生みの苦しみです。八の世界から十の世界になるので、今迄の八方的な考へ方、想念や肉体では生きては行かれん事になります。十方的想念と肉体でなくてはならんことになります。
Ⅰ.死ぬか生きるかは人民ばかりでなく、神々様も森羅万象の悉くが同様です。
●死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ、
マンデラ・エフェクト文面ですね。
死ぬか生きるかは人民ばかりではない、とあります。
神々様も森羅万象の悉くが同様である、とあります。
前の段階と違って現れるのは、人民だけでなく、神々様、森羅万象の悉く、同様なのです。
Ⅱ.しばらくの生みの苦しみです。八の世界から十の世界になるので、今迄の八方的な考へ方、想念や肉体では生きては行かれん事になります。十方的想念と肉体でなくてはならんことになります。
●しばらくの生みの苦しみ。八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ。
これも全体的には、2025年頃現れましたが、出だしが新たに追加です。
しばらくの生みの苦しみ、です。
しばらく、生みの苦しみ、の段階があります。
八の世界から十の世界になるのであるから、とありますから、
三次元世界から、イワトが開いた十の世界です。
今迄の八方的な三次元的考へ方、八方的な想念や肉体では、生きては行かれんようになります。
半霊半物でないと生きていけません。
基軸は死後すぐの世界、生前すぐ前の世界です。
十方的想念と肉体でなくてはならんようになってゐます。
4.まとめ
これまでに申してきかせても、言ふこときかぬ人民多いです。
きく耳ないならば、思ふようにやって見なされ、グルグル廻って、又はじめから、とお伝えされています。
人民は神の中にゐるので、神の外には出られません。
死んでも神の中にゐます。思うさまやりて得心改心、われがわれがで苦しむのも薬、とあります。
天之鈿女(あめのうづめ)の命が天照大神に奉った巻物には12345678910と書いてあったのです。
その時はそれで一応よかったのですが、それは限られた時と所のことで永遠のものではありません。
フトマニ、大宇宙の法則であり秩序であり、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があり、
マコトのマコトとし、合わせて二十二、が富士(不二)の仕組です。
死ぬか生きるかは人民ばかりでなく、神々様も森羅万象の悉くが同様です。
しばらくの生みの苦しみです。
八の世界から十の世界になるので、
今迄の八方的な考へ方、想念や肉体では生きては行かれん事になります。
十方的想念と肉体でなくてはならんことになります。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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