マンデラ・エフェクト文面、最後は、神に関する文面、をお伝えしたいと思います。
神、に関しては、全部で4300以上あり、98%の文面に含まれています。
ですが、ここまで、結構御伝えしてきており、残す所は30回ありません。8月23日頃に終了する予定です。
半分近く2000程は、第十二巻まで、前半に集中しており、この事から、最初の十二巻が、神、に関して重要な事を
お伝えされてゐるとも言えます。実際、神世、大峠も詳細に、嬉し、恐ろしき世界が御伝えされてゐます。
その神の文面でも、やはり結構な驚きの内容になっているものが幾つかあります。
愈々感があります。
神に関する文面1に進みます。
今回は、上つ巻 第五帖、第十帖、第十一帖、第十七帖、の4つの文面になります。
総て短めの文面です。
今回のマンデラ・エフェクト文面は、第五帖、第十帖、第十一帖、です。短めながら、東京元の土にかへる、二度くり返し伝え、愈々感と共に、その為の回避の話が伝えられてゐます。
第五帖、では、
富士とは神の山のことです。神の山はみな富士(二二)といひます。しきまきや、の事です。
大庭の富士を探して見よ、として下さい。神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。
大庭の富士、神の米、初登場です。
ひむか(⦿六⦿)、とは神を迎えることです。ひむか(⦿六⦿)は、その使ひです。ひむかは神の使ひですから、九の道を早う開いて呉れよ、として下さい。
ひむか(⦿六⦿)の御役は人の病をなほして、神の方へ向けさす御役です。この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ、とあります。ひむか(⦿六⦿)が初登場です。
第十帖、では、
神に目を向ければ、神がうつり、神に耳向ければ神きこえ、神の心向ければ心にうつります。
掃除出来た方から神の姿うつります。それだけにうつります。
第十一帖、では、
いづくも土にかへると申してある通りです。東京は元の土に一時はかへます。その積りで用意して呉れよ、として下さい。
それでは、神に関する文面1、をお伝えしますね。
- 1.上つ巻 第五帖 大庭の富士を探して見よ、として下さい。神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。
- Ⅰ.富士とは神の山のことです。神の山はみな富士(二二)といひます。しきまきや、の事です。
- Ⅱ.見(三)晴らし台とは、身(三)晴らす(八〇⦿)ところです。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことです。
- Ⅲ.大庭の富士を探して見よ、とし、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。富士を開くとは、心に神を満たすことです。
- Ⅳ.ひむか(⦿六⦿)、とは神を迎えることです。ひむか(⦿六⦿)は、その使ひです。ひむかは神の使ひですから、九の道を早う開いて呉れよ、として下さい。
- Ⅴ.ひむか(⦿六⦿)の御役は人の病をなほして、神の方へ向けさす御役です。この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ、とあります。
- 2.上つ巻 第十帖 神に目を向ければ、神がうつり、神に耳向ければ神きこえ、神の心向ければ心にうつります。掃除の程度によりて、神のうつりかた違ひます。
- 3.上つ巻 第十一帖 いづくも土にかへると申してある通りです。東京は元の土に一時はかへます。その積りで用意して呉れよ、として下さい。
- 4.上つ巻 第十七帖 この世はみな神のものですから、臣民のものと云ふもの一つもありません。お土からとれた物、みな先ず神に供へよ、として下さい。
- 5.まとめ
1.上つ巻 第五帖 大庭の富士を探して見よ、として下さい。神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。
Ⅰ.富士とは神の山のことです。神の山はみな富士(二二)といひます。しきまきや、の事です。
●富士とは神の山のことぞ。神の山はみな富士(二二)といふのぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
富士(二二)とは神の山のことです。神の山はみな富士(二二)といひます。
しきまきや、の事です。
Ⅱ.見(三)晴らし台とは、身(三)晴らす(八〇⦿)ところです。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことです。
●見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。
見(三)晴らし台とは、身(三)を張らす(八〇⦿)こと、です。
身(三)を張らす(八〇⦿)とは、身のなかを神にて張ることです。
三が道から、神を身の中に生み出す事です。
臣民の身(三)の中に一杯に神の力を張らすことです。
Ⅲ.大庭の富士を探して見よ、とし、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。富士を開くとは、心に神を満たすことです。
●大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。富士を開くとは心に神を満たすことぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
大庭(二八)の富士を探して見よ、として下さい。
神の米が出て来るから、それを大切にせよ、とあります。
神の米が出て来る、というのは初めて、です。
神の米は、八方向を意味していると、一つみます。また複立体を意味しているところもあります。
富士を開くとは、心に神を満たすことです。
Ⅳ.ひむか(⦿六⦿)、とは神を迎えることです。ひむか(⦿六⦿)は、その使ひです。ひむかは神の使ひですから、九の道を早う開いて呉れよ、として下さい。
●ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。ひむかは神の使ひざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ、
マンデラ・エフェクト文面です。
ひむか(⦿六⦿)、とは神を迎えることです。
ひむか(⦿六⦿)、はその使ひ、です。
ひむかは神の使ひですから、九の道を早う開ひて呉れよ(九〇四)、とあります。
早う伝へて呉れよ、とあります。
Ⅴ.ひむか(⦿六⦿)の御役は人の病をなほして、神の方へ向けさす御役です。この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ、とあります。
●ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ、この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ。
マンデラ・エフェクト文面です。
ひむか(⦿六⦿)の御役は人の病をなほして、神の方へ向けさす御役です。
