神に関する文面20 中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道、です。ネンとは、神界からの直々です

マンデラ・エフェクト文面(2025年6月24日~

神に関する文面20に進みます。

今回は、春の巻 第三十九帖、第四十帖、第五十三帖、の三つの文面です。

今回のマンデラ・エフェクトは、中行く道について、中行く道が神の道、中の道が人の道、である事を伝えられてゐます。

第三十九帖、では、
道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。
道(三千)について、参であり、無限である事を新たに伝えてゐます。

右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。
それを善の外道、悪の外道といいます。外道多い、とあります。

善の外道、悪の外道が詳細に伝えられてゐます。

中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。
その・の外の中は人民にも動き見えます。

・の中、が無である事、外の中は人民に見える事を伝えられてゐます。

この道は中ゆく道です。中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道、とあります。
中ゆく道、・の道、太道の道、これが人の道である事を伝えられてゐます。

第四十帖、では、
ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。
ネンとは、神界からの直々、という表現は初めて、です。

第五十三帖、では、
与へたもののみが自分のものです。
与へたもののみが、自分のものとなっていきます。

幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか。とあり、
幸福与へてあるものを手出す事が大切で、曲げて取らない事が求められます。

心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。
我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。
そういった時節になりました。

それでは、神に関する文面20、をお伝えしますね。

1.春の巻 第三十九帖 道(三千)とは三つです。三とは参です。無限です。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動きです。

Ⅰ.道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。

道(三千)は三つと申してあろう。三とは参であるぞ。3(スリー)でないぞと申してあろう。無限であるぞ。

マンデラ・エフェクト文面です。

道(三千)は三つと申してある通りです。
三つの世界の千人力の三界和合が、三千、が基本です。
三とは参(まいる)です。千人力はやって来る、という感じです。

3(スリー)ではない、とあります。

道は、無限にあります。

Ⅱ.平面的に申せば、右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。それを善の外道、悪の外道といいます。外道多いです。

平面的に申せば右と左とだけでないぞ。その右の外に、又 左の外に道でなき道あるぞ。それを善の外道、悪の外道と申す。外道多いのう。

内容はほぼ同じですが、伝え方が変わったマンデラ・エフェクト、とみます。

平面的に申せば、右と左だけではないです。

その右の外に、又 左の外に道でなき道あります。

それを善の外道、悪の外道と申す。とあります。
外道が多い、とあります。

Ⅲ.中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。

中の中には中の道あるぞ。中の中の・は無であるから動きないぞ。動きないから無限の動きぢゃ。

これも出だしの表現が、マンデラ・エフェクト、とみます。

中の中には、中の道があります。

中の中の・は無であるから動きありません。

動きないから無限の動きです。

Ⅳ.その・の外の中は人民にも動き見えます。この道は中ゆく道です。

その・の外の中は人民にも動きみゆるぞ。この道は中ゆく道ざと申してあろうが、

マンデラ・エフェクト文面です。

その・の外の中は人民にも動きみゆることになります。
・の外の中、という表現が初めてです。

此の道は中ゆく道です。

Ⅴ.中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道です。

中の・の道は太神の道、中行く道が神の道、中の道が人の道ぢゃ。判りたか。

中の・の道は太神の道、中行く道が神の道、です。

中の道が人の道です。

2.春の巻 第四十帖 ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。

Ⅰ.思想とは、広い意味では太神から出てゐますが、幽界からの力が強く加わってゐます。

思想と申すのは広い意味で、太神から出てゐるのではあるが、幽界からの力が強く加わってゐるのぢゃ。

思想と申すのは、広い意味で、太神から出てゐるのではあるのですが、幽界からの力が強く加わってゐるのです。

Ⅱ.ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。

ネンと申すのは神界からの直々であるぞ。悪の気、断たねばネンとはならんぞ。

新たな表現の、マンデラ・エフェクト文面です。

ネンと申すのは神界からの直々です。

神界からの直々というのは初めて、です。

悪のキ、断たねばネンとはならん、のです。

3.春の巻 第五十三帖 与へたもののみが自分のものです。幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか。とあります。心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。

Ⅰ.助けてくれと申すもの沢山でてきますが、現在を足場に一歩づつ進めばよいです。神はあり余るほど与へてあります。

どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれと申すもの沢山でてくるが、何も六ヶ敷いこと神は申さん。現在を足場として一歩づつ進めばよいのぢゃ。それでは食って行けんと申すものあるが、神はあり余るほど与へてあるでないか。何故、手出さんのぢゃ。

どうしたらよいのぢゃ、神の云ふこときくから助けてくれ、と申すもの沢山出てきますが、
何も六ヶ敷いこと、神は申しません。

現在を足場として一歩づつ進めばよいのです。

それでは、食って行けん、と申すものものありますが、神はあり余るほど与へてあると御伝えされています。

何故、手出さないのか、とお伝えされてゐます。

Ⅱ.与へたもののみが自分のものです。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。

与へたもののみが自分のものぞ。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐるぞ。

出だしが、マンデラ・エフェクト文面です。

与へたもののみが自分のものです。

今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。

Ⅲ.幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか、とお伝えされてゐます。

幸福与へてあるに何故手出さんのぢゃ。曲げてとるのぢゃ。

マンデラ・エフェクト文面続きます。

幸福与へてあるに何故手出さんのか、曲げてとるのか、という事をお伝えされてゐます。

幸福与へてある、という伝え方も初めてです。

あた経てあるというのであれば、あた経たものに手を出すのが判りやすいと思います。
見た事ない食べ物、物、AIもそうですね。

ですが、我で進むと曲がってしまいます。永劫に喜びが継続するように取って下さい。

Ⅳ.心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。

心の目ひらけよ。ゴモク投げ出せよ。我の強い守護神どの、もう我の世はすんだぞ。我出すほど苦しくなるのぢゃ。

これも、段階が進んだマンデラ・エフェクト、と見ます。

心の目、ひらけよ、として下さい。
ゴモク投げ出せよ、とあります。

ゴモクは投げ出す段階に入ってゐます。

我の強い守護神どの、もう我の世はすんでいます。
我だすほど苦しくなります。

4.まとめ

道(三千)とは三つです。三とは参です。3(スリー)ではありません。無限です。

平面的に申せば、右と左だけでなく、その右の外に、又左の外に道でなき道があります。それを善の外道、悪の外道といいます。外道多いです。

中の中には、中の道があります。中の中の・は無ですから動きありません。動きないから無限の動き、とあります。

その・の外の中は人民にも動き見えます。
この道は中ゆく道です。
中の・の道は太道の道、中行く道が神の道、中の道が人の道です。

思想とは、広い意味では太神から出てゐますが、幽界からの力が強く加わってゐます。
ネンとは、神界からの直々です。悪のキ断たねばネン、とはならんようになってゐます。

助けてくれと申すもの沢山でてきますが、現在を足場に一歩づつ進めばよいです。
神はあり余るほど与へてあります。

与へたもののみが自分のものです。今の人民、余っても足らんと考へて、むさぶりてゐます。

幸福与へてあるのに何故手出さんのか、曲げて取るのか、とお伝えされてゐます。

心の目ひらき、ゴモク投げ出す段階です。我の世はすんでいます。我出すほど苦しくなります。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
トップに戻る