生死に関する文面13、に進みます。
今回は、秋の巻 第四帖、第十一帖、第二十帖、補巻 月光の巻 第十九帖、の四つの文面です。
今回のマンデラ・エフェクトは、今迄のやり方が間違ってゐた事、お金を掘るのではなく生み出す事、あらゆる宗教の教祖及びその指導神を、み光の大神様としていつきまつる事。についてお伝えされてゐます。
第四帖、では、
三千年一切り、です。今迄の考へ方を変へよ、と申されてゐます。
一段づつ上げねばなりません。今迄のやり方、間違ってゐたこと判ってきます。
三千年一切り、とは、三千年でなく、三つの千人力が和した年から、一切りになっていく、という事があります。
ですから、今迄の考へ方を変え、一段づつ上げ、この事で、今迄のやり方、間違ってゐた事が判ってくる、とあります。
空中楼閣 見て居れん。ことになります。
今を土台に一段一段進んで下さい。
第十一帖、では、
親と子は、生むと生れるの相違出てきます。
上の子と下の子と、左の子と右の子とは違ひます。違へばこそ存在します。
とあります。
生むと生れるの相違、の理解、が求められてゐます。
第二十帖、では、
カネは掘り出せんようになります。生み出してくれよ。として下さい。
此の道に進みますと、カネは掘り出せなくなり、生み出す事が求められます。
補巻 月光の巻 第十九帖、では、
釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつりて下さい。
とあります。
み光の大神様として斎きまつることで、ひかり教会としての力が出るようになります。
それは、三光(三⦿⦿理)の大神様です。三界和合し、理を生み出す事で、ひかり教会としての力が出るのです。
人民のうきせになやむを救うのは、オホカムツミの神様です。
この能(ハタラキ)の神名わすれてはなりません。
このほうはオホカムツミの神とも現われるからです。
それは、御自身、となって行きます。
それでは、生死に関する文面13、をお伝えしますね。
1.秋の巻 第四帖 三千年一切り、今迄の考へ方を変へ、一段づつ上げて下さい。今迄のやり方、間違ってゐたこと判ってきます。空中楼閣 見て居れんことになります。
Ⅰ.道徳、倫理、法律、は人民のつくったものですが、本質的には、生れ出た神の息吹によらねばなりません。
●道徳、倫理、法律は何れも人民のつくったもの。本質的には生れ出た神の息吹きによらねばならん。
道徳、倫理、法律は、いずれも、人民のつくったもの、です。
本質的には、生れ出た神の息吹によらねばならん、ようになってゐます。
まずは、神の息吹、を生み出す事が求められます。
Ⅱ.神も世界も人民も、いずれも生長しつつあります。いつまでも同じであってはならんようになってゐます。
●神も世界も人民も何れも生長しつつあるのざ。何時までも同じであってはならん。
神も世界も人民も、いずれも生長しつつあるのです。
いつまでも、同じであってはならん、ようになってゐます。
Ⅲ.三千年一切り、です。今迄の考へ方を変へよ、と申されてゐます。一段づつ上げねばなりません。今迄のやり方、間違ってゐたこと判ってきます。
●三千年一切りぢゃ。今迄の考へ方を変へよと申してあらう。道徳を向上させよ。倫理を新しくせよ。法律を少なくせよ。何れも一段づつ上げねばならん。今迄のやり方、間違ってゐたこと判ったであらう。
三千年一切り、です。
これは、三千年で、一区切り、というよりは、三つの世界の千人力の年に、一つ区切りがある、という事があります。
そもそも、三千年、現段階の人は生きていける訳ではないですから、そこから変わらないとならないのです。
このように、今迄の考へ方を変へよ、とあります。
このようにして、道徳を向上、倫理を新しく、法律を少なくする事が求められるのです。
いずれも、一段づつ上げねばならんようになってゐます。
今迄のやり方、間違ってゐたこと判ってであろう、とあります。
最後の、今迄のやり方、間違ってゐたこと判ったであろう、が新たにマンデラ・エフェクトで加わったとみます。
Ⅳ.一足飛びにいきません。一歩々々上がって行かななりません。ですが土台すててもなりません。空中楼閣 見て居れんことになります。
●一足飛びには行かんなれど、一歩々々上って行かなならんぞ。ぢゃと申して土台をすててはならん。土台の上に建物たてるのぢゃ。空中楼閣 見て居れん。
一足飛びには行かないようになってゐます。
一歩々々上って行かなならんようになってゐます。
ですが、土台をすててはならん。ように成ってゐます。
土台の上に建物たてる、この型は変わりません。
最後の空中楼閣、は、どこかからか現れたマンデラ・エフェクト文面です。
空中楼閣、とは、空中に浮かぶ立派な建物や蜃気楼を指す言葉です。
転じて、実現するための確固たる根拠がない架空の物事や、現実離れした空想・理論の比喩、とあります。
この段階ではなりません。
それには、一段一段、この世に現し、のぼっていかな、ならんようになってゐます。
マンデラ・エフェクト、を次々、生み出し、そしてのぼって下さい。
2.秋の巻 第十一帖 親と子は、生むと生れるの相違出てきます。上の子と下の子と、左の子と右の子とは違ひます。違へばこそ存在します。