この理をよく心得て、間違ひないやうに伝へて呉れよ、とあります。
ですが、簡単な道ではありません。
2.上つ巻 第十帖 神に目を向ければ、神がうつり、神に耳向ければ神きこえ、神の心向ければ心にうつります。掃除の程度によりて、神のうつりかた違ひます。
Ⅰ.神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神がきこえ、神に心向ければ心にうつります。掃除の程度によりて神のうつりかた違います。
●神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神がきこえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつりかた違うぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
神に目を向ければ、神がうつり、神に耳向ければ神きこえ、神の心向ければ心にうつります。
掃除の程度によりて、神のうつりかた違ひます。
Ⅱ.掃除出来た方から神の姿うつります。それだけにうつります。
●掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。
マンデラ・エフェクト文面です。
掃除出来た方から神の姿うつります。
それだけにうつります。
神の姿がうつる、という段階、伝え方に変っています。
3.上つ巻 第十一帖 いづくも土にかへると申してある通りです。東京は元の土に一時はかへます。その積りで用意して呉れよ、として下さい。
Ⅰ.いづくも土にかへると申してある通りです。東京も元の土に一ときはかえるから、その積りでゐて呉れよ、として下さい。
●いづくも土にかへると申してあろうが、東京も元の土に一ときはかえるから、その積りでゐて呉れよ。
いづくも土にかへる、と申してあります。
東京も元(⦿)の土に一ときはかえるから、その積りでゐて呉れよ、とあります。
焼野原ではなく、元(⦿)の土、カミヒトにかえることができればよいと思っています。
Ⅱ.神の申したこと違ひません。東京は元の土に一時はかへます。その積りで用意して呉れよ、として下さい。
●神の申したこと違はんぞ。東京は元の土に一時はかへるぞ、その積りで用意して呉れよ。
神の申したこと、違はん、とあります。
東京は元の土に一時はかへります。
東京、という単語は2024年頃出てきましたが、元の土に一時はかへる、話を今回二度くり返してますから、いよいよの覚悟が求められてゐます。
元(⦿)の土(つ、千)、にかへる、は五三体の大神様、千人力、となって行きます。
その積りで用意(四ウ意)して呉れよ(九〇四)、とあります。
しきまきや、くにつつみ、から生み出して下さい。
4.上つ巻 第十七帖 この世はみな神のものですから、臣民のものと云ふもの一つもありません。お土からとれた物、みな先ず神に供へよ、として下さい。
Ⅰ.この世はみな神のものですから、臣民のものと云ふもの一つもありません。お土からとれた物、みな先ず神に供へよ、として下さい。
●この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ、お土からとれた物、みな先づ神に供へよ、
この世はみな、神のものですから、臣民のもの、と云ふもの一つもありません。
お土からとれた物、みな先ず神に供へよ、とあります。
Ⅱ.それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神に献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとりません。
●それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神には献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらぬのぞ、
それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神には捧げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとらない、とあります。
ですから、先ず神に供へ(そ七経)、捧げてから食べて下さい。
五三体の大神様、もう一段上の無を経て下さい。
Ⅲ.何でも神に供へてから喰べると身魂ふとります。今の半分で足ります。それが臣民の頂き方です。
●何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。
何でも神に供へてから、喰べると身魂ふとります。今の半分で足ります。それが臣民の頂き方です。
5.まとめ
富士とは神の山のことです。神の山はみな富士(二二)といひます。しきまきや、の事です。
見(三)晴らし台とは、身(三)晴らす(八〇⦿)ところです。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことです。
大庭の富士を探して見よ、とし、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。としてください。
富士を開くとは、心に神を満たすことです。
ひむか(⦿六⦿)、とは神を迎えることです。ひむか(⦿六⦿)は、その使ひです。
ひむかは神の使ひですから、九の道を早う開いて呉れよ、として下さい。
ひむか(⦿六⦿)の御役は人の病をなほして、神の方へ向けさす御役です。
この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ、とあります。
神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神がきこえ、神に心向ければ心にうつります。
掃除の程度によりて神のうつりかた違います。
掃除出来た方から神の姿うつります。それだけにうつります。
いづくも土にかへると申してある通りです。東京も元の土に一ときはかえるから、その積りでゐて呉れよ、として下さい。
神の申したこと違ひません。東京は元(⦿)の土に一時はかへます。その積りで用意して呉れよ、として下さい。
二度くり返してますから、いよいよの覚悟が求められてゐます。
この世はみな神のものですから、臣民のものと云ふもの一つもありません。
お土からとれた物、みな先ず神に供へよ、として下さい。
それを頂いて身魂を養ふ様になってゐるのに、神に献げずに、臣民ばかり喰べるから、いくら喰べても身魂ふとりません。
何でも神に供へてから喰べると身魂ふとります。今の半分で足ります。それが臣民の頂き方です。
修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。
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前世カルマの備え 258 熊本地震、この立秋からひらく動きになります 2026年7月29日現在
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