Ⅰ.親と子は、生むと生れるの相違出てきます。
●親と子は、生むと生まれるとの相違出来てくるぞ。
マンデラ・エフェクト、と見ます。
親と子は、生むと生まれるとの相違出来てきます。
Ⅱ.上の子と下の子と、左の子と右の子とは違ひます。違へばこそ存在する、とあります。
●又上の子と下の子と、左の子と右の子とは違ふのであるぞ。違へばこそ存在する。
又、上の子と下の子。左の子と右の子。
一人一人、違ふようになってゐます。
違へばこそ存在するようになってゐます。
3.秋の巻 第二十帖 科学に・入れると宗教となります。・は数です。カネは掘り出せんようになります。生み出してくれよ。として下さい。
Ⅰ.科学に・入れると宗教となります。・は数です。
●【科学に・入れると宗教となるのぢゃ】。・は数。
科学に・入れると宗教となります。
・は数、とありますが、かずたま、もあるかもしれません。
Ⅱ.カネは掘り出せんようになります。生み出してくれよ。として下さい。
●カネは掘り出せん。生み出してくれよ。
カネは此の道に進みますと、掘り出せんようになってきます。
カネを生み出して呉れよ、とあります。
私は、現在これが、試されてゐる所があります。
4.補巻 月光の巻 第十九帖 釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつりて下さい。大神様の一つの現はれです。
Ⅰ.釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつりて下さい。大神様の一つの現はれです。
●釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつれと申してあろが。大神様の一つの現はれぞと申してあろうが。
マンデラ・エフェクト文面ですね。
釈迦、キリスト、マホメット、その他、世界の生命ある教祖、及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつる段階に来てゐます。
以前には無かったのですが、総てみ光の大神様、の段階に入ってゐます。
大神様の一つの現はれ、とお伝えされています。
様々な宗教の神様、大神様、の現れの意識を持って下さい。
Ⅱ.み光の大神様として斎きまつることで、ひかり教会としての力が出るようになります。
●何故にみ光の大神様として斎きまつらんのぢゃ。宗教せぬのぢゃ。其処にひかり教会としての力が出ないのぢゃ。
何故に、み光の大神様として、まつらん、宗教せぬのぢゃ、とありますが、三つの宗教を意味しているという訳でなく、
三が道から、⦿と共に生み出す大神様として、まつり、宗教する事が求められてゐます。
そこにひかり教会としての力が出るようになります。
Ⅲ.人民のうきせになやむを救うのは、オホカムツミの神様です。この能(ハタラキ)の神名わすれてはなりません。このほうはオホカムツミの神とも現われます。
●人民のうきせになやむを救うのはオホカムツミの神であるぞ。この能(ハタラキ)の神名わすれてはならん。このほうはオホカムツミの神とも現われるぞと知らしてあること忘れたのか。
マンデラ・エフェクト文面です。
人民のうきせになやむを救うのは、オホカムツミの神様です。
この能(ハタラキ)の神名わすれてはならん。ように成ってゐます。
このほうはオホカムツミの神とも現われる、ように成ってゐます。
それは、御自身でもあります。
5.まとめ
道徳、倫理、法律、は人民のつくったものですが、本質的には、生れ出た神の息吹によらねばなりません。
まずは、神の息吹、を生み出す事が求められます。
神も世界も人民も、いずれも生長しつつあります。いつまでも同じであってはならんようになってゐます。
三千年一切り、です。今迄の考へ方を変へよ、と申されてゐます。三つの世界の千人力の年から一切りです。
一段づつ上げねばなりません。今迄のやり方、間違ってゐたこと判ってきます。
一足飛びにいきません。一歩々々上がって行かななりません。
ですが土台すててもなりません。
空中楼閣 見て居れんことになります。
親と子は、生むと生れるの相違出てきます。
上の子と下の子と、左の子と右の子とは違ひます。違へばこそ存在します。
科学に・入れると宗教となります。・は数です。かずたま、もあります。
カネは掘り出せんようになります。生み出してくれよ。として下さい。
釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつりて下さい。
大神様の一つの現はれです。
み光の大神様として斎きまつることで、ひかり教会としての力が出るようになります。
人民のうきせになやむを救うのは、オホカムツミの神様です。この能(ハタラキ)の神名わすれてはなりません。
このほうはオホカムツミの神とも現われます。
それは、御自身となって行きます。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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